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キローネの夫が帰ってきた。
テモンという名で、ポロノシューより少し若い。精悍で、肌も焼けている。
左手の小指がなかった。少年の頃、工房の事故で失ったらしい。
キローネは、人目も憚らず夫に抱きついた。テモンはその逞しい腕に、最愛の妻と、少し見ない間に大きくなった我が子を抱いた。
「留守中、二人がだいぶ世話をかけたみてえだな」
ポロノシューと顔を合わせると、テモンは人懐こい笑みを浮かべた。
同じ人間でも、こうも人相が違うものかと、シュイは感慨深く思った。
「一年も、どこをほっつき歩いていたんだ」
「話せば長くなるがよ」
昔、都の工房で鍛冶仕事をしていた頃に、些細なことで同僚と喧嘩をして、怪我を負わせてしまったらしい。
罪にこそ問われなかったが、キローネの両親は、そのことを理由に二人の仲を裂こうとした。キローネは良家の息女で、両親は二人の交際を快く思っていなかったのだ。
そのことを察知したテモンとキローネは、家を捨て、二人で駆け落ちをした。そして行き着いた先が、この村だった。
やがてヤナンが生まれて、一家は貧しくとも幸せな日々を過ごしていた。
ところが去年、どこで聞いたのか、都の工房から便りが来た。人手が不足しているため、テモンに手を貸してほしいというのだ。
「そしたら、やっぱり水が合うってのかな。賃金もいいし、もう一度、工房でちゃんと働こうかと思ってな」
話がトントン拍子に進んで、新居や何やらを準備していたら、予想以上に時間が掛かってしまったというのだ。
「そんな大事なことを一人で決めるな」
ポロノシューは、そんなテモンに渋い顔で苦言を呈す。
「いやあ、成り行きでな。あっという間に話が進んじまって」
「だったら、せめて手紙くらい書け」
「俺は字が書けないし、代筆してもらうほどのもんでもないと思ったからよ」
「そういう大雑把なところが、キローネに余計な心配をかけるんだ」
「悪かったよ。おまえには本当に感謝してる」
どこまで悪いと思ってるんだか。
二人の会話を聞きながら、シュイは眉をしかめた。いわゆる憎めない男といった印象を受けるが、彼女はあまりテモンに好感を持たなかった。
「キローネもヤナンも、なによ……あんなに嬉しそうにしちゃってさ。ポロノシューもポロノシューだわ。一発くらい、ぶん殴っちゃえばいいのに」
ぶつぶつと不穏な言葉を呟いている。
「キローネのために、あいつがどれだけ苦労したか知ってんのかしら」
父に肩車されて、無邪気に喜ぶヤナン。
その光景を見守りながら、目端に涙さえ浮かべるキローネ。
家族は明朝、都に向けて出発することになった。用意周到なことに、馬車もある。
「その馬車は……」
懐かしい紋章を認めて、キローネの表情がハッとなった。
「君の実家の馬車を借りてきたんだ」
「まさか……」
「義父さんが、早く孫の顔を見たいってさ」
「お父様……」
キローネの喉から、嗚咽が漏れた。
「……幸せがまとめてやって来ましたって感じね。まさに、めでたしめでたしだわ」
「物語の結末としては、申し分ないだろう」
「そうかしら」
大喜びで支度をする家族を遠目に見ながら、ポロノシューとシュイは、脱力したように座っていた。
「文句でもあるのか?」
「全然面白くないわ。脇役が全然報われてないじゃない」
「脇役?」
「あんたよ、あんた」
ポロノシューが怪訝な顔を向ける。
「このまま、なにも言わずに行かせる気?」
「何のことだ?」
「しらばっくれなくてもいいわよ。この際、遠慮なんてしなくていいじゃない」
「遠慮などしていない」
「また……すぐそうやってごまかす」
「大きなお世話だ」
「ほんとのこと言っちゃえばいいじゃない。好きなんでしょ、キローネのこと」
ポロノシューは口ごもる。
「ばかなことを……」
「気付いてないのは、キローネくらいよ」
「…………」
シュイは嘆息した。
「ほんと、バカよね」
「他人事だと思って、好き勝手なことを言うな」
「いいじゃない、言うだけはただなんだから」
しかし、ポロノシューが想いを告げられるはずもなく……翌日、キローネとヤナンを乗せた馬車は村を後にした。
恐らく、もう戻ってくることはないだろう。
最後まで別れを惜しんでいたキローネと、見えなくなるまで手を振っていたヤナンの顔が、いつまでも瞼の裏に残った。




