5✿嘘でも君の傍に居たかった。
小さい頃、何度も読み返した本がある。
夢のように甘美で切なくて、でも幸せな気持ちになる物語。
その本を見るたび私は夢の中に入れたような気がして何度も何度も味わっていた。ほんのひと時でもいいからと。
夢見る少女。
よく言われる言葉。自分もまさかこうなるとは思ってもいなかったけど檻の中に居れば居るほど夢に駆られるもの。
幼いころから読み続け、檻の中でもその本がある。そして夢に酔いしれるために読んでしまう。
『王子様』に恋心を抱いて。私は『お姫様』になって『王子様』を追いかける――と。
『王子様』なんてこの本だけかもしれないけど、この本は少しだけ私を檻という現実から救ってくれるから。今日もまた読んでしまう。
一つ一つ覚えてしまった単語をまた読み返して頬を緩ませて、胸に抱きしめて夢を見る。
そもそも私は檻の中に居た時から不眠症で眠ることが出来なかった。少しは大人にならなきゃいけないのに、夜の檻は凍り付いたように冷たくて眠れはしない。
暖かい毛布を貰っても中々寝付けず、ただその夜を静かに見送ることしかできなくて。
だからこの本は大切なものなんだ。この本のおかげで私は眠れる。夢を見れる。みんなと同じように眠れる事が出来るのに――
今日はそんな簡単に眠らせてくれなかった。
どれだけ本を読みこんでも、暖かい毛布を貰っても、私は寝付くことが出来なかった。
ただじわりと滲み出る恐怖に侵されて身体を震わせていた。唇を震わせ、歯がカタカタと鳴るのを聴きながら。
夜は怖い。月が怖い。
すべてを覆ってしまう暗闇、一段と光る月、笑ってるようにしか見えなくて。脳裏に浮かぶのは彼女。
縋るように彼女を思い出して自分の身を抱きしめる。それが少しだけ暖かくて、嬉しかった。
まるで彼女が本当にここにいるような気がしたから。
乾いてカサついた唇で何度も彼女の名を呼ぶ。言葉では表せないけど、声だけならできる。形にはなってないから呻き声にしか聞こえないかもしれないけど。
呟けば呟く程、荷が軽くなっていくような気がして。その度に私は何度も口にして…そこではっとする。
土を踏む乾いた音が聞こえる。足音。こんな夜遅くに訪問する人はまず居ない。それにまだ統領は帰ってきてないはず。
寝付けていない分、冴えた脳は足音が誰なのか探ることに集中している。それもそうだ不審な者が近くにいるのに何度も呟いて見つかったらそれこそ駄目だろう。
足音は少しづつ私に近づいていて顔を上げれば黒い髪を纏った彼女がいた。
「…な、ずな…」
少し今日の彼女は違っていた。いつも通りに笑って話しかける彼女は少し疲れてる顔色で。すぐさま小枝を持って地面に書き込んでいく。
〝どうしたの?〟
「……なんでもないよ」
〝嘘つき 教えてよ〟
「ッ…でも…」
〝いいから〟
彼女は強情になって中々口を割ろうとしない。
強く言い放てば少し辛そうな顔で押し黙って、ようやく喋りだした。
「…お話がしたくなったの」
少しだけ頬を赤く染まらせ、躊躇しながら話す沙子に私は驚きを隠せないでいた。
優しくて明るく接する彼女が。恥じらいながらも私を見つめる瞳に思わず私は頬を緩ませてしまった。
「こんな時間に来るのは…悪いかもしれないけど…」
〝悪くないよ〟
「…なんだか眠れなくて」
〝そっか あのね〟
私も眠れなかったんだ。
―――眠りに着くまでこうしていたい。
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