異世界で気ままに余生を過ごすための最後の戦いの前夜
「…………は……?」
動いている。普通ならその光景を喜ぶだろう。それは無事を意味するのだから。
「……レン様?」
レンは彼女の身体を前にして『動けないだろう』と断定していた。それに足る理由があったからだ。
しかし、目の前の彼女は動いた。痩せ我慢ではない。砕けた骨と千切れた筋肉でその身を自由に動かしていたのだ。
「ウサ……お前……。」
「回復を促しても無駄ですわよ。」
理解できない事実を前に、言葉が詰まる。そんなレンの背中に声が掛けられる。
「……どういう意味だ?」
「スキスおば様!」
ウサはスキスを見つけ、表情をぱあっと明るくする。
冷ややかな目で睨めつけるレンを無視し、スキスはウサのすぐ傍に駆け寄った。
「ウサちゃん。よく頑張ったわね。」
そしてウサから差し出された手を取り、薄く涙を浮かべる。
「いいえ、全てはおば様のアドバイスのお陰で────」
「──無駄とはどういう意味だ?」
会話をぶつ切りにし、レンはスキスを睨めつける。
スキスはレンに目線を合わせることなく、ただの二言。
「ウサちゃんに触ってご覧なさい。そうすればすぐ理解できますわ。」
確かに、起きている状態のウサを触診している訳ではない。状況の把握の為、レンはウサに手を伸ばす。
「えぇっ!?そんな、私まだ覚悟が……」
「触るぞ。」
突然の展開に慌てるウサ。しかし、命や安全には替えられない。レンはウサの腕に恐る恐る触れ、絶句する。
(…………!?硬い……しかしこれは……)
「いやぁ……恥ずかしいですわ。」
軽い弾力があるが、大きい変形はしない。
(薄いプラスチックの板のような……。)
機械的な肌触りではないが、どこか硬い印象がある。それに最も近い印象は、
「……まるで甲虫のようだ。」
「えっ?」
もし今、ウサが生物として進化を果たしたのだと仮定すると、『脊椎動物』であることを捨て、『外骨格』を獲得したと、判断できる。
(確か、ウサの母は幼いまま見た目が変化しなかったとか。)
人間という生物には外骨格を持つ生物のような脱皮はない。故に見た目の成長はなかったのだろうか?
レンの中で疑問が駆け巡るが、スキスは言葉を続ける。
「今、ウサちゃんは『第六筋』を手に入れたのですわ。それの副作用のようなものですわね。」
「す、スキスおば様……?」
『第六筋』という聞きなれない言葉に、ウサは驚きを隠せない。
「……ウサの母が亡くなったのは寿命か。」
肉体の仕組みそのものを全て変化させて、普通の人間と同じだけ生きられる訳がない。
そのレンの指摘にスキスはコクリと頷く。
「えぇ。今のウサちゃんと同じく、若くして覚醒してしまいましたから。」
「……治らないのか。」
「それは歩けるようになった子供に、歩き方を忘れなさいと言うようなものですわ。」
大きな溜め息。ウサからすれば、それは余命宣告に等しい。
「おば様……?わ、私。」
それだけではない。スキスの態度はまるで、意図的に情報を隠しているようにも思えた。
故に、レンはスキスに冷ややかな視線を向けていたのだと理解し、それと同時にやけに冷たい汗が肌の上を走る。
(私、何か変な夢を見ているの……?)
そう思い、頬を抓ろうとするが、肌は伸びない。
ツーという無機質な音。爪で硬いものを引っ掻いた様な音。身体が木彫りの人形にでもなってしまったのか。呼吸が浅くなり、喉が震え、上手く声が出せない。
「れ、レン、様……わ、わた、くし……。」
「勘違いしないでくださいまし。私はウサちゃんもレイちゃんもお姉様も大好きですわ。」
だからどうした。レンの眉間に皺が寄るが、意外にもスキスの答えは納得のいくものだった。
「だから説明の義務を果たしにここへ来たのです。」
「「!!!」」
レンは、先程からずっとスキスの事を誤解していた。自身が殆ど生物兵器として扱われてきた経験から、スキスの涙を『完成品が生まれた感動』によるものだと断定していたのだ。
(……そうか。ウサは、心の底から愛してくれる人がいたのか。)
自らの姉と同じく、短命の運命を背負わされたウサを哀れみ、悲しんで涙を流していたのだ。
「ウサちゃん。貴女の身体はもうすぐ、最強の盾にして最強の矛となります。覚醒してしまったからにはこれに抗う術はありません。」
「……はい。」
図らずも運命は残酷。母を目指していた少女の身体は、母と同じく人外の領域へと踏み込んでしまったのだ。
その現実を突きつけられ、ウサは頷くことしかできない。
「ただ、誰もがお姉様のように、命と引き換えに莫大な力を手にしていたわけではないのです。」
「……!!」
「歴史上、ただの1人だけこの能力に目覚めつつも、100年の統治を行った者がいますわ。名前や姿は残っていませんが……希望はあります。」
スキスの言葉は、荒れ波の水面に浮かぶ藁ほどに希薄な希望だった。
「力を恐れず、極めろと。」
しかし、その希望でウサは十分だった。
瞳に恐怖の色はない。戦い抜く決意。それが瞳に灯る。
「……やっぱり、貴女のこと大好きよ。ウサちゃん。
そして、カネコレン。」
「分かっている。支えることこそ、婿の使命だろう。」
その言葉を聞き、スキスは笑みを浮かべる。
「ウサちゃんが見込んだだけの事はありますね。」
相変わらず言葉遣いは上からだったが。
「あぁ。元を正せばこの状況は俺が招いたもの。最後まで責任は取る。」
「……私の問答など、無用でしたね。互いを信頼し合う良い夫婦だわ。」
「そんなぁ、夫婦だなんて……!!」
殆ど親代わりの叔母公認の『夫婦』という言葉に、ウサはくねくねと悶え、そしてレンは────
「…………あっ。」
十数秒フリーズした後、情けなく一言。そして目を閉じ、天を仰ぐ。
(……仕方あるまい。自分探しの果てに人生の墓場を見つけたなら本望じゃないか。しかし、夫婦か……。)
「?」
先程、人生を諦めて自棄になってもおかしくないような経験をしたばかりなのに、もうこちらの視線に気付いて首を傾げている。
(つくつぐ俺には勿体ない子だ。)
「レン様、どうしたのですか?」
レンが纏う雰囲気が少し変わった事に気付いたのか、ウサがレンに声を掛ける。
そんなウサに、これまでにない笑みと共にその手を取った。
「……試合が終わったら、結婚しよう。少し忙しいかも知れないが、それでも式をしたい。」
それは、レンがずっと明言することを避けてきた言葉だった。
「……えっ。」
突然のプロポーズに今度はウサの方がフリーズをする。その一挙一動すら愛おしく、自然と笑みが零れてしまう。
「君の花嫁姿はきっと綺麗だ。それに見惚れてしまったら、気付けに1発君が殴ってくれ。きっとそれで、俺は生きていて良かったと、そう思うだろう。
子供が欲しい。男の子も女の子も欲しい。どちらが産まれても、きっと君に似て可愛らしい子だ。
でも、君がそれを辛く思うのなら二人で暮らそう。君の心を俺に全てくれ。その代わり俺の心は君のものだ。」
……ちょっとキモイな。いや、かなりか?
『金子練』とは違うみたいな雰囲気出していたけど、やっぱり根幹は同じなのかもしれない。
「は……はひ……。」
「……いいや、違うな。今までの話は忘れてくれ。だってこの先の未来は俺たちで創るんだ。だから先ずは────勝とうぜ、この試合。」
「プシュ……」
突然の存在しない記憶に脳を焼かれ、ウサはとっくの昔に意識を失っていた。
「……ん?ウサ?ウサ?!」
「貴方……意外と情熱的なのね。」
いつも読んでくれてありがとうございます!!
とりあえずできるだけ早く出しました!遅れを取り戻す感じで!!




