93 目的地
「エスティ、あの……」
腕輪の石の中に戻っていたニーナが、何か言い掛ける。
「……ごめんね」
ニーナが伝えたいのは。さっき、アルゼさんたちに捕らわれた時の件だと思う。『助けられなくて、ごめんね』という意味だと受け取る。微笑んで言っておく。
「突然の事だったし。ニーナが謝る必要はないよ」
「えっと、あの……、その事じゃなくてね……」
何だろう。彼の歯切れが悪い。
「ニーナ?」
尋ねようとした時。咳払いが聞こえる。向かいに座るアルゼさんのものだ。説明を受ける。
「話をしている途中に悪い。そろそろ、今日の目的地へ到着する。その前に少し、岩山と砂地の続く地帯を歩く事になる。それから……今夜は野営をするので、そのつもりでいてくれ」
程なくして、小さな町の寂れた駅に着いた。屋根のない古めかしいホームへ降りる。アルゼさんを含めた、リウラの盾の制服を着ている二十名程が列をなして歩く。
キョロキョロと、視線を巡らして見付ける。ケールディアは列の後方にいる。一先ず安心して、前を向く。
街中を、やや進んだ頃。家々の連なりが途切れる場所に出る。岩と砂の大地が、目前に広がる。
空に、何かが飛んでいる。その物体が、こちらへ近付いて来る。
あっ!
「ユーラだ!」
思わず口にする。
巨大な空飛ぶ鮫に乗る、幼馴染の表情が……曇っている気がする。
彼も、こっちを見ている。
地上まで泳いで来た鮫が、姿を消す。ユーラが着地する。
「戻りました」
ユーラが、私の側にいるアルゼさんに報告している。二人は数メートル離れた場所まで移動し、何やらヒソヒソと話をしている。ユーラの顔が、更に曇ったように思う。
話が終わったのかもしれない。ユーラが小走りに、こっちへ来る。
「エスティ。大丈夫だった?」
「ユーラ、久しぶり! うん。来てくれて、嬉しかった!」
再会できた喜びに、頬が緩む。しかし……。ユーラの笑みに、元気のない様子を気取る。
「ユーラ?」
心配になって尋ねる。僅かに俯いていた彼が、顔を上げる。
「もう行かないと」
告げられて驚く。
「えっ?」
「別の場所へ……行かないといけなくなった」
「……そっか」
どうしよう。会えたけど。
彼に、ワズに近付けるよう頼む計画が潰える。
リウラの盾の皆さんが周囲に、わんさかいる……この状況で。言える訳がない。
「エスティ」
ユーラが身を屈めてくる。抱きしめられて、ハッとする。
頬の横で、囁かれる。
「ワズには行くなよ」
「え……」
呆然と瞠った目に、相手を映す。
何で私がワズに行こうとしていると、知っているのだろう。
やはり、思惑がバレている?
「ユ……」
聞こうとした時。
「そろそろ、話は終わっただろうか」
アルゼさんに声を掛けられる。ユーラの肩が、一瞬だけ揺れる。
ユーラは眉間に皺を寄せて、目を閉じる。
次に開かれた際には、苦みの如き雰囲気が薄れ……代わりに、慈しむような眼差しがある。
「じゃあな」
ユーラは言い置くと踵を返し、砂地の方へ歩いて行く。
鮫を出現させ背に乗った彼は、振り返らなかった。鮫が大気を泳ぎ始める。
やがて遠く、見えなくなる。
再び、列が動き出す。ユーラの去った方向へ、目を向けながら歩いていたので……前方を、よく見ていなかった。誰かにぶつかる。
「わっ! ごめんなさ……」
ぶつかった相手へ、謝ろうとした。
だが。相手を見て、言葉を失う。
アルゼさんに、凄く険しい形相で睨まれている。
やはり……彼に嫌われているようだ。さっきも「怒りの感情を隠しているのでは?」と疑うくらい、瞳の奥底が怖かったのを思い出す。
「エスティに触るな」
突如。私を背に庇う如く、割り込む人物がいてドキッとする。ケールディアだ。
こちらからは、彼の表情は分からない。だけど多分、アルゼさんを睨んでいるのだろう。
何故、そう考えるのかと言うと。アルゼさんが氷を連想させる、冷たい目付きでケールディアを見ているから。
ケールディアが私へ、ボソッと告げてくる。
「気を許すな。上手く隠しているようだが……こいつから、得体の知れない気配を感じる」
アルゼさんが一瞬、真顔になる。しかし。すぐにニコッと、笑顔が作られる。
「よろめく彼女を支える為とは言え。腕に触れてしまい、申し訳ない」
謝罪され、逆に申し訳なく思う。
「あっ、いえ……。私の方こそ急にぶつかって、すみませんでした。支えてくださって、ありがとうございます」
「いや、こちらこそ」
「ところで。俺たちを、どこへ連れて行くつもりだ?」
ケールディアがアルゼさんへ、きつい口調で質問している。
「あそこに、岩山が見えるだろう?」
アルゼさんが、前方に幾つかある山の一つを指差して言う。
「明日の朝一番に、迎えが来る。昼には到着している筈だ。ワズに」
「ワズっ?」
びっくりして聞き返してしまう。アルゼさんが、微笑みながら教えてくれる。
「ああ。ワズを護る役目を与えられていてね。偶然にも……君たちと目的地が同じなんだ」




