第30話 王太子の暴走【禁忌の箱と魔王の発電所】
王城の地下深く。
湿った空気が漂う「封印の間」に、松明の明かりが揺れていた。
「はぁ……はぁ……。ここだ、ここにあるはずだ……」
王太子は、震える手で古びた黒い鍵を握りしめていた。
目の前には、鎖で雁字搦めにされた禍々しい鉄の扉。
王家の古文書によれば、ここには数百年前に封印された『黒の厄災』――かつて世界を滅ぼしかけ、初代勇者ですら殺しきれずに封じることしかできなかった「何か」が眠っているとされる。
「勇者……魔王……。どいつもこいつも私を見下しおって……!」
王太子の目に狂気の色が走る。
「力が欲しい。あの偽物の勇者をひねり潰し、あの生意気な魔王を消し炭にする力が! たとえ悪魔に魂を売ってでも!」
カチャリ。
鍵が差し込まれた。
重い金属音と共に、封印の鎖が砕け散る。
ギギギギギギ……。
扉が開き、そこから底なしの「闇」が溢れ出した。
「おお……! これだ、この力だ! さあ、私に宿れ! 私が新たな主だ!」
王太子が両手を広げる。
闇は触手のように蠢き、王太子の体を瞬く間に飲み込んでいった。
『……グググ……。待ちわびたぞ……新たな器よ……』
王太子の意識が塗り潰されていく。
「ぐ、あ……ッ!? ち、違う……私が支配するの……だ……ぐああああああああッ!!」
断末魔の叫びと共に、王城の地下からどす黒い光の柱が天を貫いた。
***
一方、北の離宮。
世界を揺るがす危機が始まっているとは露知らず、ここでは平和な(?)洗濯日和となっていた。
「ドラゴン様、ブレスお願いします。弱火で」
『うむ。任せろ』
アリアが干したシーツに向かって、エンシェントドラゴンが「ボワッ」と器用に温風を吐く。乾燥機代わりのドラゴンブレスだ。一瞬で乾き、しかもふっくら仕上がる。
「デーモン様、土の反転をお願いします」
「承知した。……酸素供給率を最適化する」
デーモンロードが地面を波打たせ、畑を耕す。
「スライム様、窓拭きを」
『プルルッ!』
「サキュバス様、肥料を」
「なんで私だけ汚れ役なんですのーッ!」
四天王による完璧な家事分担システムが出来上がっていた。
誠はテラスで、数式で埋め尽くされたノートと睨めっこをしていた。
「……計算が合わん」
「どうされましたか、誠様」
洗濯物を畳み終えたアリアが近づく。
「帰還用のゲートを開くためのエネルギーだ。ドラゴンの魔力を使っても、日本の座標に固定するには出力が足りない。……原発百基分くらいのエネルギーが一瞬で必要になる」
「原発……ですか?」
「ああ。この世界には電気がないからな。魔力を増幅して核融合みたいな反応を起こす『魔力炉』を作るしかないんだが……燃料がねぇ」
誠がペン回しをして悩んでいると、離宮の門がバタンと開いた。
「黒峰! 大変だ!」
息を切らせて駆け込んできたのは、勇者・白金洸と聖女・天音莉乃だ。
「なんだ、また寿司か?」
「違う! 王城が……王太子が消えたんだ!」
洸が切羽詰まった表情で叫ぶ。
「今朝、地下の封印が解かれてて……城の周りに結界みたいなのが張られて、誰も入れなくなってる! 王様も閉じ込められたままだ!」
「へぇ。クーデターか?」
誠は興味なさそうに言った。
「そんなレベルじゃないよ! 見て、あれ!」
莉乃が空を指差す。
王城の方角から、どす黒い紫色の光の柱が立ち昇り、空を渦巻くように覆い始めていた。
その禍々しさは、離宮にいる四天王たちを一瞬で戦闘態勢にさせた。
『……む。あの気配は……』
ドラゴンが低く唸る。
「……間違いない。あれは『虚無の泥』……太古の昔、理の外から来訪したと言われる、喰らうだけの概念だ」
デーモンロードが冷や汗を流す。
「まずいですぞ、魔王様。あれは魔力も物理も全て飲み込んで成長します。放置すれば、この星ごと喰われるやも」
「星ごと?」
誠が眉をひそめた。
「ええ。対処法は一つ。奴が成長しきる前に、その核を破壊するしかありません。しかし、今の我々の全力をもってしても……」
四天王たちに緊張が走る。
だが、誠の反応は違った。
彼はじっとその黒い柱を見つめ、そしてニヤリと笑ったのだ。
「……おい、デーモン」
「は、はい?」
「あいつ、エネルギーの塊なんだよな?」
「ええ、そうです。測定不能なほどの高密度魔力エネルギー体ですが……」
「……燃料、見つけたわ」
誠がパチンと指を鳴らした。
「は?」
「あのでっかい黒い柱。あれをパイプで繋いで、変換器にぶち込めば、ゲートを開くエネルギーになるんじゃね?」
その場にいた全員が、ポカンと口を開けた。
「……く、黒峰? あれは『世界の終わり』みたいな厄災だぞ? それを……燃料にするって……?」
洸が引きつった顔で尋ねる。
「ああ。要するに、ただのデカい電池だろ?」
誠は立ち上がり、ノートに新たな数式を書き殴り始めた。
「よし、予定変更だ。四天王、出番だぞ」
『……おお? ついに戦闘か?』
ドラゴンが身構える。
「違う。……『工事』だ」
「工事……?」
「ああ。これから王城まで『送電線』を引く。あいつのエネルギーを離宮まで引っ張ってきて、俺の帰還用ゲートの動力源にする」
誠は狂気的なまでの「理系思考」で宣言した。
「世界を滅ぼすエネルギーがあるなら、有効活用するのがエコってもんだろ」
「「「「発想が魔王すぎるッ!!」」」」
クラスメイトと四天王のツッコミが、紫色の空に虚しく響き渡った。
かくして、王太子の命がけの暴走は、誠にとって「都合の良いエネルギー供給源」として処理されることとなった。
「アリア、軍手用意。行くぞ」
「はい、誠様。お弁当も持ちますか?」
「頼む。おにぎりでいい」
ピクニックに行くようなノリで、魔王一行は王城へと向かった。




