第31話 王都工事中【魔王式エネルギーリサイクル】
王都はパニックに陥っていた。
空は紫色に染まり、王城を中心にとてつもない魔力の暴風が吹き荒れている。城の周囲には漆黒のドーム状の結界が張られ、近衛騎士団も手出しができない状態だ。
「だ、ダメだ! どんな攻撃も通じない!」
「触れただけで魔力を吸い取られるぞ! 退避せよ!」
騎士たちが逃げ惑う中、悠然と歩いてくる集団がいた。
ヘルメット(デーモンロードが土魔法で作ったもの)を被った魔王、メイド、そして四天王たちだ。
「……なるほど。あれが電源か」
誠は腕組みをして、王城を覆う黒い結界を見上げた。
「電圧は十分。ただ、電流が不安定だな。整流器を噛ませないとゲートが暴走するかもしれん」
「黒峰、そういう問題!?」
勇者・洸がツッコミを入れるが、誠は無視して指示を出した。
「よし、工事開始だ。工期は半日。……遅れたら晩飯抜きだぞ」
その一言で、四天王たちの目の色が変わった。
「了解です! 野郎ども、かかれぇぇぇッ!」
デーモンロードが現場監督のように叫ぶ。
『グルァァァァッ!!(掘削作業はお手の物よ!)』
エンシェントドラゴンが咆哮と共に地面に突っ込んだ。
バリバリバリバリ!!
その巨大な爪と顎が、まるで重機のように地面を削り取り、王城から離宮の方角へ向けて、一直線の「溝」を掘り進めていく。
「な、なんだあのドラゴンは!? 王都の大通りを破壊しているぞ!?」
騎士団長が叫ぶが、アリアはどこからともなく取り出した冷たいおしぼりを恭しく差し出し、その出鼻を挫いた。
「工事車両が通ります。騒ぐと危険ですので、こちらで頭を冷やしてお待ちください」
「あ、ああ……かたじけな……って、違う!」
ドラゴンの掘った溝に、今度はデーモンロードが魔法を放つ。
「錬金術・金属生成! 材質はミスリル銀とオリハルコンの合金……導電率は銅の1000倍だ!」
ドロドロに溶けた金属が溝に流し込まれ、一瞬で極太の「送電ケーブル」が形成されていく。
『プルルッ!(絶縁はお任せ!)』
スライムエンペラーがケーブルの上を滑走し、特殊な絶縁粘液でコーティングしていく。これで漏電の心配もない。
「フレーッ! フレーッ! 魔王軍!」
サキュバスクイーンは、ボンテージ姿でポンポンを持って応援していた(やはり役に立っていない)。
あっという間に、王城から離宮まで続く数キロメートルの「魔力送電ライン」が完成しつつあった。
これには、避難していた市民たちも足を止めて見入ってしまった。
「な、なんなんだあれは……」
「魔王軍が……インフラ整備をしている……?」
「仕事が早すぎる……国の公共事業より優秀じゃないか……」
呆然とする人々をよそに、誠はケーブルの先端を持って、王城の結界の前まで進んだ。
「……さて。コンセントを差すか」
誠の目の前には、全てを拒絶する漆黒の闇の壁。
「黒峰、気をつけて! その闇は物理干渉を無効化する特性が……」
洸が警告するが、誠はニヤリと笑った。
「無効化? 違うな、白金。……エネルギー保存の法則によれば、エネルギーは消滅しない。形を変えるだけだ」
誠はケーブルの先端を構え、結界に押し当てた。
「――【超伝導】・【抵抗ゼロ】」
バチチチチッ!!
誠が術式(物理法則)を書き換えた瞬間、結界の表面に亀裂が走った。
闇のエネルギーが、抵抗のないケーブルの方へと「流れたがって」吸い込まれ始めたのだ。
水が高い所から低い所へ流れるように、エネルギーもまた、抵抗の少ない回路へと流れる。誠は結界の一部を「抵抗ゼロの穴」にすることで、強制的に吸収を開始したのだ。
「開通」
ズボッ!!
誠はケーブルを結界の奥深くまで突き刺した。
***
一方、王城の内部。
闇と同化し、異形の怪物と化した王太子は、玉座の間で高笑いしていた。
『フハハハハ! 素晴らしい! 力が漲る! この城の魔素、大気の精霊力、すべてが私のものだ!』
彼は感じていた。無限に湧き上がる全能感を。これなら勇者も魔王も一捻りだ。
『さあ、まずは手始めに王都を消滅させて――ん?』
ふと、王太子は違和感を覚えた。
『……なんだ? なんか……スースーするぞ?』
力が漲るはずなのに、なぜか足元から力が抜けていくような感覚。
お風呂の栓を抜いたような、あの頼りない感覚だ。
『……おい。なんだこれは。私の魔力が……どこかへ流れて……?』
王太子が慌てて意識を集中すると、城壁の一角に「変な管」が突き刺さっているのが見えた。
そこから、猛烈な勢いで自分のエネルギーが吸い出されている。
『き、貴様ぁぁぁッ!? 私の力を盗んでいるのは誰だァァァッ!』
王太子は激昂した。せっかく手に入れた無敵の力が、どこぞの馬の骨に掠め取られているなど、プライドが許さない。
『ええい、ラチがあかん! 元から断ってやる!』
ズゴォォォォン!!
王城の天井が内側から弾け飛び、巨大な影が空へと舞い上がった。闇の魔力と同化し、禍々しい翼持つ悪魔のような姿へと変貌した王太子だ。
『見つけたぞ、その先にあるのは……離宮か! あの魔王め、また私の邪魔をォォォッ!』
眼下には、離宮へと伸びる極太のケーブルが見える。王太子は上空から、エネルギーを吸い上げている元凶を目がけて急降下しようとした。
だが。
『ぐ、ぐあああッ!? か、体が……動かん……ッ!?』
飛び上がったことでケーブルとの角度が良くなったのか、あるいは誠が調整したのか、吸引スピードがさらに上がったのだ。
空中で身動きが取れなくなる王太子。
『や、やめろ! 吸うな! それは私が命懸けで封印を解いた力だぞ!? 返せ! 返せぇぇぇッ!』
***
離宮のテラス。
そこには、急遽設置された巨大な装置が鎮座していた。
デーモンロードが作った『魔力変換炉』と、誠が設計した『次元ゲート発生機』だ。
ブォォォォォォォォォン……。
送電ケーブルを通じて、王城からの膨大な闇エネルギーが送り込まれ、装置が低く唸りを上げている。
「……出力安定。魔力変換効率、98%」
誠がメーターを見ながら頷く。
「すげぇ……。王太子の暴走が、ただの『急速充電』になってる……」
洸が引きつった顔で呟く。
「見て! 王城の上が!」
莉乃が空を指差す。
そこには、空中に縫い付けられたように静止し、みるみるしぼんでいく巨大な怪物の姿があった。あれほど禍々しかった空の色が、掃除機で吸われた埃のように綺麗になっていく。
「アリア、ゲートの座標設定はどうだ?」
「はい、誠様。デーモン様の計算補助のおかげで、誤差0.0001ミリ以内で『日本・黒峰家』に固定されました」
アリアがタブレットのような魔道具を操作しながら答える。
「よし。……満タンになるまであと5分ってところか」
誠はおにぎりを頬張りながら、余裕の表情で空を見上げた。
「王太子のやつ、いい仕事するな。感謝状でも送ってやるか」
「「「鬼だ……。魔王を超えた鬼畜だ……」」」
クラスメイトたちが戦慄する中、空に浮かぶ王太子 (だったもの)は、限界まで吸い尽くされた。
『あがががが……! 力が……枯れる……! 私が……ッ!?』
断末魔の叫びと共に、王太子は完全に干からびて、ミイラのように地上へと落下していった。
ドサッ。
「……充電完了」
誠の前の装置が、青白く輝き始めた。
空間が歪み、光の渦が生まれる。
ついに、日本への帰還ゲートが開いたのだ。
「……開いたな」
誠が立ち上がる。
「……はい」
アリアが、少し寂しげに、しかししっかりと頷いた。
四天王たちが、固唾を飲んで見守る。
いよいよ、別れの時――あるいは、新たなる旅立ちの時が迫っていた。




