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婚約破棄された公爵令嬢は、もう王妃にはなりません ~隣国の王太子と始める、私の国づくり~  作者: カルラ


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第三章 悪役令嬢の正体

夜会から一夜明けても、私の頭の中には、この三年間の記憶が次々と蘇っていた。

リリア・ベルモンド嬢が王宮に現れたのは、今から二年ほど前のことだ。

最初は、社交界の片隅にひっそりと佇む、控えめな令嬢という印象だった。

けれど彼女は驚くほどの速さで、エドワード様の側近くへと近づいていった。

夜会のたびに彼のそばに姿を見せ、彼が発する言葉のすべてに肯定を返す。

その様子を、私は当初から不審に思っていた。


貴族社会において、男爵家の令嬢が王太子に急速に近づくことは、決して珍しくはない。

けれど彼女の場合、あまりにも歩みが速すぎた。

まるで誰かに導かれているかのように、必要な場所へ、必要な時に現れる。

その違和感を確かめるため、私は密かに彼女の身辺を調べ始めた。

信頼できる者を通じて、彼女の交友関係や、日々の行動を記録させた。


調べを進めるうちに、いくつかの気になる事実が浮かび上がってきた。

リリア嬢の実家であるベルモンド男爵家は、数年前から深刻な財政難に苦しんでいた。

その借財の一部が、ある時期を境に、不自然な形で立て替えられている。

差出人は明らかにされていなかったが、金の流れを辿ると、宰相派に近い貴族へと行き着いた。

これが偶然でないことは、私にとってほとんど確信に近いものだった。


しかし、確信だけでは何も動かせない。

王太子妃候補である私が、証拠もなく男爵令嬢を告発すれば、それこそ嫉妬による中傷だと見なされるだろう。

だから私は、証拠が揃うまで、慎重に距離を保つことにした。

必要以上に彼女に近づかず、かといって完全に無視もしない。

その微妙な距離感が、周囲の目にはどう映っていたのだろうか。


社交の場で、私は何度かリリア嬢の振る舞いを指摘したことがある。

礼儀作法の誤り、発言の軽率さ、あるいは場にそぐわない態度。

本来であれば、それは先輩令嬢として当然の助言のつもりだった。

けれど彼女はそのたびに涙を浮かべ、傷ついた表情を見せた。

その姿を見た周囲の貴族たちは、次第に別の解釈を持つようになっていった。

「エレオノーラ様は、リリア様に嫉妬しているのではないか」と。


噂は、驚くほどの速さで社交界に広まった。

未来の王妃が、身分の低い令嬢を虐げている。

そんな筋書きは、いかにも人々の関心を引きやすいものだったのだろう。

誰も、私が調べていた財政の不正について、深く考えようとはしなかった。

数字の裏に隠された不正よりも、涙を流す令嬢の姿の方が、遥かに分かりやすい物語だったからだ。


私はその噂を、あえて否定しなかった。

弁明すればするほど、かえって「悪役令嬢」という印象を強めてしまうことは分かっていた。

それに、下手に動けば、リリア嬢を操っている者たちに、こちらの動きを悟られる危険もある。

だから私は、沈黙を選んだ。 悪評を一身に受けながら、水面下での調査だけを、静かに続けていった。


その調査の中で、ある夜、思いがけない記録が私の手元に届いた。

リリア嬢に仕えていた侍女の一人が、彼女の実家の窮状を見かねて、密かに私の情報網に接触してきたのだ。

その侍女によれば、リリア嬢は王宮に上がる前、ある人物から繰り返しこう囁かれていたという。


「王太子殿下に愛されれば、あなたの家は救われる」


その言葉を聞いたとき、私の中で何かが静かに音を立てた。

リリア嬢は、単に野心から王太子に近づいたわけではないのかもしれない。

借財に苦しむ実家を救うため、誰かに導かれるまま、この場所に立たされているだけなのかもしれない。

だとすれば、彼女もまた、この計画の駒の一つに過ぎないということになる。


侍女の証言をもとに、私はさらに調査を深めた。

リリア嬢に接触していた人物の正体までは、まだ辿り着けていない。

けれど、その資金の流れや接触の時期を照らし合わせると、王宮内の何者かが意図的に彼女を王太子へと近づけている構図が、少しずつ見えてきた。

偶然が重なっただけとは、到底思えない。

これは、周到に組み立てられた計画だ。


記録をまとめた紙束を、私は自室の机の上に広げた。

そこに並ぶ日付と金額を、蝋燭の灯りの下で何度も見返す。

リリア嬢を糾弾することは、この計画の一部を叩き潰すに過ぎない。

本当に暴くべきは、彼女の背後で糸を引いている者たちの正体だ。

そして、その正体を暴くまでは、私は「悪役令嬢」という立場を、あえて演じ続ける必要がある。


窓の外は、すでに夜更けを過ぎていた。

けれど私の思考は、少しも鈍る気配を見せない。

むしろ、点と点が繋がり始めた今こそ、慎重に、しかし着実に動くべき時だった。

記録の束を封筒にしまいながら、私は静かに一つの結論に辿り着いていた。

彼女もまた、誰かに利用されているに過ぎないのだ、と。













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