85 龍君の誕生日
「龍君!」
小学校の卒業式も間近に控えた、二月。
休み時間に席を離れようとしている幼馴染の男の子、鈴谷龍君へ声を掛けた。今日の龍君はフード付きの黒い上着と黒のズボンという出立ちで、柔らかい黒髪にはいつものように癖がある。
「何?」
歩き出そうとしていた彼が、振り向いてくれた。だけど……。尋ねてくる声や眼差しに、暗い雰囲気を感じる。
やはり。彼に嫌われたとしか思えない。
少しの間、ためらったけど。意を決して切り出す。
「今度の、四月一日なんだけど。渡したい物があるから、龍君のお家に行ってもいいかな?」
四月一日は、龍君の誕生日。プレゼントを渡したかった。そして、できるなら……ちゃんと話をしたい。
龍君の目が細められ、少し睨まれている心地になる。
「……いいよ」
低く淡泊な声音で返される。了承をもらった。
ほっとしていたのに……。
「鈴谷君!」
私の後方から、龍君を呼ぶ人物が現れる。……雪絵ちゃんだ。
彼女は友達の一人。肩まであるストレートの黒髪を揺らしながら私の横を通り過ぎ、龍君の側で歩みを止めた。
「ちょっと来て」
雪絵ちゃんが廊下の方を指差して、龍君を促している。
「ああ……分かった」
龍君も険しい表情のまま、彼女の後に続いて教室を出て行った。
近頃……龍君と雪絵ちゃんが一緒にいる場面を、よく見掛ける。
「由利花ちゃん。大丈夫?」
咲月ちゃんが、ためらいがちに心配してくれている。
彼女も友人の一人。最近は髪を伸ばしているそうで、後ろで短い一つ結びにしている。
「雪絵っち……何なんだろうね。鈴谷は由利花ちゃんと付き合ってるのに!」
咲月ちゃんが怒ってくれた事で、気持ちが少し楽になった。
「ありがとう咲月ちゃん。大丈夫だよ……」
大丈夫。……すぐ不安になる自分へ、言い聞かせるつもりで発した。
暫くして、龍君と雪絵ちゃんが戻って来た。何かが光った。
「雪絵ちゃん……それって……」
雪絵ちゃんの側へ寄り、確認する。彼女の首元に見えたネックレスに、視線が吸い寄せられる。小さな赤い石が付いている。
――見覚えがある。
龍君がしているミサンガにも付いていた。
「ああ、これ?」
雪絵ちゃんが、石を触って言い及ぶ。
「誓いの証」
フフッと頬を綻ばせた、何とも嬉しそうな顔で告げられた。
彼女の誕生石は確か、ガーネットだった。……そういう事なのかもしれないと、暗い思いで俯く。
今まで「マスター」が龍君に何かしたから、龍君が冷たい雰囲気になったのかもしれないと……頑張れば何とかなるかもしれないと、希望を持っていたけど。そうじゃない可能性が高くなったように感じる。
普通に考えて……美少女で知的で、しっかりしている雪絵ちゃんを――……龍君が好きになったとしても。何もおかしくない。むしろ、そっちが普通なのでは?
自虐的な思考になる。……でも。今は凄く…………認めたくないよ。
卒業式を終えて、龍君の誕生日が訪れる。
今日は白地に黄色い花模様のブラウスと黒のスカートを着ている。左手首に、星のチャームが付いたブレスレットをする。去年の七月、私の誕生日に龍君からプレゼントされた物だ。髪は普段通り、左右の三つ編みにしている。但し。少しでも可愛く見えるように、念入りに調整した。
ただ……彼に会いに行っても。家の前で、プレゼントを手渡すだけになるかもしれない。
恐らく、もう……彼の一番は、私じゃない。
考えて、気分が重くなる。
龍君の家に着く。三階建ての、二階にある玄関扉の前に立つ。
ドアを開けて顔を出した彼は、あっさりと家の中へ入れてくれた。部屋へ通される。
今日の彼は、白いシャツの上に紺色のトレーナーを着ている。
プレゼントを渡した。プレゼント用の袋の中には、紺のチェック柄のタオルが入っている。
「ありがとう」
静かなトーンで言われた。僅かに暗い瞳で。
予想していた通りだった。プレゼントを喜んでくれないだろうと思っていた。
私じゃなくて雪絵ちゃんだったら、きっと――。
彼の手首に今日も、赤い石の付いたミサンガが巻かれている。雪絵ちゃんとお揃いの石。
目にして、頭に血が上った。
ミサンガに手を伸ばす。寸前で避けられた。指摘する。
「それ、外して」
低く、はっきりした声で伝える。
必死な様相で拒まれる。
「外せない」
彼はミサンガを取られないように手で庇い、私を……信じられないものを見た時にするような目付きで見てくる。
「……そんなに、雪絵ちゃんがいいの?」
最近の龍君は、私に冷たかったのに。話し掛けても。冷めた表情で対応される度に、胸が苦しかった。
それなのに。
彼女の事になると感情を表す彼に、強く衝撃を受ける。
我慢できない。
顔に力を入れて堪えていたのに、最悪。
きっと……今世紀最大の醜い泣き顔を、好きな人に曝した。
……けれど。
すぐに、涙は引っ込む事態となる。龍君が言い出したからだ。
「ねぇ。キスでもしとく?」
……と。
驚いて聞き返す。
「何で?」
「別に。何となく。そう言えば、由利花ちゃんの誕生日にしたなって思い出して。泣かれても困るし、機嫌を直してくれるならしてもいいよ。……キスなんて、好きじゃなくてもできるし」
絶句する。
見開いた目で見つめる。
再び涙が流れる。
龍君は、変わってしまったのかな。
それでも、諦め切れない。
唇同士が触れる。それだけだと思っていた。
離れようとした時に、腕を掴まれた。
重なる。続きを与えられる。
言動とは裏腹に、甘くて優しかった。




