87 邂逅
ルイメディーナと呼ばれた、その人は……裸足のまま駆けて、私たちの側まで来た。
「こちらの方は、もしかして? ちょっと! ケールディア……! あなたって人は……! 何て罪作りなの? 話を聞かせなさいよ! じっくりとね!」
紫の瞳をキラキラと輝かせ、前のめりに聞いてくる。
あれ?
彼女の瞳の動きを、以前どこかで見た覚えがある。
不思議な気持ちになって、首を傾げる。
ケールディアは一時、顔をしかめていた。
「教える訳ないだろ? ……と、言いたいとこだけど」
言いながら考え直したのかもしれない。彼は微笑みを浮かべて提案する。
「情報を交換しよう。ユーラ・ズォ・ヘイルという人物が、この星域にいると思うんだが……何か知ってるか?」
「……? 知らないと思うわ」
ケールディアの問いに、ルイメディーナは眉をひそめて首を傾げている。
「じゃあ……ここ数日の内に『リウラの盾』が、城を訪ねなかったか?」
ケールディアが言い方を変えた。女王が息を呑む。口元に両手を当ててケールディアを見つめる姿に、何か知っているのだと確信する。
「ほんっと、お前は。顔に出る奴だな」
彼は呆れたように笑い、彼女の頭を撫でた。
美男美女の仲睦まじい光景が、芸術の如く眩しくて……目を閉じてしまいそうになる。
ルイメディーナへ向けられるケールディアの眼差しに、優しい気配がある。思い至る。
「分かった! ケールディアの婚約者って……もしかして」
全てを口にする前に、遮られる。
「ばっ……! 何て事を言い出すんだ! ちげーよ! 彼女は、ただの幼馴染の一人で……」
必死な口調で、うろたえている様子なのも怪しい。
「……俺の婚約者は、別の方だ」
元気を欠いた表情で俯いた彼は、ぽつりと教えてくれた。
「お前も多分、知ってると思うんだけど。カララだ。カララ・ネア・エメリエリージュ・ルヒニティス」
「カララ……。っ、カララっ?」
驚いて聞き返す。
「もしかして。この大星域を統べると言っても過言ではない一族の、お姫様だよね……?」
「ああ」
さらりと肯定してくる。開いた口が塞がらない。
しかも。彼女の父親は確か。ワズの管理者たちをまとめる、権能の強い立場の人だったと記憶している。
「リウラの役人なら……昨日来ていたわよ。何人かいたわね」
ルイメディーナが教えてくれた。
「昨日というと。私たちがリウラにいた頃だ!」
あの時、ケールディアがユーラの居所はブリアスだと言っていたけど。昨日……この城に、ユーラも来ていたのかもしれない。
「入れ違いになったのかもね……」
ルイメディーナが呟く。昨日の経緯を話してくれた。
「今人気で、話題になっている星があるでしょ? 『ワズ』っていう。色々と問題も多いみたいで。創られた当初から問題視されていたのだけれど。ワズで出会った人を捜し出す人が続出したり……」
話を聞いていて焦る。それ……私じゃん!
内心の動揺を必死に抑え、澄ました表情で続きに耳を傾ける。
「ワズにのめり込み過ぎる人や、ワズ内での経験から情緒不安定になった人もいる。これは、かつてから囁かれていた噂ではあるけど……サービスが終了する可能性も濃厚になっているらしいわ」
そ、そうだったんだ! ワズがなくなるのは、凄く困る。
「中でも、ワズを狙っている反乱分子まがいの物騒な一団もいるらしくて」
ルイメディーナは、やや瞼を伏せて言い及ぶ。
「昨日、来た人たちは……ワズに危機が迫った時に、協力してほしいと要請してきたの」
ガサ。
落ち葉を踏む気配に……振り返る。今いる少し開けた場所から、小道の方へ目を向ける。
黒と緑を基調とした服装の人物が立っている。
私たちと同じくらいの年頃か、年下かもしれない。背は恐らく、私より高くケールディアより低いくらい。黒髪で、やや童顔。若干、長めの短髪。緑色の瞳は、どこか虚ろで……少し、つり目な双眸。
何だろう。じっと、こっちを見てくる。……変な感じがする。
……はっ! そう言えば、私……昨日、お風呂に入っていないような。服も髪も、そのままだし。色々あって、忘れてたぁ!
頭を抱えて嘆きそうになっていた時。相手がニコッと笑んできた。
彼は恭しくお辞儀した後、女王へ伝える。
「お話中に失礼しました。昨日の件について、言伝を預かっております。こちらに、いらっしゃると伺って参りましたが……出直します」
「少し、お待ちいただけますか? 時間を作ります」
女王は落ち着いた声音で言い置き、右手を挙げた。
木々の間から……女性が二人、姿を現す。彼女たちは岩へ座り直した女王の足を拭き、靴を履かせている。
「……今の内に、彼女が何者なのか答えなさい。私は情報を渡したんだから」
ルイメディーナがケールディアを睨んで言う。ケールディアは溜め息をつき、私に「悪い。話が終わるまで、内容が聞こえない場所で待っててくれると助かる」と言ってきた。
「分かった」
了承して踵を返す。道の方へ歩きながら危惧する。
……大丈夫だよね? まさか、修羅場とかに……なったりしないよね?
道を僅かに下った所で、さっきの人と出くわした。黒と緑の、つり目の人。
クスッと笑って、話し掛けてくる。
「こんにちは。私は、ゼナ・ファクト・レナと申します。リウラの盾からの使いで来ました」
「こんにちは。私は、エスティ・ティナ・ティテです」
挨拶を返す。相手は何か楽しい事でもあったのか、ニコニコしている。
不意に、彼が自らの口に人差し指を当てるジェスチャーをしてきた。
「ユーラは今、中星域ドゥーナに向かっています」
告げられ、目を見開く。「えっ!」と、思わず声を上げそうになるのを寸前で踏み止まる。
「通信を妨害されていて、分かりにくかったでしょう」
「……」
驚き過ぎて、声が出ない。
ゼナと名乗った彼は、少し困っているように眉を寄せて微笑む。
「魔女王は護りの魔法壁を広範囲に展開する事ができる……その道の職人みたいなものなんだ。今の世に、彼女以上に魔法を使える人間は幾人もいないだろうね。ここは精霊の多い星でもある。それは、彼女の理想が穏やかなおかげかもしれない。……でも。未来も、そうだとは言えない。人は変わる。よくも悪くも。だから。過去を眩しく思ったり、未来に希望を持ったりするのかな……」
砕けた口調で、まるで独り言の如く語られる。
何も答えられなかった。
黙ったまま、相手を見つめる。
彼は片方の口角を上げる。
歪に笑みを作る仕草が、含みを帯びているように感じる。胸が、ざわざわする。
その後すぐに……女王の準備が終わった旨を、彼女の配下の女性が伝えに来た。
ゼナは意味深な微笑を残し、坂を上って行った。




