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イェルフと心臓  作者: チゲン
第三部 人間とイェルフ
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55/61

16頁

 それからシュイは、隙(すき)を見付けては村に遊びにいくようになった。

 何度も通ううち、残りの村人とも、しだいに打ち解けていった。以前シュイとひと悶着(もんちゃく)あった猟師たちとも、和解することができた。

 ヤナンとは姉弟のように仲良しで、野山へ連れだしては、狩りや魚釣りを教えた。

 ときどきキローネがついてきて、遠くから微笑ましげに我が子の勇姿を眺めている。

 里に帰ろうとするシュイを、ヤナンは決まって引き止めた。別れ際、いつも半べそを掻いていた。

 ポロノシューはあいかわらず無口で無愛想だが、シュイが勝手に家に入ってきたり、厨房を使って食事を作ったりしても、嫌がる素振りは見せなかった。

 ただ、あんなに貧相な食生活だったくせに、味付けにはしっかり文句をつけてくるのだから腹が立つ。

「絶対、美味しいって言わせてやるんだから」

 誰かのために食事を作ることに、こんなにやり甲斐を感じるとは。里に閉じこもったままでは、想像もできなかったに違いない。

 また折りに触れ、村人に里の生活を語って聞かせた。

 村人たちの声も聞いた。イェルフ族に伝わる話とは、だいぶ違っていた。

「お互い、都合のいいように歴史を捻(ね)じ曲げているのさ」

 ポロノシューは言う。

「珍しいことじゃない。事実と真実とは別のものだ」

 彼は、暇を見付けては、子供たちに勉学を教えていた。たまにシュイも生徒になって、人間の歴史を学んだ。

「シュイは、ポロノシューのこと、どう思ってるの?」

 ある日。

 キローネと二人きりで山菜を摘みにいった昼下がり。

 突然、水を向けられた。

「どうって……」

「村じゃ、けっこう噂になってるわよ」

「あたしとあいつが!?」

 思わず籠(かご)を落とし、せっかく採取した山草がこぼれてしまった。

「村の女の子に恨まれてるわよ」

 キローネは悪戯っぽく笑う。

 シュイの頬が、たちまち紅色を帯びた。わざとらしく乱暴に山草を拾い集める。

「あたしが、人間のことなんか好きになる訳ないじゃない」

「彼のこと嫌い?」

「そういう訳じゃ……」

「わたしは、あなたのこと好きよ。ヤナンもそう。彼だってきっと、そう思ってるわ」

「まさか……」

「ふふ」

 でも、ポロノシューが好きなのはキローネなのよ。

 喉まで出掛かった言葉を、シュイは飲み込んだ。

 その日、シュイは早々に里へ帰った。

「あたしは里長の娘として……イェルフの女として、一族の血を絶やさないことを第一に考えなきゃいけないんだし」

 幼い頃から、ずっとそう言い聞かされてきた。それに対して、何の疑問も抱いていなかった。

「イェルフと人間がいっしょになったって、幸せになれる訳がない」

 所詮、住む世界が違うのだ。

「その人がいなくなって、もう二度と会えなくなったら……って考えてみて」

 不意にキローネの言葉が蘇る。

「いなくなる……」

 自分の部屋の柔らかいベッドに突っ伏して、シュイは考える。

 虫が鳴いている。

「あいつがいなくなったら、あたしは……」

 目を閉じる。

「あいつがいなくなったら……」

 虫の声がやんだ。

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