90 寂しい
自分でも、何て酷い事を言っているのだろうと考えながらも。勢いで近付く。彼の左腕を抱きしめる。
さすがに、やりすぎかな……と、雪絵ちゃんを窺う。げんなりした目付きで見られていた。
「目の毒!」
口元を歪めて言ってくる。
「え? それだけ?」
思わず聞く。雪絵ちゃんは一瞬、ハッとしたように瞼を開いた。けれど、すぐに。彼女も龍君の右腕に取り付いて来る。焦る。
「雪絵ちゃんっ?」
「鈴谷君は渡さないわ。まだ全然、安心していい状況じゃないし……」
彼女が何か言い掛けて口を閉ざした直後、龍君の体が傾く。雪絵ちゃんが彼を引っ張っているのだ。
「行くわよ、鈴谷君」
雪絵ちゃんの無情な物言いに、唇を噛む。
その時。龍君がこっちを見た。ホッとして目を見開く。だけど……相手の眼差しが冷たい。捉まえていた手を払われる。
彼は雪絵ちゃんの促す方へ歩き始める。僅かに呆然とする。
内心、ショックを受けていた。それでも……勇気を振り絞る。
遠ざかる背に届きますようにと祈り、想いを言葉にする。
「龍君が雪絵ちゃんを選んでも。私は龍君が好きだから」
彼の歩みが止まった。
振り向いてくれた!
沈んでいた心が浮上する。しかし……。
「昔の僕みたいだね。いい気味」
皮肉めいた笑みを添えて紡がれた意向を理解した時、大好きな筈の声が鋭く胸に刺さる。
陰りを帯びた瞳が、私から逸れる。
「行こう、雪絵ちゃん」
言い終わらない内に歩き出す彼の背中を、追えなかった。
「そ、そうね……」
雪絵ちゃんは呟いた後、私を見た。次に龍君を見て、眉をひそめている。
二人は、私を屋上に残して去った。
「……はは」
城の一室で、目を覚ました。
女王の計らいで、客室に一泊した。
大きくてふかふかのベッド、置いてある家具も一目見て高級と分かるものばかり。
朝の光が降るしじまに、萎れた笑い声が不似合いな気がする。とても。
「嫌われてた」
独り言ちる。
のそのそとベッドを出て、鏡台の椅子に座る。
鏡に映る自分の眼が赤い。
ワズでの出来事が胸を苦しくさせるから、寝ている間に涙が零れていた。
「当然かな?」
鏡の中の女の子へ、わざと笑って見せる。
『昔の僕みたいだね。いい気味』……龍君の言葉を反芻する。
由利花たちの一度目の人生で、彼は私を想ってくれていた。以後も、ずっと。由利花は三度目の人生で、やっとその事を知った。
一度目の人生も、二度目の人生も。龍君じゃない別の人を想っていた。
二度目の人生では、龍君と結婚したのに。一度目で夫婦だった透と、長らく片想いを引きずっていた志崎君の面影を忘れられなかった。
私がフラフラしているから、龍君をたくさん傷付けたと思う。
「私がワズをする意味って、何だろう」
呟いて、自らの手のひらを見つめる。ワズで、彼に振り払われた。
滲む目元を歪めて聞く。
「……こんなに、寂しいのに」




