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イェルフと心臓  作者: チゲン
第三部 人間とイェルフ
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53/61

14頁

 誰かが髪を梳(す)いている。

 ふわふわと、妖精が歌うような心地よい感覚に、シュイは身を委(ゆだ)ねていた。

「おかあさま……」

 シュイは判然としない意識のまま、おもむろに顔を上げた。

 ベッドに突っ伏したまま眠っていたらしい。開いた窓から、淡い朝日が差し込んでいた。

「おはよう、シュイ」

 優しい声がした。

「ん……おはよ……」

 ぼうっと返事をして、そしてはたと気付く。

「え……!」

 キローネが、ベッドに上体を起こしたまま、シュイの頭を優しく撫でていたのだ。

「ふふ」

「キローネ!」

 シュイの顔が綻(ほころ)んだ。

 昨夜のような血走った目ではなく、いつもの包み込むような優しい眼差しをしている。

「良かった……」

 シュイの目に涙が浮かんだ。

「もう大丈夫なのね」

「あなたのおかげよ。ありがとう、シュイ」

 キローネの指が、シュイの目元を拭った。

「良かった……」

 拭っても、涙が滂沱(ぼうだ)と流れた。

「良かったよぉ……」

「あらあら」

 子供のように泣きじゃくるシュイを見て、キローネは目を細める。

 顔は幾分やつれているものの、血色もだいぶ良くなっている。

 戸が開き、ポロノシューが入ってきた。手には、汲んだばかりの井戸水が入った甕を抱えている。

「ふえ?」

 シュイが、涙でぐしゃぐしゃになった顔で振り向いた。

「ぶふっ」

 ポロノシューが、思わず横を向いて吹きだした。

「あ……な……」

 シュイの顔が、羞恥でみるみる赤くなった。

「わ…わらうなっ!」

 乱暴に自らの顔を袖で拭く。

「そうよ、笑っちゃ可哀想だわ」

 キローネがポロノシューを嗜(たしな)めるが、彼女の声も震えていた。

「だから……笑うなってば!」

「そんなこと言われてもな」

 ポロノシューは、なおも肩を震わている。

 そのとき、家の戸を小さな影がくぐってきた。ヤナンだ。

 ヤナンはシュイの顔を見るなり、彼女を指差してぽつりと言った。

「おねえちゃん、へんなかお」

「……ぶふッ」

 ついに我慢できず、キローネまで吹きだした。

「もーっ!」

 朝靄(あさもや)漂う村に、シュイの嘆き声が響き渡った。

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