表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された公爵令嬢は、もう王妃にはなりません ~隣国の王太子と始める、私の国づくり~  作者: カルラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/20

第十七章 二度目の婚約

王国の復興作業が、少しずつ軌道に乗り始めた頃だった。

アルベルト様から、折り入って話したいことがあるという書状が届いた。

指定された場所は、王都近郊にある、静かな庭園だった。

政務の場でも、商談の席でもない、その選び方に、私は少しだけ緊張を覚えた。

庭園には、季節の花々が静かに咲き誇っていた。

復興のただ中にあるこの国で、こうした静けさを保てる場所は、思いのほか少なくなっていた。

だからこそ、彼がこの場所を選んだ意図が、なんとなく伝わってくる気がした。

到着すると、アルベルト様はすでに、噴水のそばで待っていた。

いつもの交渉の場とは違う、どこか落ち着かない様子が、遠目にも伝わってくる。

あれほど泰然としていた人が、珍しく、指先を軽く握ったり開いたりしている。

私が近づくと、彼は深く息を吸い込み、まっすぐに私を見つめた。

 

「今日は、公務としてではなく、私個人として、君に話がある」

 

その前置きに、私は自然と背筋を伸ばした。

 

「君に、私の妻になってほしい」

 

予想はしていたはずなのに、実際にその言葉を聞くと、胸の奥が大きく波打った。

けれどアルベルト様は、そこで言葉を止めなかった。

 

「ただし――」

「これは、隣国の王太子妃になってほしい、という意味ではない」

 

その言い回しに、私は思わず彼の顔を見つめ返した。

 

「もし、君が王太子妃という立場になることで、何かを失うのであれば、私はそれを望まない」

「君が築き上げてきたものを、犠牲にしてまで、私の隣に立ってほしいとは思わない」

 

その言葉には、これまでの彼らしい、誠実さが滲んでいた。

政治的な立場を優先するのではなく、私という一人の人間の意志を、何よりも尊重しようとしている。

こういう人だからこそ、私は彼を、これほどまでに信頼するようになったのだろう。

初めて公爵領を訪れたあの日、彼は財務資料の数字だけを見て、私を評価してくれた。

軍事同盟を提案したあの日、彼は私の答えに、誠実さを見出してくれた。

そして今、政治的な立場よりも、私自身の意志を優先しようとしている。

一貫して変わらないその姿勢が、私にとって、何よりも得難いものだった。

けれど、その誠実さゆえに、私の心には、新たな迷いが生まれていた。

王太子妃という立場を退けてまで、私を望んでくれること自体は、素直に嬉しかった。

けれど、彼の妻になるということは、結局のところ、また誰かの隣に立つ人生を選ぶことに、変わりはない。

 

「少し、考えさせていただけますか」

 

私がそう答えると、アルベルト様は静かに頷いた。

 

「もちろんだ」

「急かすつもりは、最初からない」

 

翌日、父に昨夜のことを伝えると、しばらく黙り込んだ後、静かに問いかけてきた。

 

「お前は、どうしたい」

 

その問いに、私はすぐには答えられなかった。

 

「まだ、分かりません」

「ただ、断りたいわけでもないのです」

 

父は小さく頷き、それ以上は何も言わなかった。

 

「急いで決めることはない」

「お前がこれまで、自分の頭で考えて選んできたように、今度も、自分の答えを出せばいい」

 

その言葉に、私は少しだけ、肩の力が抜けるのを感じた。

その夜、私は与えられた客間で、一人、窓の外を見つめていた。

三年前、私は「誰かに決められた人生」から抜け出すために、あらゆる準備を重ねてきた。

婚約破棄という結末を、自らの意志で選び取り、公爵領での日々を、自分の手で築き上げてきた。

それなのに、今また、誰かの妻になるという選択をすれば、その全てが、振り出しに戻ってしまうのではないか。

そんな不安が、静かに胸の中に広がっていった。

アルベルト様は、私の意志を何より尊重すると言ってくれた。

頭では、それを信じている。

けれど、心のどこかに、まだ拭いきれない怯えのようなものが、残っていた。

「また誰かのために生きる人生になるのでは」

その問いが、繰り返し、頭の中で響いていた。

翌朝、リリア嬢に昨夜の出来事を、思わず打ち明けてしまった。

 

「アルベルト様に、求婚されました」

 

その一言に、リリア嬢は目を丸くし、それからすぐに、嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「おめでとうございます、エレオノーラ様」

「それで、お返事は」

 

私は少し言葉に詰まりながら、正直な胸の内を語った。

 

「まだ、迷っています」

「せっかく手に入れた、自分だけの人生を、また誰かのために差し出すことになるのではないかと」

 

リリア嬢は、しばらく黙って私の話を聞いていたが、やがて静かに口を開いた。

 

「差し出すのと、分かち合うのとは、違うのではないでしょうか」

 

その一言に、私は思わず彼女の顔を見つめた。

 

「アルベルト様は、エレオノーラ様に、何かを諦めさせようとはしていない方だと思います」

 

リリア嬢の言葉には、経験に裏打ちされた、静かな説得力があった。

かつて、望まぬ形で誰かの人生に組み込まれた彼女だからこそ、その違いを、誰よりも理解しているのかもしれない。

窓の外には、静かな夜空が広がっていた。

答えは、まだ出せそうになかった。

分かち合う、という言葉を、私は何度も、心の中で繰り返した。

これまでの私は、誰かのために生きることと、自分のために生きることを、対立するものとして捉えていたのかもしれない。

けれど、もしその二つが、両立し得るのだとしたら。

けれど、この迷いそのものが、私にとって、大切な意味を持つように思えた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ