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その日を境に、キローネは別人のように元気になった。ポロノシュー曰く、どうやら無事に峠を越えたらしい。
シュイの持ってきたイェルフ族の薬は、精力増強の効果も含まれていた。
魔力を持たない人間にとって、かなりの劇薬だった。それをいきなり服用したものだから、体が拒否反応を起こしたのだ。
しかし、それを乗り越えたことで、今度は薬が効果を発揮し始めた。
「じゃあ全部が全部、毒って訳じゃなかったのね」
シュイは安堵する。
もちろん、キローネには心から謝罪した。
彼女は笑って許してくれた。
「いいのよ。だって、ずっと看病してくれてたんでしょ。ありがとう、シュイ」
「う……」
面と向かって礼を言われると、照れ臭くて、まともにキローネの顔が見られない。
「ありがとう、おねえちゃん」
ヤナンも、あの日から笑顔を見せてくれるようになった。
ポロノシューは、あいかわらず無愛想だ。
「結果的にうまくいっただけだ」
「だから、反省してるって言ってんじゃない」
シュイは頬を膨らませる。
もっとも彼も、本気で彼女を責めるようなことは言ってこない。憎まれ口は……それくらい勘弁してやろう。
「彼って素直じゃないから」
キローネはそう言って笑う。
シュイは苦笑で返すしかない。
「鈍感すぎるのも、考えものね」
この点だけは、ポロノシューに同情せざるを得なかった。
狭い里のなかで生きてきたせいか、シュイはいまだに恋慕の情というものを知らなかった。どういう心理状態になるのか、見当もつかない。
ポロノシューは、得意の鉄面皮でおくびにも出さないが。
「帰ってこない旦那のことなんか、忘れちゃえばいいのにね」
あるとき、シュイはポロノシューに言った。
さすがの彼も言葉を詰まらせた。
「都に出稼ぎに行ってから、もう一年以上経つんでしょ。帰ってくるつもりなんてないんじゃない?」
「あいつは、そんな半端な奴じゃない」
「そんなんじゃ、いつまで経ってもいい人が見つかんないわよ」
「大きなお世話だ」
往診を終え、並んで帰る二人に、村人が手を振る。
シュイも手を振り返す。
キローネが急変した元凶が、シュイの持ってきた薬にあることは、村じゅうに知れ渡っている。
そのことで反感を持っている者もいたが、彼女の献身的な姿に胸を打たれた者も多かった。特にあの晩集まった村人たちは、すっかり気を許してくれていた。
風が気持ちいい。
知らず笑みがこぼれていたらしい。ポロノシューが怪訝そうな顔を向けている。ごまかすように、景色を見るふりをした。
「イェルフというのは、もっとお高くとまっているものと思っていたが」
ポロノシューが褒めているのか貶しているのか、判断のつきにくい口調で言った。
「悪いことをしたら、ちゃんと謝るわよ。子供じゃないんだから」
するとポロノシューは、まじまじとシュイの顔を見つめる。
「なによ」
知らず、頬が赤らんだ。
「いやに素直だな」
「と…特別よ。こんなのがお父様に知られたら、ただじゃ済まないんだから」
「判っている」
「じゃ…じゃあね」
そろそろ里に帰らなければならない。
「シュイ」
ポロノシューが呼び止める。
シュイは振り返った。急いでいたせいもあって、ポロノシューが彼女の名をきちんと呼んだことに気付かなかった。
「また来るのか?」
「えっ、なに?」
「いや……ヤナンが、また会いたがっているんだ」
「はいはい。また来るって伝えといて」
それだけ言うと、シュイは足早に駆けていった。
ポロノシューがまだ何か言いたそうだったことには、気付かなかった。




