97 生きて
ドンッ!
低く、鈍い音が響く。足元が揺れた。思わず、キョロキョロと辺りを見回してしまう。
「大丈夫だ。攻撃されたのは、ここからは遠い領域らしい。君は早く、目的を果たせ」
トケイで確認していたアルゼさんが、私にも教えてくれる。
ケールディアが捕らわれて連れて行かれた時は、凄く焦ったけれど。「悪いようにはしない」との、アルゼさんの言葉を信じる事にした。
ケールディアとは、眠っている間にワズでも再会できた。ケールディアのアバターである雪絵ちゃんは最後に、由利花にだけ秘密を打ち明けてくれた。そして……彼女は恐らく、リウラの盾に捕まった件で「ケールディア」である記憶を失った。
彼は今、どうしているのだろう。
廊下の窓から、外を眺める。遠くに、星々の煌めく夜空が広がっている。夜空に見えるが、夜空と呼んでいいのか分からない。今いる場所は、ワズを囲むように巡らされた……ワズを管理する施設だから。外に見えているのは夜空と言うより宇宙と称するべきかなと、少しの間だけ考える。
……漸く、ここまで来た。
早足で進みつつ、右側の壁に等間隔に設置されている扉をチェックしていく。
この施設のどこかに、幾つかあるとされる「隠された部屋」。都市伝説めいたその部屋に、用がある。
ひと気のない長い廊下を、更に奥へと踏み入る。
この施設へ到着後に何度か、先程と同じような音がしていた。アルゼさんが施設の外部で守護する彼の部下に確認したところ、例の……ワズを狙う一団が仕掛けてきたようだった。
これまでに、施設の従業員らしき数人と擦れ違った。アルゼさんは彼らに、避難経路を指示していた。
「アルゼさんは? 逃げなくていいんですか? 私について来ても……迷惑を掛けてしまうから」
私のしようとしている事は、規約違反だろうし。
尋ねると、彼は切れ長の目をニコリと細める。
「施設の運営に携わる者らが、逃げ出したのなら。好都合かもしれない。君のやろうとしている事は、規約違反だろうから」
「うっ?」
呻いてしまい、慌てて口を押さえる。
見抜かれている! 何でバレているの?
その時。廊下の右手に続く壁に、違和感を覚える。
「あれ?」
呟いて、足を止める。壁の一部が少し、剥がれたように……件の箇所から、薄い緑色の光が漏れている。
「ああ」
アルゼさんが、得心した雰囲気で口にする。
「ここだ。隠し部屋。ここにいた人は、逃げるのに急いでいたのだろう。隠し方が雑だね」
言いつつ彼は、壁へ手を当てる。上から下へ滑らせるように触り、一部を掴んだ。カチリと回される。壁が消えて、部屋の中が見える。
息を呑む。部屋の中央に、地球が見えたからだ。
「ここは『観測』の部屋か……。事前の調べによると、ほかにも隠し部屋があるらしいが……。君の探す部屋は、ここかな?」
アルゼさんが話し掛けてくるけど。私は上の空で、地球に見える「ワズ」……恐らく観測用に映し出されている、地球を模した星に見入っていた。
近寄って、感動を噛み締める。
何て美しいんだろう。
キラッと、何かが光った気がする。
目を凝らす。ワズの奥……中心の辺りに。何かある?
薄らと、見え隠れするのは。もしかして。
その名を呟く。
「神石?」
淡い黄金色の石で、この世では幻とまで謳われる貴重な物。伝説級の石と言っていい。生きている内に目にするとは思っていなかった。
「この部屋のは、過去の映像のようだな。本物は、ほかの隠し部屋にあるんだろう」
アルゼさんの落ち着いた物言いに、違和感が増す。
彼は、ワズに神石が使われているのを知っていた……?
ドオンッ!
響きが、さっきより近くなっている。揺れも大きかった。
——今は。余計な事を考えている暇はない。
部屋の中を見回す。目的を果たす為の、それらしい装置はない。……だとすると。
映像の「ワズ」に触れる。手をかざして動かすと、動きに応じてワズも回転する。
やはり。「トケイ」の地図と、操作方法が同じだ!
日本のある位置を、目の前に出す。拡大して住んでいる地域を表示し、更に拡大する。
「ティティッ」と、何かが鳴った。
振り向くと。アルゼさんが「少し、失礼する」と言い、トケイの通信に応答している。私は再び前を向き、操作に専念する。
後ろでの会話が聞こえてくる。
「最後の魔法壁も、突破されました! 防ぎ切れません! お逃げください!」
「分かった。君たちは、先に退避してくれ。私たちも、あと少しで脱出する」
「しかし」
「大丈夫だ」
「……ご武運を」
「君たちも」
通信が終わったようで……場が一時、静かになる。
ルイメディーナの作った魔法壁も破られている。ワズを狙う一団は、相当に強いみたいだ。時間がない。早く、見付けないと。
私がしている事は、ワズの「プレイヤー」にとっての禁忌。
地域、年代、名前。
「彼」を探す。
由利花を見付けた。由利花……エスティ・ティナ・ティテ。
きっと、この付近だ。
透の名前も見付けた。
ゼナ・ファクト・レナの文字が浮き上がる。
……っ、そうだったんだ! 透ってば。よくも、知らないフリしてたわね……!
涙目になりながら、続きを読んでいく。
龍君……龍君は……。
————見付けた。
「ダメだよ。ゲームに現を抜かして、現実を疎かにしちゃ」
後方から窘められる。
腕を掴まれ、引き寄せられた。抱きしめられる。
直前に、見た。「彼」の、今の名が刻まれているのを。
「エスティ」
後頭部を撫でられる。
龍君は……アルゼ・ドゥ・ズ・ティド。
ドン……ドオン……と。遠くの方から響いていた破壊音が、大きくなったと思う。
多分もう、脱出は間に合わない。
「そろそろだね」
口にして目を閉じる。彼の腕の中で、最期を迎えられるのなら。そんなに悪くない一生だったなと、震えている下唇を噛む。
「生きて、死んでいく。ねえ、目が覚めても。憶えていてくれる? ずっと……約束した事」
「ああ。……もちろん」
約束は叶わないって、分かっている。二人とも。
微笑み合った。
彼は『覚えていたい』と、願ってくれたのだ。
その一瞬が、私に訪れた。
満たされる。
心残りのないように伝える。
「あなたと出会えてよかった」
もっと好きになった。
運よく、ワズで目覚める事ができても。この『私』の記憶は、消えているけど。
「俺と、ずっと……共にいてほしい」
「もちろん」
強く抱きしめて、返答を贈る。涙が頬を伝い落ちていく。
……本当は、怖い。凄く怖い。死にたくない。死なせたくない。
彼を生かしたい。生きたい。
「ダメだよ」
口を衝いて出た。
「私たちは、生きてなきゃ。存在を……自分を諦めたらダメだよ。最後まで。自分くらいは、自分の味方でいなきゃ……!」
周囲に目を向ける。
「出よう! 逃げよう! ここから、逃げよう! どこかに、緊急用の出口があるかも……」
腕を引っ張られる。
「エスティ。ここにいて?」
「……え?」
騒がしく思考していた頭が冷える。代わりに胸が、痛い程に拍動している。
「何を言っているの、龍君?」
必死に違うと否定したいのに。どうしても、ある考えに辿り着いてしまう。
「『人間』は、邪悪な存在でもある」と、彼も言っていた。
ワズを攻撃している一団は、つまりは社会の秩序を脅かすなどの危険思想を持つ人々の集まり。
息を止めて、窺う。
昏い目をして、ニコリと笑い掛けてくる。
認めたくないのに、確信してしまう。
彼が……仕組んでいたんだ……。
「俺が大人しく、正規のルールに従うと思ってた?」
「はははっ」と……さも、おかしいと言いたげに笑っている彼を見つめている。
「ワズでも、学ばせてもらったよ。ルールは剣にも盾にもなる。だけど本来、俺たちは『人間』じゃないんだ。『ルール』も『人間』という縛りも……『人間』が作った、未完成な囲いでしかない。人は失敗しながら、成功を見付ける。『ルール』も『自ら』も更新しながら……何を見付けるんだろうね?」
こんな時に。命の危機が間近に迫っているというのに、彼は。とても優しい顔付きで、語り掛けてくる。
「龍君……いいえ。アルゼ。……私と生きて」
掴まれている手を、握り返す。
爆発音が、さっきよりも大きい。もうすぐ、ここも。木端微塵だ。
「ううん」
思い直して、首を横に振る。
「あなただけでもいい。生きて。この攻撃を……あなたなら、やめさせる事ができるんじゃないの? リウラの盾に私を、スパイだと差し出せばいい」
「それは……君の頼みでも聞けない」
即断された。
「さっき約束したよね? ずっと共にいる事。やっと願いが叶った」
彼の望みに絶望する。思っていたよりも闇が深かった。ここまでなの?




