84 追っ手
「この道って、まさか……」
セヴィアラの露店街より四倍程広い大通りから、細い脇道へ入る。白や灰色い石造りのビルが建ち並ぶ街路を少し進んだ頃、ケールディアの呟きが聞こえた。知っている道だったのかな?
そろそろ、目的の場所へ到着しそう。立ち止まって、左の手首に装着している「トケイ」を見る。
由利花の知る「時計」とは違う。直径五センチくらいある薄い水色の丸い石を半分に切って腕輪の上方に取り付けた様相で、薄水色の石の模様は内部で揺らいでいる不思議な見え方をする。
この石は「宿石」と言って「宿岩」を砕いて作った物。未神石のように精霊を宿せる石らしい。
色々と使えて便利なんだ。
石を指で触る。
石が左手首の上に、二十センチ四方のマップを映し出す。私たちのいる位置が中心になっている立体的で精密な地図には、近くにある建物の名称も添えられている。
大丈夫。道は合ってる。しかし、気になっている事があった。
「ニーナ」
トケイに呼び掛ける。
「約束の時間って……私、間違ってないよね?」
今から元婚約者に会うのだけれど……この間送った通信への返信が、まだ届いていない。
「ニー」
トケイから応答があった。
「ニィィィ……眠いよォ。もう、そんな時間なの?」
宿石から体長五センチ程のミニドラゴンが姿を現す。彼の事は「ニーナ」と呼んでいる。精霊であり、サポーターであり、家族、そして……幼い頃に初恋の人から預かった大切な子でもある。その人とは、もう二度と会えないと思う。
「げっ! 竜じゃん。よく、そんなの持ってるね」
ケールディアが紫の双眸を忌まわしげに細めてニーナを睨んでいる。
「ニーナは、こいつ嫌い!」
「あっそ。俺も、お前が嫌いだわ」
ニーナとケールディアは睨み合った。
ニーナはケールディアに「プイ!」と言ってそっぽを向いた後、私を見上げて伝えてくる。
「約束の時間は合ってる。でも……彼は、この星にいないよ?」
「……っ、どういう事?」
尋ねてみるけど。
「うーん」
ニーナも分からないのか、首を傾げる仕草で唸っている。
「ふっ」
突然、ケールディアが笑い出した。
「ふっふっふっ、ははは。何も知らねーのな。その、ポンコツ竜」
「なっ!」
ニーナが怒り出そうとした時。
ケールディアのトケイが薄く光り、紫色の大きめな蛇が姿を現した。蛇はケールディアの左腕をニュルニュルと上り、首の後ろへと這って行く。彼の右肩にまで乗ると、こちらへ「シャー!」と威嚇してきた。
ケールディアのサポーターは大蛇のようだ。仲がよさそう。
「エスティ……まさか。元婚約者に、会いに行こうとしてた?」
ケールディアが静かな調子で聞いてくる。
「はい。そうですけど……」
幼馴染だったユーラ・ズォ・ヘイルと婚約した当時は、よく分かっていなかった。
友達の延長線上に恋があり、愛があり、結婚があるんだと思っていた。
もっと幼い時分にあった初恋にも、気付いていなかった。
ユーラは肩上までの薄茶色の髪が印象的な優しい人で、婚約を申し込まれた時までは仲のよい友人の一人だと認識していた。「このまま、この人と結婚するんだ」と、あまり実感が湧いていなかった。だけど、少しワクワクしていた。この人と、ずっと一緒にいるのも悪くないなと……前向きに考えていた。
しかし、婚約してすぐ…………彼は仕事でセヴィアラを離れ、中央へ移り住む事となる。ユーラにも予期せぬ時期の辞令だったそうで、何度も謝られた。次の部署は星域間の移動が多いらしく、私も共に移り住むのは難しいと言われた。婚約は白紙になった。
若干、残念な……どこか寂しい気持ちを味わった。ユーラの方が私よりも数倍、落ち込んでいる様子に見えて微笑んだのを覚えている。
思い返していた私に、ケールディアが告げてくる。
「ユーラ・ズォ・ヘイルは、今……ブリアスにいるようだな」
「え?」
思考が一時、停止する。
驚きで震えそうになる唇を動かして、聞く。
「何で、彼を知ってるの? 何で……居場所がブリアスだと……」
ブリアスは、この大星域にある中星域の一つで……輝く光と氷雪の舞う、自然豊かな地域が多い星域だ。
「エスティの事は調べた。恐らく、ユーラからの返信が届いていないとか……通信に関してのトラブルがあったんじゃないかと思う」
「……!」
息を呑む。確かに、返信が届いていない。
「その様子だと、当たりみたいだね」
ケールディアは少し明るめの声で言及し、瞼を伏せ笑んだ。
「厄介な奴を、敵に回したなぁ……」
彼の呟きを、耳が拾う。見つめると首を竦めて、お手上げのポーズをされた。
「ワズの関係で、きな臭い噂がある。ユーラは『リウラの盾』だろう? 奴らも動いている」
「……っ、そうだけど。きな臭い噂って?」
思わず聞き返す。
ユーラの所属する「リウラの盾」とは……この大星域を守護する組織の一つで、私たちの今いる中星域リウラに本拠地がある。大星域の各地に配置されている組織の拠点を取りまとめているのも中央世界のリウラの盾だ。
由利花の世で言うところの「警察」に近いかもしれない。
ケールディアは自らの口元に指先を這わせ、こちらへ目を細めてくる。
「…………ワズを手中に収めようとしている奴らがいる。だから、リウラの盾が警戒を強めているんだ」
やや眉を寄せた……難しい気配のする顔付きで言われた。
言葉を失う。
ワズが狙われている……? もし、その情報が本当なら。これからの由利花たちは、どうなるの……?
フッと笑われた。
「心配そうな顔してる」
言い及ばれてムキになる。
「そうだよ! 心配だよ! もしも……もしも、争いになってワズが失われたら…………私のアバターはどうなるの? それに、きっと二度と……会いたい人に会えなくなる。私の探している手掛かりも……消えちゃう……」
切実に訴えながらも、俯く。焦燥が胸を支配していく。
「ふん」
鼻で笑われた。
「俺にもエスティにも、できる事は限られている。やれる事は、早めにしておいた方がいい。まずは、そうだな……。直接、ワズへ向かうのも罠が……っとと。警備が厳重で近付けない可能性もある。エスティの元婚約者の伝手が、どの程度使えるのかは知らないけど。一度、ブリアスに寄ってみるのもアリかもしれない。どうする?」
「そう……だね……」
握り締めていた手が、汗ばんでいる。
直接、ワズへ行ったとして。手掛かりに近付けるとは思えない。普段でも入れない場所に、警戒の厳しい時期に訪れたって……門前払いもいいところだろう。
ワズを狙う輩かもしれないと、疑われる可能性だってある。
「……ブリアスへ行き、ユーラと会う」
神妙な口調で答えた。
早速、その足で星堂へと赴く。
ブリアスへ渡る間に睡眠時間を確保できる「船」へ乗る。
船は、ほかの客と乗り合わせる場合がある。今回の船には小さめの個室が複数用意されており、空いている一室へと入る。
木の質感で造られた室内には作り付けの二段ベッドがあり、窓の下には飲食や筆記をする際に利用できるような小さな台と椅子が備わっている。
荷物を下ろして、下のベッドに横になる。
「つ、疲れた……」
ぼーっとしつつ、呟く。
久しぶりに別の星域へ出た緊張と、歩いた疲れと、不安と、頭痛。それらが増してきた頃、この部屋へと辿り着いた。
後から入って来たケールディアが溜め息をつく。
「くつろぎ過ぎだろ。もっと俺を警戒しろ。俺がエスティの敵だったら、寝ているところを……」
「別に何もしないでしょ? 私が邪魔だったのなら。きっといつでも、どうとでもできた」
一拍程、怯むような間があった。彼は黙っている。
「もうダメ。眠たくて、もう……」
うとうとと、思考を紡ぐ。視界に映る窓からは、くすんだ薄水色の川面へ黄みを帯びた輝きが注ぐ光景と明るい空が見える。既に船は動いているようだ。
「あれ……?」
重い瞼を閉じようとした時、水面に何かがあるのに気付く。
何だろう、あれは……。舟?
ケールディアも気付いたのかもしれない。
彼は窓の側へ身を寄せ、外を注視している。相貌が険しい。舌打ちが聞こえる。
何事かと思い、身を起こして見つめる。
彼は外を見据えたまま、昏い眼差しで笑っている。
「さあて。どっちの追っ手かな?」
「追っ手っ?」
驚いて聞くけど、頭を掴まれベッドに押し戻された。
「アンタは寝てろよ。これからが正念場だから、今の内に頭を休めておけ」
言い渡されて目を見開く。
「でもっ! 今っ……?」
「うるさい」
反論しようしたけど。また頭を押され、再びベッドに沈む。
何かが聞こえる。「あ、これ……魔法っぽいやつだ……」などと、必死に状況を理解しようと努める。けれど頑張りも虚しく……意思とは関係なく、どんどん眠たくなる。
どこかで、剣戟のような……刃物を切り結ぶ如き音が響いている。
「生憎だね。邪魔するなよ」
ケールディアの声だ。でも、ああもう無理。
何が起きているのか、凄く知りたいのに。
無念。
寝落ちした。
ワズにいる由利花は龍君の件で、もやもやとした不安を抱えている。
彼の誕生日が近付く季節を、複雑な思いで過ごしていた。




