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婚約破棄された公爵令嬢は、もう王妃にはなりません ~隣国の王太子と始める、私の国づくり~  作者: カルラ


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第十六章 王国の再建

戦争は、思っていたよりも早く終結を迎えた。

敵国は、後ろ盾としていた宰相派の失脚を知るや、これ以上の侵攻に利がないと判断したのだろう。

国境付近での小競り合いを最後に、正式な停戦の交渉が始まった。

交渉には、ヴァレンティア帝国からも仲介役が加わり、思いのほか円滑に条件がまとまった。

私はしばらく王都に留まり、復興計画の骨子作りに携わることになった。

公爵領で培ってきた経験は、思っていた以上に、荒廃した国の立て直しに役立った。

港湾の再整備、農地の区画整理、そして流通網の再構築。

どれも、かつて私が公爵領で一から取り組んできたことばかりだった。

交渉には、ヴァレンティア帝国からも仲介役が加わり、思いのほか円滑に条件がまとまった。

停戦条約の締結後、王国全土で、復興に向けた動きが一斉に始まった。

荒れた農地の再建、破壊された橋や道の修復、そして何より、疲弊しきった民の暮らしを立て直すこと。

課題は山積していたが、幸いなことに、この復興を主導する体制には、これまでにない顔ぶれが揃っていた。

公爵領の実務経験を買われた父が、財政再建の中心を担うことになった。

そして、私自身も、復興計画の助言役として、正式に迎えられることになる。

さらに、ヴァレンティア帝国からも、アルベルト様を通じて、技術者や物資の支援が申し出られた。

リリア嬢もまた、復興の現場で、静かに力を発揮していた。

孤児となった子どもたちの保護施設の運営に、自ら志願して携わっていたのだ。

 

「誰かの役に立てることが、こんなに嬉しいとは、知りませんでした」

 

以前訪ねてきたときとは見違えるほど、生き生きとした表情で、彼女はそう語っていた。

三者が机を囲んで話し合う光景は、これまでの敵対関係を思えば、不思議な巡り合わせだった。

けれど、誰もそれを不自然だとは感じていないようだった。

目の前にある課題の大きさが、過去の遺恨よりも、はるかに優先されるべきものだったからだ。

復興会議のある日、王宮の重臣の一人が、私にこう切り出した。

 

「エレオノーラ様には、いずれ王妃として、この国にお戻りいただくのが、最も自然な形かと存じます」

 

その言葉に、会議室の空気が、一瞬静まり返った。

エドワード様は既に王太子の地位を退いており、新たな王太子の選定も、これからの課題として残されている。

その中で、私を再び王家に迎え入れようという声が上がるのは、ある意味で自然な流れだったのかもしれない。

けれど、私の答えは、迷うまでもなく決まっていた。

 

「お心遣いには感謝いたします」

「ですが、私が王妃として国を治めるという道は、もう考えておりません」

 

重臣は、少し意外そうな顔をした。

 

「それは、何故でしょうか」

 

私は、静かに、けれどはっきりと答えた。

 

「王妃になることは、私が本当に望んでいたことでは、一度もありませんでした」

「私が望むのは、公爵領の経営と、国際貿易を通じて、人々の暮らしを支えることです」

「その役割は、王妃という肩書がなくとも、十分に果たせるはずです」

 

その言葉に、重臣は何かを言いかけたが、隣で聞いていた父が、静かに口を挟んだ。

 

「娘の意志は、固い」

「私も、その道を支持している」

 

父の後押しもあり、この話は、それ以上追及されることはなかった。

エドワード様も、この日の会議に同席していた。

私の返答を、彼はどこか複雑な表情で聞いていた。

 

「君らしい答えだ」

 

会議の後、エドワード様がそう声をかけてきた。

 

「そうでしょうか」

「私は、自分の望むものを選んだだけです」

 

私がそう答えると、エドワード様は小さく笑った。

 

「その迷いのなさが、昔から羨ましかった」

 

会議が終わった後、アルベルト様が、私のもとへ歩み寄ってきた。

 

「先ほどの話、聞いていた」

 

私は少し身構えながら、頷いた。

 

「では、これからも隣国の王太子として、君と仕事をすることになるな」

 

その言葉に、私は少し考えてから、思い切って口にした。

 

「仕事だけ、でしょうか?」

 

自分でも、驚くほど大胆な問いだった。

言った瞬間、頬が熱くなるのを感じた。

心臓が、いつになく大きな音を立てているのが分かった。

これまで数えきれないほどの交渉や議論を重ねてきたけれど、これほど自分の言葉に緊張したことは、なかったように思う。

アルベルト様は、一瞬、目を見開いた。

これまで、どんな交渉の場でも動じることのなかった彼が、明らかに虚を突かれた顔をしていた。

 

「……それは」

「私からその言葉を、引き出すつもりだったのか」

 

私は小さく首を振った。

 

「いいえ」

「ただ、今の自分の気持ちに、正直になっただけです」

 

その答えに、アルベルト様は、しばらく沈黙していた。

やがて、これまで見たことのない、柔らかな笑みを浮かべた。

 

「なるほど」

「なら、私も正直に言おう」

 

彼は一歩、私に近づいた。

 

「初めて会った日から、私は君に興味を持っていた」

「有能な貴族として、対等な相手として、そして今は――」

 

言葉を止めたアルベルト様の視線が、まっすぐに私を捉えていた。

 

「一人の女性として、君に惹かれている」

 

その一言に、私は言葉を失った。

これまで、政治的な評価や、実務上の信頼は、幾度となく受け取ってきた。

けれど、これほどまっすぐに、個人としての想いを向けられたのは、初めてのことだった。

私はしばらく、何と答えるべきか迷った末、ようやく口を開いた。

 

「……嬉しく、思います」

「ですが、すぐに答えを出すことは、まだできません」

 

アルベルト様は、それでも穏やかな表情を崩さなかった。

 

「構わない」

「君が急かされて出す答えなど、私は望んでいない」

 

その言葉に、私は静かに頷いた。

焦らず、けれど確かに、この関係を育てていく。

そんな未来が、少しずつ、現実味を帯び始めていた。

これから先も、彼と私は、政治と経済という共通の土台の上で、これまで通り渡り合っていくことになるのだろう。

けれどそこに、もう一つ、別の感情が重なり始めている。

その事実を、私はもう、否定するつもりはなかった。

窓の外では、復興に向けて動き出した王都の街並みが、夕日に照らされていた。

壊れたものを立て直す作業は、まだ始まったばかりだ。

けれど、その先に広がる景色は、これまでとは違う、確かな希望を感じさせるものだった。



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