94 正体
背筋が凍る。私たちの目的がワズにあると、彼は知っている。
ユーラの言葉が脳裏に響く。『ワズには行くなよ』と。
空が赤みを帯びる頃、到着した広めの場所で休憩する。制服の青年たちが手際よく天幕を張っていく。すぐに夜が訪れ、焚き火を囲んで宴が始まる。
食事を受け取る。スープとパン。お酒も勧められたけれど、遠慮した。
大きめの石に座って食べようと、周囲を見回す。やや離れた位置に大きな岩がある。宴を楽しむ人々の輪から外れた、その場所には。ケールディアがいた。岩に座って横を向き、スープを飲んでいる。
近付いて、隣に座る。
「……ケールディア。今まで、ありがとう。一緒に来てくれて。ずっと、心強かったよ。これから、どうなるか分からないけど……私、一人でも大丈夫。アルゼさんに、ケールディアはワズとは無関係だって説明してみる!」
これ以上、彼を巻き込んではいけない気がする。私がワズへ行って、しようとしているのは……正しくない事だから。
少し緊張する程に、真剣に見つめる。
鼻で笑われた。彼は昏く笑んで口にする。
「お人好し」
手首を掴まれる。岩陰に引き込まれ、見下ろされる。
「俺と逃げよう」
提案に息を呑む。戸惑うけど、決意して返事をする。
「分かった」
ケールディアが瞼を大きく開く。
私は、続け様に尋ねる。
「何か、理由があるんだよね?」
どうしたんだろう。相手の表情が僅かに曇る。「心底、呆れた」と言いたそうな目で、溜め息をつかれる。
「エスティ。馬鹿なの? 折角……婚約者を捜して、ここまで来たのに。そいつを捨てて、俺と逃げる? 馬鹿、確定だね」
……? 婚約者って。ユーラの事じゃないよね?
ケールディアは、私がワズに近付きたい為にユーラに会いに行こうとしていたと知っている。ユーラは再会後すぐに、この地を離れた。けれど、アルゼさんがワズに連れて行ってくれる手筈の今。ユーラを捜す目的は達せられたと思う。
もしかして…………龍君の事を言っている? 私、龍君の話を……ケールディアにしたっけ?
ケールディアがクスッと笑う。左頬を撫でられる。
「前も言ったけど。大事な決断をするのは、タイミングが重要だと思うんだ。選択を間違えるなよ。俺は、選択を誤った。何度もチャンスはあったのに。俺は、君を……」
「いつも、私を優先してくれたよね? 今だって、大切な幼馴染じゃなくて……私と一緒にいる。今度こそ、あなたの番だよ。結婚はできないけど。力になりたい。手伝いたい」
フフッと笑って伝える。
一瞬、相手の瞳が潤んだように見えた。言葉に詰まった気配の後、彼は俯いて息を吐き出す。
「もう遅いよ。あんたは星泉を渡る舟の上で、俺のプロポーズを蹴った。一生、後悔すればいい」
ケールディアが言い終わらない内に悟る。私たちの周囲に複数の人影がある。いつの間にか、囲まれている? リウラの盾の人たちに。
彼らを代表する如く、アルゼさんが進み出て来る。
彼は言う。
「知ってるか? 『人間』は、邪悪な存在でもあるらしい。大人しく……ルールを守ると思っていたか?」
何の話だろう。彼はケールディアと向かい合う位置で足を止める。
「こちらも手に入れたいモノがあるんでね。悪いけど、あんたには譲らねぇよ。ケールディア。ワズに遣わされている『マスター』の一人でもあったな。アバターの名は確か…………岩木雪絵」
…………っえ?
イワキユキエ? 今、岩木雪絵って言った?
ケールディアは強気に笑って、恨み言を口にする。
「フッ……まさか、バラされるとはね。容赦ねーのな」
彼は認めた。
心臓がドクンドクンと、大きく脈を打つ。
雪絵ちゃん? 本当に? 何で黙っていたの? 無闇に明かさないのは常識だけどさ……! 私と一緒に行動していたのも何で? しかも、彼女が『マスター』だったの?
ええと。雪絵ちゃんだと知っていたって事は、アルゼさんもワズでの知り合いかもしれない? それとも、ワズの運営的な関係者? はたまた……仕事をする上で必要だから、事前に情報を得ていた――?
必死に考えている間にも、状況は進んでいく。アルゼさんが部下に指示する。
「彼を丁重に、お送りしろ」
屈強な数人に囲まれて、ケールディアが溜め息をつく。
促されて歩き出す彼を見つめる。清々しい笑みを向けられる。
「じゃーな。エスティ」




