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第32話 グッバイ異世界、ハロー日本

「……開いた」


 離宮のテラスに設置された次元ゲート。その光の渦の向こう側に、見慣れた景色が映し出された。


 アスファルトの道路、整然と並ぶ電柱、そして見覚えのあるタイル張りのマンションの外観。


 間違いなく、誠が住むマンションの前だ。


「うおおおおッ! 日本だ! 自販機があるぞ!」


「電灯だーッ! 明るいーッ!」


「マコトっち、マジでやりおったー!」


 クラスメイトたちが歓声を上げて抱き合う。勇者・白金洸も、感極まって涙を流していた。


「……よかった。本当に、帰れるんだな」


「ああ。さっさと行け。ゲートの維持にはエネルギーを食う」


 誠に促され、クラスメイトたちが次々と光の中へと飛び込んでいく。


「ありがとう黒峰! また学校でな!」


 彼らが全員通過し終えた後。


 テラスには、誠とアリア、そして四天王たちが残された。


「……さて。お前らだ」


 誠の冷ややかな視線が、四天王たちに向けられた。


「まさか、その姿で来る気じゃないだろうな?」


 山のようなドラゴン、地面から生えた悪魔、不定形のゲル、露出狂のサキュバス。


 どう見ても、日本の住宅街には馴染まない面々だ。


『……フッ。愚問だな、我が主よ』


 エンシェントドラゴンが、ニヤリと笑った。


『この半年、我らがただ漫然と過ごしていたと思うか? 主の世界に適応するため、血の滲むような特訓を重ねたのだ!』


「特訓だと?」


『見よ! これぞ「異界擬態ミミック・ジャパン」!!』


 ボンッ!


 煙と共に、彼らは変身した。


 シベリアンハスキー(ドラゴン)、眼鏡をかけたカラス(悪魔)、魔法瓶に入った水 (スライム)、そしてピンク色の猫 (サキュバス)。


『ワンッ!(さあ、行くぞ主よ! スシの国へ!)』


 ハスキーが意気揚々とゲートへ飛び込んだ。


 ――バヂィィィンッ!!


「キャンッ!?」


 激しいスパークと共に、ハスキーが弾き飛ばされ、テラスの床に転がった。


「カァッ!?(な、なんだ!? 結界か!?)」


 続いて飛び込んだカラスも、見えない壁に激突して墜落した。


「……やっぱりか」


 誠は、予想していたようにため息をついた。


「無駄だ。そのゲートは『人間』しか通れない」


 その言葉に、変身を解いて元の姿に戻った四天王たちが愕然とする。


『な……なんだと!?』


「次元の歪みを修正する際、異物の混入を防ぐフィルターをかけた。魔力密度の高すぎるお前らは、物理的に通過不可能なんだ」


 誠は淡々と事実を告げた。


「つまり、お前らは置いてけぼりだ」


『そ、そんな……!』


 サキュバスがその場に泣き崩れる。


「嫌ですわ! 連れてってくださいまし! 私、ペットでもぬいぐるみでも良くてよ!?」


「無理だ。お前らの構成物質そのものが、向こうの世界の物理法則と相容れない。無理に通れば消滅するぞ」


 絶望的な沈黙が降りた。


 寿司も、漫画も、愛しの主との生活も、すべて夢と消えたのだ。


『……そうか。我らは、行けぬのか』


 エンシェントドラゴンが、寂しげに鼻を鳴らした。


『主の背中を、もう追えぬのか……』


 うなだれる最強の魔物たち。


 誠は頭をガシガシと掻くと、懐から一冊のノートを取り出し、デーモンロードに投げ渡した。


「ほらよ」


「……これは?」


「『理科リカ』の授業ノートだ。あと、寿司のレシピと、家庭菜園のコツも書いてある」


 誠はぶっきらぼうに言った。


「俺がいなくても、この離宮は好きに使っていい。……トマト、枯らすなよ」


 その言葉に、デーモンロードの手が震えた。


「……魔王様……」


『……フン。仕方あるまい』


 ドラゴンが顔を上げた。その瞳には、新たな決意が宿っていた。


『主が去った後、この離宮を守るのが我らの使命ということか。……よかろう。魔王様がいつ帰ってきてもいいように、最強の要塞(兼・農園)にして待っているぞ』


「……約束しますわ! 私が『ツンデレ』を極めて、この世界に広めてみせます!」


『プルルッ!(お掃除して待ってる!)』


 四天王たちは、涙を堪えて胸を張った。


 彼らは理解したのだ。これが今生の別れになるかもしれないことを。それでも、主の旅立ちを笑顔で見送るのが、配下としての矜持だと。


「……さて」


 誠は振り返り、最後に残った一人――アリアを見た。


「……アリア。お前はどうする?」


 その問いに、アリアの肩がビクリと震えた。


 彼女は人間だ。ゲートを通ることができる。


 だが、彼女は俯き、手を強く握りしめたまま動かなかった。


「私、は……」


 彼女の脳裏に、幼い頃の記憶が蘇る。


『忌み子』と罵られ、石を投げられた日々。誰からも必要とされず、暗い部屋で膝を抱えていた孤独。


「……私が、ついて行っても良いのでしょうか」


 アリアは震える声で言った。


「私は、この世界では呪われた『忌み子』です。誠様の世界に行っても……ご迷惑をおかけするだけではないでしょうか。向こうでも、私のこの髪や目は、人を不快にさせるのでは……」


 彼女の足がすくむ。


 未知の世界への恐怖と、自分ごときが主人の負担になるのではないかという劣等感。それが、彼女をこの場に縫い止めていた。


 誠は小さくため息をつき、アリアの前に立った。


「顔を上げろ」


「……っ」


 アリアがおずおずと顔を上げる。


 そこには、いつものように気だるげで、けれど真っ直ぐな誠の瞳があった。


「迷惑? 今さら何を言ってるんだ」


 誠は呆れたように言った。


「俺の世話ができるのは、世界中探してもお前だけだ。朝のコーヒーの温度も、本の好みの並べ方も、俺の思考のリズムも。……お前以外に、誰が分かるって言うんだ?」


「……誠様……」


「それに、髪の色がどうした。俺の世界じゃ、そんなの『個性』で済む話だ。誰も気にしない」


 誠はアリアの手を取り、ゲートの方へと導いた。


「俺にはお前が必要だ。……来てくれるか?」


 命令ではない。


 それは、魔王からの不器用な、けれど心からの「お願い」だった。


 アリアの目から、涙が溢れた。


 もう、迷いはない。


「……はいっ!」


 アリアは涙を拭い、満面の笑みで頷いた。


「行きます! 地の果てまで、いえ、次元の彼方まで! 誠様のメイドとして、お供いたします!」


 アリアは四天王たちに深く一礼した。


「皆様……お元気で。今まで、ありがとうございました。皆様との日々、一生忘れません」


『達者でな、アリア殿! 主を頼んだぞ!』


「お幸せにね!」


 四天王たちの温かい声援を背に、誠とアリアは手を繋ぎ、光の渦へと足を踏み入れた。


 シュゥゥゥゥン……。


 光が収束し、ゲートが消滅する。


 後に残されたのは、静まり返った離宮と、一冊のノートを囲む四天王たちだけだった。


「……さて。トマトの水やりをするか」


『うむ。我は昼寝だ』


 彼らの日常は続く。けれどその中心には、確かに「魔王」がいたという記憶が、いつまでも残るのだった。


 ***


「……着いたか?」


 目を開けると、そこは夜のマンションの前だった。


 ひんやりとした夜風。遠くを走る車の走行音。そして、LED街灯の人工的な白さ。


「ここが……誠様の、故郷……」


 アリアが靴で、恐る恐るアスファルトを踏みしめる。


「地面が、硬くて平らです。それに、夜なのにこんなに明るい……」


 アリアはキョロキョロと周囲を見回し、自動販売機の明かりに驚いて小さく跳ねた。


 誠はマンションのエントランスを見上げながら、ふと冷静に考えた。


(……さて。俺はいいとして、アリアをどう説明する?)


 半年間の行方不明。

 白髪赤目の美少女メイド(コスプレ?)。


 普通に考えれば、親や警察への言い訳が立たない。アリアの戸籍もないし、住民票もない。


(……まあ、なんとかなるか)


 誠は一瞬で思考を切り替えた。


 認識阻害の魔法をかけるなり、物理的(脳波干渉)に記憶をいじるなり、役所のサーバーをハッキングして戸籍を捏造するなり、魔王の力を使えばどうにでもなる。


 この世界に魔法はないが、誠自身が「歩く物理法則のバグ」なのだ。常識の範囲内で、穏便に済ませる手段はいくらでもある。


「……行くぞ」


 誠はオートロックの盤面に鍵をかざした。


 ピピッ。ウィィィン……。


「わっ、扉が勝手に!?」


 アリアが驚くのを横目に、誠はエレベーターのボタンを押す。


 箱が上昇し、誠の住む階へと到着する。


 廊下を歩き、玄関の前に立つ。


 ガチャリ。


 鍵を開ける音が、静かな廊下に響いた。


「……ここが、誠様のお城ですか?」


 アリアが緊張した面持ちで尋ねる。握る手が白くなっている。


「ただの3LDKのマンションだ」


 誠はドアノブを回し、重い鉄の扉を開けた。


 中からは、嗅ぎ慣れた家の匂いと、暗いけれど温かみのある空気が流れ出てきた。


 誠は一歩、中へと足を踏み入れた。


 そして、振り返ってアリアを招き入れ、小さく、けれど安堵に満ちた声で言った。


「ただいま」






 こうして、偏屈魔王と白銀のメイドの、日本での新しい日常が幕を開けた。


 世界征服の代わりに、まずは「親への言い訳」と「ゴミの分別」という新たな強敵が、彼らを待ち受けているのだった。


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