86 泉の妖精
ざわめきが耳に届く。
「ん……?」
呟いて瞼を開く。黒っぽい何かが見える。
「あ。エスティ、起きた?」
黒っぽいと思ったのは、ケールディアの着ている服だった。
距離が、凄く近い。身じろぎして気付く。
あれ? 私……抱えられてる?
「お姫様みたーい!」
前方から歩いて来る人々の列にいる、幼い女の子に言われた。彼女は手を繋いでいる母親らしき人と共に、ケールディアの後方へ通り過ぎて行った。
やはり。「お姫様抱っこ」で、運ばれているみたいだ。
「えっと……下ろしてもらっても……?」
頼むと、細めた目で見てくる。
「んー? ……分かった」
床に足が着く。
ここは……星堂?
セヴィアラの星堂より明るいけど、リウラの星堂より暗い。二つの星堂を足して二で割ったくらいの広さ。
きっと、ブリアスにある星堂に到着したんだ!
私、いつから寝ていたんだっけ……あっ! 船に乗った後だ。ケールディアに魔法的な何かで眠らされて……。
「何があったの?」
尋ねると、首を竦めてくる。
「狙われている。やり合って追い払ったけど。また来るかもな……」
ケールディアは、日常の一コマのようなトーンで話しているけれど。それって、普通じゃない。
もしかして、狙われている原因は……。心当たりがある。
ワズの秘密を探ろうとしているから?
深刻に考えていたところ、眉間をつつかれた。
ケールディアが、悪戯っぽく笑っている。
「俺のせいかもしれない」
告げられて息を呑む。
「何をしたの?」
聞いてみる。笑みを深くされる。
「秘密」
言い置いて歩き出す、彼の後に続く。
星堂の外へ踏み出す。眼下に遠くまで、ブリアスの絶景が広がる。
「わぁ……!」
今いる星堂が、山の高い位置にあるらしく。模様の入った白い手すりから下を見ると……竦んでしまう。地上にある森の木々が、小さく感じる。
左右に山々が連なる。この場で最も視線を引くのは。中央に聳える城と、城の上空と側面を囲うように展開されている半透明の魔法壁だろう。
こんなに大きい魔法壁を目にするのは初めてだ。
見入っていると、肩を叩かれた。
「行くぞ」
ケールディアが促すけど。疑問を抱き、首を傾げる。
「えっ、待って。どうやって移動するの?」
この場所は……星堂に複数ある出入口の内の一つから繋がっていた。小さな公園くらいの広さがあり、バルコニーのように手すりが巡らされている。
階段も見当たらないし。後方は星堂と山だし。あっ!
思い至って確認する。
「まさか。ニーナに乗って行く?」
通常の大きさのニーナには、乗ろうとすれば乗れない事もない。ちょっと危険だけど。きっと、目的地までひとっ飛びの筈だ。
「やだよ。ほかの奴の相棒に乗んのは。あんたが寝てる間に、迎えを頼んどいたから。そろそろ来るだろう。あんまり乗りたくねー乗り物なんだが、これが手っ取り早くてね。おっ! 来た来た!」
何かがこちらへ向かって来る。城のある方面の……空から。
「相変わらず……ファンシーな星だな」
ケールディアが溜め息と共に呟くのも、少し分かる気がする。
目の前に着地した生き物に、視線を奪われる。
白い毛並みと純白の翼……そして額には、一本の角が生えている。
「ユニコーン……?」
初めて見た。ユニコーンが引いている馬車も停まる。馬車のドアが開き、ユニコーンが私たちを気にしている。
「凄い。初めて乗るよ。ニーナに乗って空を飛んだ事はあるけど。ユニコーンの馬車は初めて」
ドキドキしつつ乗り込む。屋根付きの豪華な造りで、中の椅子もフワフワしていて座り心地がいい。ケールディアも乗り込み、向かいに座っている。
「えっと。今から、どこに行くの? ユーラの居場所を知ってる……?」
「そいつの居場所は知らない。……けど。協力してくれそうな奴を訪ねる。あいつなら、この星の大抵の事は把握してるだろうから。俺の幼馴染なんだ」
ケールディアの幼馴染は物知りなんだ、凄いな……くらいの気持ちでいた。連れて行かれた先で後悔する。もっと、心の準備をしておけばよかったと。
さっき、星堂から見た山々の中央に聳える……魔法壁で囲われた城へと到着した。
ユニコーンの馬車を降り、驚愕する。
セヴィアラにある城は、役場的な建物だった。ブリアスの城とは違う。全然、違う。
そもそも、ここは。この大星域全体でも、知らない人はいないくらい有名な人物がいる場所。
まさか。きっと、違う人だよね。ケールディアの幼馴染って。違ってほしい。
横に立っているケールディアを見つめる。
彼は私の視線に気付いて、ニコッと笑みだけを返してくる。不安が増す。
「あいつなら多分、こっちにいるだろう」
呟いて城へは入らず回廊を進み出す、彼の背を追う。
暫く歩いた後、回廊の外へ出た。森の方へ入って行く。
細い道を辿り少しして、視界が開けた。
光の降り注ぐ、小さな泉がある。
泉の側の岩に、誰か座っている。泉に足を浸し、物思いに耽っている様子だった彼女が……振り向く。
薄い青色の長い髪を、後ろで一つの三つ編みにした美女が……ふさふさの睫毛を、瞬きで揺らしている。
淡い紫色の衣装と周囲の若草色の景色が調和していて、妖精と見紛う美しさだった。見惚れる。
「ケールディア!」
彼女は表情を、ぱあっと輝かせた。声も大人っぽく神秘的なのに。明るく無邪気な印象も重なり、とても魅力的に思える。
「久しぶり……ルイメディーナ」
ケールディアの口にした名前に、震える。やっぱり。彼女は、この星域……ブリアスの「魔女王」だ。




