92 誓い
ユニコーンの馬車に乗る。空へと上昇して行く頃、向かいの座席にいるケールディアが溜め息をつく。
「どうしたの?」
手を組み俯いているケールディアへ、溜め息の理由を尋ねる。
「罠だった。ワズの本拠地にいるかと思っていたが、こっちだったのか……。ルイメディーナは気付いたようだ。『あいつ』が……この星域にいる。まずいぞ。星堂に張り込まれている可能性がある。いっそ……途中で市街地に降りて、ほとぼりが冷めるまで潜伏した方が……いや。それじゃ逆に、袋の鼠に……」
彼は何やら、ぶつぶつと呟いている。
やはり。誰かに……もしかして、リウラの盾に追われている?
「あなた一体、何をしたの?」
ジトッとした視線を向けて問うと、相手からもジトッとした視線を向けられる。
「……今、してる途中だよ」
呆れている様相で言ってくる。
「…………あんたを、取り返そうとしている奴がいるって事だ」
一瞬。「まさか龍君……?」と考えて、すぐに首を横に振る。都合のいい願望を抱いてしまう自分に、苦笑する。
龍君は、もう……。
暗く俯く。
私を取り返そうとしている人って、誰の事だろう。知り合い……?
ケールディアが以前、言っていた。『人質の役を果たしてくれてありがとう』と。だから……ケールディアを追っているリウラの盾が、私が人質にされていると踏んで動いてくれているのかな?
「ケールディア。前……追われているって言ってたよね。それって……リウラの盾から?」
俯いている彼が、視線を上げてくる。
「星域を移動中に小舟から船に乗り込んで来た刺客は、どこのどいつか分かっている。叔父上の手下だ。俺を、連れ戻したかったんだろう。俺が婚約から逃げているとカララ側に知られれば、タダじゃ済まないからな。追っ手は、叔父上だけじゃない。もう一つ、気になっているのが……」
「エスティを放せ」
静かな口調だけど、はっきりと聞こえた。
若い男の声がしたのと馬車のドアが吹き飛んだのは、同時だった。
ドアのあった場所に、人がいる。
私を庇って間にいるケールディアの、肩越しに見る。
薄茶色の髪が、風に揺れる。
「ユー……」
彼の名前を呼ぶ直前。腰を掴まれ、抱き寄せられる。驚いて……密着してくるケールディアへ何か言おうと、口を開いた時。ケールディアが僅かに笑った。
「嫌だね」
皮肉めいた調子で言い切ると同時に、私を掴む腕とは反対の腕をユーラへ向けている。
「大蛇!」
ケールディアの呼び掛けに応じて、腕輪の石が光り大蛇が顕現する。前回、見せてもらった時の大きさではない。
その巨大さに……あっという間に馬車は破壊され、私とケールディアも落ちて行く。
遠くの空で、巨大サイズの大蛇と飛行する鮫が戦っている。
鮫のヒレの近くに、人が立っている。……ユーラだ。
彼は眉をひそめた心配そうな顔で、こっちを見ている。鮫は多分、ユーラの精霊なのだろう。ホッとする。
怪獣並みの蛇と、空飛ぶ鮫が暴れているけど。下にある市街地には、ほとんど被害がない筈。魔女王の魔法壁があるおかげで、害になるものは害にならないよう調整されている。例えば、馬車の破片も。ゆっくりと落ちている。
「こういう事、やめてよ」
私を片腕に抱き留めたままのケールディアに言っておく。
「本気じゃないのに、本命みたいに扱うの」
言い及ぶと、いつもの……どこか、とぼけた雰囲気で返される。
「んー? 酷いなぁ。もしかして、本気にされてない?」
そうこうしている内に、下にある町が近付く。このまま行くと、山間の線路の辺りに落ちそうだった。通り掛かる列車が視界に入る。
通常より穏やかな速度とは言え。やはり、落ちるのは怖い。
「ニーナ!」
「呼ぶの、遅いよォ!」
トケイから反応がある。眩しい光と共に、巨大な大きさのドラゴンが現れる。
ズォォオォン!
ニーナが、山の斜面へ着地した。
木が何百本か倒れたかもしれないけど、魔法壁の影響で人的被害はない……よね?
深く考えると恐ろしくなりそうなので、大丈夫だと信じたい。
列車や線路の手前に落ちた為、驚かせてしまったかもしれない。それまで動いていた列車が止まった。列車の中から、人が数人出て来る。
その内の一人が、ニーナから降りるケールディアと私へ声を掛けてくる。
「大丈夫か? 今、手当てを……」
空から落ちて来る人は、たまにいる。精霊に乗っていて、誤って落下したり。空での事故で怪我をする人もいるので、心配してくれたのだろう。
彼は、言葉を切った。見開いた目で動きを止めている様子を、不思議に思う。
「君は……!」
声を掛けてくれた人が、私を見て驚いている。
眼前にいる彼は。ブルーグレイのかっちりとした制服を着込み、白地に制服と同じ色合いの模様が入ったマントを羽織る出たちで。背はケールディアくらいある。目が横長に細く、瞳の色は焦茶色。濃い青色の短めな髪が、サラサラとそよいでいる。
夜明け前の空に似た、その深い彩りを……以前、どこかで知っていた気がする……?
「そして……」
彼は続けてニーナを見上げ、にっこりと笑み言ってくる。
「レアな精霊だね」
「あ、はい。この子は昔……仲良しの子と、お互いの精霊を交換して……私の元へ来てくれた子なんです」
答えると相手は笑みを消し、慎重な口振りで聞いてくる。
「そう。その仲良しの子とは、今も友達かな?」
「もう多分……会えないだろうけど。とても大切な人です」
言い終わった瞬間、彼が右手を挙げて何かの合図を出した。彼の側にいた制服姿の青年が二人、左右から私の腕を押さえてくる。
「彼女を連れて行く」
私と話をしていた細い目の青年が、周囲へ意向を伝える。
どうしよう。捕まえられた。
彼らの方が圧倒的に力が強くて、とてもじゃないけど振り解けない。
もっと早くに気付くべきだった。
彼らの着ている制服は……先程、ユニコーンの馬車に現れたユーラの着ていた服と似ている。つまり。今、周囲にいる彼らも……リウラの盾に所属している人たち?
皮肉っぽく笑う声が届く。
「こっちが罠だったか……?」
ケールディアだ。彼の口調にも、悔しげな響きが滲んでいる。
私の後方にいた彼も、捕まってしまったようだ。
目の前にいる青年が微笑んでくる。
「私はアルゼ・ドゥ・ズ・ティド。よろしく? エスティ・ティナ・ティティ。そちらから出向いてくれるとはね。捜す手間が省けた」
なるほど。私の事を知っている……つまり。私はどうやら……既に、御尋ね者と認定されているのかもしれない。ワズの秘密を探ろうとしているのがバレている? それとも、ケールディアに人質にされている被害者として探してくれていただけ……?
相手を窺う。
……ダメだ。彼は笑顔なのに。目の奥に……底知れない怒りの気配を感じ取ってしまい、身震いする。
列車の方へ連れて行かれる。抗おうとするけど、びくともしない。列車に乗せられ、座席に座らされる。向かい側の席に、さっきアルゼと名乗った男が座る。私の腕を押さえていた部下らしき二人の青年が場を離れる。
「逃げようと思わないでくれ。連れの彼とは、後で会う機会を作る。君が大人しくしていればね」
アルゼが告げてくる。
膝上のスカートの布を握り締める。目だけで周囲を確認する。他の座席やドアの側にも、制服をまとう若者が配置されている。
私が今、逃げる素振りをしたとして。とても逃げられる状況じゃないし。
アルゼの物言いは「君が何か問題を起こせば、ケールディアを害する」と、示唆しているようにも取れる言い方だった。
ケールディアとは、たった数日前に出会った仲ではある。しかし……ユーラが私を助けようとユニコーンの馬車まで来てくれた時に、見捨てられなかったくらいには情が湧いている。私のせいでケールディアに何かされたら、ずっと先まで寝覚めが悪くなるだろう。
だけどね。これだけは言っておきたい。
「私の名前は、エスティ・ティナ・ティテです。ティティではありません」
先程の間違いを指摘する。アルゼの片眉がピクッと揺れる。
少しだけ眉間を歪めた顔付きで言ってくる。
「ティティ」
「ティテです」
「すまない。どうも口が回らなくて。……ティティ」
「ティ・テ!」
強く発音して見せる。一度、咳払いをした相手は……神妙な面持ちで口にする。
「ティティ」
「もういいですけどね、それで」
言い捨てて、視線を逸らす。
窓の外には平野と、遠くに山並みが続いている。
太古の人間を模して創られた私たち「人間」の大半は、幼少期を「学院」で過ごす。
男子と女子、別々に寮があって。普段は異性の存在すら知らずに生活している。私も高学年に至るまで、都市伝説だと思っていた。
ある日、会う筈のない人と巡り会った。学院の中央にある公園で。仲良くなり、たまにこっそり会いに行っていた。
やがて、学院を卒業する時が訪れる。
お互いに、素性を明かしていない。本来なら。出会う事さえ禁忌だった。だから、彼の提案に乗った。
守護を受けた精霊を交換した。彼の精霊であるドラゴンのルドを預かり、ニーナと呼ぶようにする。私の精霊である不死鳥のニーナを、相手へ預ける。彼女は「ルド」と呼ばれていた。
再会を誓ったけど。それは、途方もない夢物語だったのだと知る。
現実に打ちのめされた。だからもう、考えるのもやめた。胸に仕舞って、私だけの宝物にした。誰にも渡さない。私だけの夢。
時々、寂しく思う日もある。友達やユーラが支えになってくれた。
そして。ワズに参加して衝撃を受けた。特に……龍君へ抱く気持ちが、幼い頃に出会った「彼」への気持ちと重なる。
……私は、本当の両親を知らない。
この世界では、大半の人間が知らされないで育つ。学院を卒業しても、迎えに来てくれる親は少ない。貴族でもないと、再会するのも難しいだろう。
だから、怖れていたし。強く憧れてもいた。肉親というものに。
子供を授かりたいと祈った。もちろん、好きな人との。
私も……この身は「人間」に近いようなので、可能かもしれない。
…………今はもう。彼以外に、思い付く人はいなかった。




