兎ウサギなに見て跳ねる
【前回のあらすじ】
旗艦『ソル・ラディアンテ』の改修完了も間近に迫った今…私達は残された日常を存分に堪能していました。
各々が、自分にとって何が大切なのかに気づき、それを守るために戦う決意を新たにしています。
頼みの綱の、シドさん考案の新兵器とやらも、理論上は十二分な威力を発揮。前回は旗艦を一撃のもとに葬り去った月側の怪光線にも、これなら対処できそうです。
また、個人的に気掛かりだった、私やシドさん、ラリスくん…三人それぞれの想いにも、嘘偽りがないことが判って…これでもう、何も思い残すことは無くなりました!
そして、晴れて『ソル・ラディアンテ』改め『ソル・クレスタ』の竣工ならびに発艦式を迎えた当日。
地球はおろか、全宇宙の期待を一身に担った私達は、世界中の人々の祝福を受け…
今、月へと飛び立ちます!
◇
とか何とか勇ましいコト言っときながら…私やマコさん、ミユちゃんら女性陣は現状とりあえず地上待機。
即戦力になりそうなフレイアさんだけ、皇帝三兄弟&ラリスくんと一緒に『ソル・クレスタ』に乗り込みました。
まず彼らが先陣切って月面攻撃を敢行し、ある程度落ち着いたところで私達がこの場から転送されて乗艦する予定です。
なので、今は会場に詰めかけた大勢の観客とともに、ステージ上に設置された巨大スクリーンで艦隊の行方を見守っているところですが…
「美沙兎お姉様〜!」
「麻胡姫〜、笑って〜♩」
「御幸ちゃーんっ☆」
無限に広がる大宇宙…なんぞには微塵もキョーミない大半の女性客は、最初から私たち皇帝妃一族が目的だったらしく、スマホ片手に記念撮影をせがんできます。
なにしろ、あんな花嫁衣装姿を公衆の面前で晒しちゃった後ですからねぇ…。
言われてみれば、シドさんと入籍したのはもうずいぶん前のような気もするのに、いまだに式を挙げてないのもコロッと忘れてましたし…
正直、嬉しいです…けど…♩
…まぁ、シドさんだけならまだしもラリスくんまではべらせてたせいで、一部の婦女子からは白い目で見られちゃいましたけど…ぅぅっ。
悔しかったら、あなた達もどこぞの皇室にでも嫁いでみてくださいね♩
おかげで、最終決戦の緊張感なんて微塵もないですけど…まっ、気がほぐれるから良しとしましょ。
ミユちゃんなんてすっかり調子こいちゃって、ステージ狭しと走り回っては愛想を振り撒いて大喝采を浴びてます。
真面目なマコさんに至っては、なかなかスクリーンに集中できず、隣席のバカップルに映画鑑賞を邪魔されたおやぢ客みたいに、ますます不機嫌になっちゃってますし。
そのスクリーンに話を戻せば…
とっくに地球を離れた『ソル・クレスタ』は、一路、画面中央に浮かぶ月へ向かって、漆黒の大宇宙を全速力で航行中です。
どこぞの有名SF映画とは違い、実際の宇宙空間には星明かりなんてほとんど見当たらず、ただただ真っ暗闇が延々と続くだけ…
なんですが、この旗艦がまた高性能すぎて、画面上の月が恐ろしい速さでグングン近づいてきてます。
これがどんなに異常なことか…!
たとえば、どこかへドライブしたときの事を思えば…遥か遠くに見える山々は、どれだけ車をかっ飛ばそうと、ぜんぜん近づいてるようには見えないのが普通です。
地表以上に比較対象物がほとんど存在しない宇宙空間なら、とんでもなく離れた他の星との距離なんて、まったく縮まってるようには感じられないのが当然なはずです。
現に先日、月を周回してきたアルテミス計画のオリオン宇宙船ですら、往復に十日間もかかってるんですから。
それが今回はもう、月に手が届きそうなほどの距離に…!
《あーあー、皆さん聴こえてますかー?》
…と、そんな会場の緊迫感を削ぐかのようにのんびりしたこの声色は…シドさん!?
《予定ではあと数分で、僕たちはあの月の裏側へと回り込み、周回軌道上で静止しまーす》
と言ってる間にも、画面上の月は地表のクレーターがハッキリ目視できるまでに急接近して…
そこでおもむろに画面の流れが大きく変わり、地表が凄まじい速さでスイング!
Gなんて感じられないはずの、ただ画面を凝視してるだけの観衆が、どよめきとともに一斉に身体を揺らします。
気分はもう、どこぞのテーマパークの体感型アトラクションです。
そのままカメラは月面を大きく周回して…
《…あ、見えてきましたねー。
ハイ、月の裏側にご到ちゃ〜く♩》
のほほ〜んとしたシドさんのナレーションとは裏腹に、観衆のざわめきが一際大きくなります。
それはそうでしょう、地球人類がリアルタイムで月の裏側を見たことなんて、これが初めてでしょうし…
それ以上に、地表に大きく走った亀裂の内部に垣間見える、明らかに人工的な構造物の存在が、もはや完全に周知のものとなったのですから。
マスコミ関係者らしき人々が辺りを駆けずり回り、スクリーンを撮影したり、その周辺にいた軍関係者や有識者にインタビューしたりと、注目裁判の判決が出た瞬間のような大騒ぎになってきました。
《…皆さん、よーく覚えておいてください。
アレが…これから我々が戦う『敵』です。》
シドさんがそう言った途端、会場周辺は水を打ったようにシ…ンと静まり返りました。
あちこちから、ゴクリと生唾を呑み込む音が聞こえてきます。
いくら地球の敵といわれても、これまで漠然としたイメージしかなかった全人類の認識が、嫌が上にも一致した瞬間です。
「…まぢかよ…?」
「私達は今まで…こんなモノの真下で暮らしてたってゆーの…?」
「こんな相手に…どーやって戦えっていうんだ…?」
あちこちから洩れ聞こえる、絶望的な嘆きの声…。
会場の不安が最高潮に達した、まさにその時、
《ヌゥワーッハッハッ心配御無用ッ!
こんな時のための我々モーント艦隊であーるッ!!》
わざわざカメラを艦内に切り替えて、ブリッジに陣取るシャムス皇帝陛下がド派手に割り込んできました。
ただそれだけで不安の声は半減し、今度はあちこちで笑い声すら巻き起こっています。
星や人種の壁を超えた、巧みな人心掌握術…さすがですね♩
しかも、最高権力者自らが最前線に赴いてまで力説しているのですから…戦場から遠く離れた安全な司令部でイキってる他の指導者とは、説得力が段違いです。
しかしすぐさま、
《ッ!? 敵星に高密度なエネルギーの流れを確認ッ!》
《特定地帯に熱源確認…前回同様な武装が稼働中の模様!》
オペレーター達からの報告が乱れ飛ぶと、ブリッジは一気に緊迫ムードに。
《ムッ、来たか…画面を戻せ!》
皇帝サマの指示通り、スクリーンには再び荒涼とした月面の風景が映し出され…その一点に、以前も見たような眩い光点が確認できます。
《…思ったとおりだ。アレが向こうの主力兵器みたいだね。各種観測値も前回と一致…イケるぞ!》
シドさんの声が横から割って入ります。どうやら彼が考案した"新兵器"とやらで、充分対抗できそうな雰囲気です。
《うむ。こちらもエネルギー充填、急げッ!》
《既に実行中…あと十秒で発射可能です!》
戦闘指揮を執るシリウス師団長の声に、オペレーターが即座に応答。
いいですねいいですね、これぞSF艦隊戦の醍醐味ですよ!
オラァだんだんワクワクしてきたぞッ♩
《敵側のエネルギー収束を確認。予想射出時間は…こちらと同時刻ッ!》
《焦らなくていいよ、着弾まではわずかに余裕があるからね。敵弾を目視してから、こちらの攻撃をピッタリ合わせて!》
《了解ッ!》
シドさんの指示に従い、スクリーン上に表示された照準がスムーズに移動し、月面の光点にキッチリ重ね合わされました。
《敵弾エネルギー充填、推測臨界点突破…三…二…一…来ますッ!》
こちらの予想通りに月面から放たれたビームが、『ソル・クレスタ』めがけて一直線に飛んできました!
《よしっ…反撃だッ!》
《ダンピング砲、発射ッ!!》
師団長の号令一下、こちらの切り札のビーム兵器が、敵ビームめがけて射出されました!
ってアレ? 先日のシミュレーターで見たときには無色透明だったのに、いま見ているビームは…"黒い"?
《透明じゃーさすがに確認しづらいからね、色が付いて見えるように改良したんだよ♩》
こちらの疑問を察知してか、シドさんの解説が入ります。
単に黒いというよりは、赤黒く鈍く光ってて、漆黒の宇宙空間でも容易に視認できるようにはなっているみたいですけど…この色って、どう考えても悪役側カラーなんじゃ?
ともかく、その真っ黒クロスケビームが、月側の怪光線とまともに正面衝突した途端…
『…をを〜っ!?』
スクリーンを見守る観客から、歓声ともどよめきともつかない大声が上がりました。
「真っ黒ビームが…」
「きらめきらビームを…喰ってる!?」
まさにそうとしか表現しようのない現象が目の前で繰り広げられ、真っ黒ビームは月側のビームを飲み込みながら、どんどん月面へと迫っていきます!
《ぃよぉーしっ、イケるぞっ!》
《見たか、ダンピング砲の威力をっ!》
『ソル・クレスタ』ブリッジからも、誰のものともつかない声が届き、乗組員たちが勝利の喜びに湧いています。
なるほど、『ダンピング』とはよく言ったものです。
本来は"吸収不良""消化不良"という意味合いで、その結果、そのまま体内に流れ込んだ食物が体内で引き起こされる様々な不調を指す医学用語ですが…
経済学の世界では、採算性を度外視した不当に安い商品が市場を席巻する状態を指し…
どちらにせよ良い意味じゃないってゆーか…やっぱりこっちが悪役じゃないですか?
◇
《ヌハハッ、戦争に良いも悪いもないわっ!》
こーゆー時の皇帝サマって、ホントに活き活きしてらっしゃいますねー。
「ステキ…♩」
はいはいマコさんも流されないっ!
《とは言いつつ、こちらのエネルギーを何でも吸収・増大する敵ビームには、本来なら無効な攻撃ではあるんだけどね》
頃合いをみてとったシドさんが、ここぞとばかりにタネ明かしを始めます。
《こっちのビームの正体は、本艦のリアクターで副次的かつ極微量に精製される、マイナス因子を持った素粒子…いわゆる『反物質』を凝縮したものなんだ》
あ、それで…一旦、敵のビームに食らいついた反物質は、そのエネルギーを食い散らかしながら逆流し、やがてその発生源に至るまで止まらない…!
《…着弾!! 月面兵装、完全に沈黙!》
ブリッジオペレーターからの報告に、ブリッジとスクリーン前の観客が大いに湧き立ちます。
そしてスクリーンには、大穴を開けて燃え上がる月面要塞の模様が。
ダンピング砲…想像するだに末恐ろしい兵器です。
…あれ? でも、ごく微力に精製される反物質を凝縮ってことは…
《最大の難点は、次弾装填までにかなりの時間を要することなんだけどねーアハハッ♩》
ホラやっぱり! 笑い事じゃないですよっ!
《…!? 再び、敵のエネルギー収束活動を確認! 予想反撃箇所…多数ッ!!》
ほれみたことですかっ!? 一体全体どーすんのよシドちゃあ〜ん!?
…などと西田敏行さんのように泣き付きたい私の様子を見てとったわけではないでしょうが、
《クックク…どーせそう来るだろうと見越して、準備は万端だわい!》
皇帝サマの大威張りボイスに合わせてカメラが切り替わると…連合艦隊の各砲台にも、先程と同じ赤黒い光点が…!
ダンピング砲を装備したのは『ソル・クレスタ』だけではなかったようです。
《各艦、準備はよろしいかな?
一斉掃射…撃てぇいッ!!》
師団長の号令で、各艦一斉にダンピングビームを発射!
着弾した月面の至る所で大爆発が巻き起こり…私達は壮観なその様子を、ただ呆然と見守り続けるしかありません。
やがて…
《…敵要塞、完全沈黙ッ!》
《ウムッ、次の段階に移るぞ!》
《突撃部隊、準備はいいか!?》
オペレーターの確認が取れるや、皇帝サマ、師団長へと、さながら戦争映画のように流れるように指示が移ります。
そこでカメラが切り替わり…
《応ッ、いつでも出られるぜっ!》
《あたいも同じくっ!》
艦底に待機中の突撃艇の中から、戦闘服に身を包んだラリスくんとフレイアさんが意気揚々と応えます。
艇内には同様に戦闘服姿の猛者とアマゾネスが何十人も、その時を今か今かと待ち構えてて…物々しい緊張感です。
そんな中でも余裕で笑っていられるのだから、二人がくぐってきた闘いの場数は相当なものなのでしょう。
《ほいじゃま、眼鏡、ポチ子に…美沙兎。
…待ってるぜ♩》
《発艦準備!》
ラリスくんの頼もしくも優しい笑顔を最後に、カメラは鋭角型の突撃艇を映した外部映像へと切り替わり…
艦底ハッチが開くや否や、ミサイルのように次々発進していきます!
「ラリスくん…フレイアちゃん…」
ミユちゃんが不安げに彼らを見送ったところで、
《じゃあそろそろこっちに転送するよ。
みんな、準備はいいかい?》
感傷にひたる余裕もなく、幾分険しさを増した顔のシドさんが私達に呼びかけます。
『…ッ!』
顔を合わせて頷き合った私達三人は、事前の打ち合わせ通りステージ中央に躍り出ます。
「ミサおねぇさまァ〜ッ!」
「マコ姫ェーッ!」
「ミユキちゃあ〜んっ!」
『ガンバッてぇーーーーッ!!』
会場の大声援に見送られ、手を振り返す私達の全身を、球状のビームがすっぽり包み込みます。
矢継ぎ早に、身体が強く引っ張られる、エレベーターにも似た感覚が…。
周囲の景色が水飴のようにグニョーンと細長く伸びて…
…一瞬の後には、私達は見覚えのないハイテク空間に立っていました。
「…着きましたね。ここが『ソル・クレスタ』のブリッジです」
そういえばマコさんだけは、一度ココに来たことがあるんでしたっけ。
戦艦のブリッジっていうからには、もっと殺伐としたものを想像してたんですけど…
一見して、どこぞの船旅紹介番組で出てくるような、豪華客船のきらびやかな大ホールそのものなイメージです。
何層にも分かれた、あたかもショッピングモールの大通路のようなそこを、近代のイギリス貴族みたいな軍服を着用した数多の乗組員が慌ただしく行き来していて…
もう、SFというよりは、お金持ちばかりが通うミッションスクールを舞台にしたジュブナイル小説の世界に彷徨い込んだかのような錯覚が…
「改修前は普通にスター◯ォーズみたいなSFチックな内装だったようですけど…
地球のテレビ番組で例の豪華客船内の様子を観て気が変わった陛下の鶴の一言で、方向性がまるっきり変わってしまったそうで…」
皇帝サマのワガママぶりに、マコさんも頭を抱えて溜息をつきます。
なんてゆーか…ジャ◯ネットた◯た恐るべし!
「やあやあ、いらっしゃいお嬢さん達♩」
「フハハハどうかね我が艦は!? 気に入っただろうそーだろうともッ!」
「なにしろ我が皇国の年間予算の三割を改修費用に注ぎ込んだからな…」
私達の到着を出迎えにきた皇室三馬鹿ブラザーズのやり取りを聞いただけで、さらに頭痛がしてきます。
でもま、それだけお金を掛けた甲斐あって、ちゃんと成果が表れているようですから、これはこれで…。
「ところで…ラリスくん達はどうなりました?」
何よりもまずソレを知りたかった私の催促に、シドさんはやれやれと苦笑して、
「そろそろ月面に到達する頃かな?」
と、ブリッジ前方にある巨大モニターの映像を切り替えました。
すぐさま、あちこちで爆炎が上がる月面要塞めがけて突進していく、無数の突撃艇の後ろ姿がスクリーンいっぱいに展開されて…
本艦のすぐ真下で、今まさにリアルタイムで決行されている出来事なだけに、その臨場感たるやハンパありません。
程なく…先頭を行く機体が要塞の外壁に文字通り突撃…というか激突すると、残りの艇も先を争うようにドカドカズブズブ月面にめり込んでいきます!
艇の形状が鋭利な刃物のようになっているのは、まさにこのためなのです。
やがてカメラが切り替わると、突撃艇前面のハッチがパカッと開いて…搭乗していた兵士達がワラワラ湧いて出できました。
《よぉーしテメェら、遅れんなよっ!?》
先陣を切る兵士の発破に、他の兵士達も身振り手振りで勇ましく応えます。
一際小柄な割には元気一杯な先頭の子は…ラリスくんで間違いなさそうですね?
ということは…そのそばに付き添っている、他の兵士よりも細身なシルエットの子は…やっぱりフレイアさんでしょうか?
《…ん? ちょっと待て…》
その細身な兵士が、何かに気づいたように自分の首に手を掛けると…あろうことか、留め具を外すなり、思い切ってヘルメットを脱ぎ捨ててしまいました!?
彼らの身体は地球人よりも頑丈なので、真空中でも充分耐え抜くことができるようですけど…いくらなんでも、なんて無謀な…!
《…やっぱりだ、ちゃんと空気がある。息が出来るぜ!》
《マジか!?…をっ、マジだぜこりゃ!》
愛らしい笑顔を見せるフレイアさんに促されてメットを脱いだラリスくんが、ホッとしたように笑い返すと、他の兵士も我も我もと素顔を見せ始めました。
まぁ華奢な地球人とは違って、大概の宇宙人は真空状態でもしばらくは持ちこたえられるようですけど。
しかし安堵したのもつかの間、
《ッ!? 来たぞ、大群だッ!!》
誰かが叫ぶなり、何処からともなくワラワラ湧いて出た敵兵士の群れが、津波のように襲いかかってきました!
兵士、というよりは…蟲のようにワサワサ蠢く複数の脚を生やした、明らかに人型を逸した形状の、無機質なメカメカしい風貌です。
《ぅわキッショ!? 月まで来て害虫退治かよ!?》
《おおかた無人ドローンだろ? 気兼ねなく張っ倒せるから、なおさらありがたいけど…なっ!!》
ドゴンッ! 勢いよく振り回したラリスくんの銃底が敵蟲メカの土手っ腹にめり込むと、相手はバタバタ暴れながらひっくり返って…そのまま動かなくなりました。
《ヘヘッ、ザマぁみろ!! 思ったより柔らけーぞコイツら!》
《どれどれ?》
ゴガンッ!
《ホントだ、素手でもイケるぜ♩》
試しに目の前の敵に鉄拳をブチ込んだフレイアさんが、動きを止めた蟲メカを蹴飛ばしながら余裕の笑みを浮かべます。
…ってイヤイヤ、フツーそうはならんでしょ?
けれどそれを見た他の隊員さん達も、我も我もと周囲の鉄蟲を蹴散らし、あっという間に道を切り拓いていきます。さすがは選りすぐりの突入部隊ですね♩
一方、敵は自軍の要塞内ということもあってか、飛び道具は一切用いず、力任せに押し寄せてくるだけ。
物量的にはこちらを圧倒するものの、これでは全滅も時間の問題でしょう。
「ぅぅ…ラリスくんもフレイアちゃんも…ズルい…っ!」
その様子をモニター越しに観ていたミユちゃんが、もう辛抱しきれない様子でヨダレを垂らしつつ映像に見入っています。
阿吽の呼吸な二人の様子に気が気じゃないってゆーのもあるでしょうけど…それ以上に、腐っても狩猟種族なケンネル人の血が騒ぐのでしょうか?
「ん〜、そろそろいいかな? じゃ、行っといで♩」
その様子を見たシドさんがゴーサインを出した瞬間、ミユちゃんの身体をまたあの光球がスッポリ覆って…
《…ラリスくぅ〜ん、あたしも混ーぜてっ♩》
《ポチ子!? チッしゃーねぇな…自分のケツは自分で拭けよ!?》
止める間もなく送り込まれた戦場にて、彼らと一緒に敵蟲をタコ殴りにし始めました。
戦闘服の集団に混ざって、カワイイ私服の美幼女が敵と戯れる様は、まさにどこぞのアクションRPGみたいな異様な光景です。
「って、ちょっ!?」
「あー構わん構わん。我らもこれからすぐ合流するしな」
慌てて抗議しようとした私達を押しのけて、シリウス師団長たち皇帝三兄弟も輪っか状に並び立ちます。
え、せっかくの豪華客船内を見学もしないうちに…イキナリ戦闘!?
でででもあのっ、私もマコさんも、能力的には地球人と大差ないんですけどぉ〜!?
「いや、たぶん大丈夫ではないか?
あちらへ行けばじきに判るがな♩」
そんな不安しかないコメントとともに、皇帝サマが片手を振り上げて合図を送れば…
私達の身体も光球にスッポリ覆われて、何処かへ引っ張られていくような感覚が…!?
◇
一旦暗転した周囲の景色が、再び薄明るくなると…
私達が立っていたのは、敵の群勢の真っ只中!?
『あひぃーっ!?』
すぐさま突進してきた蟲メカの群れに、私とマコさん姉妹は抱き合って立ち尽くします!
…が。
敵の眼らしき赤色光学センサーが私達の姿を見定めるなり…困惑したように手足を引っ込めて、スゴスゴ後ずさりしていきますよ?
ガゴゴンッ!
「やっぱり思った通りだね」
「ウム、連中はそなた達『ルナリアン』には手出しできぬよう設定されているようだな」
後退する蟲達を一撃で葬り去ったシドさんと皇帝サマが、愉快そうに微笑みながら私達を保護します。
考えてもみれば、私達は本来は月側の人間ですから、当然といえば当然かもしれませんけど…
「…いずれ私達が月へと還ってくることを、相手は見越していた…ということでしょうか?」
「…だろうね。地球はあくまでも、そのための修練の場であり…キミ達の『資本力』を蓄えるためのCMの場でもあったんだ」
…資本力? また突拍子もないことを言い出しましたね、シドさんは?
「覚えてるかい? 今は無き『真世界統合協会』が、当面使いきれないほどの莫大な富を何処かに送金していたことを…」
あ〜えぇ、つい最近のことですから。
宇宙人追放を訴えて急成長した新興宗教団体『真世界統合協会』。
そのバックについていたのは、皮肉にも…そして間違いなく、この月側の者達でした。
けれども私は、その構図に素朴な疑問を抱いたのです。
つい先日、宇宙連盟入りしたばかりの地球の、他の所属惑星との経済格差は如何ともし難く、天と地ほどの開きがあります。
なので蓄財が目的なら、地球なんかよりも他星で行ったほうが、よほど効率的に短期間で、同程度以上の富が稼げるはず…。
なのに何故、ほとんど紙切れにも等しい経済価値しかない地球で、そのような真似を…?
「それが、もはやそうでもなくなったのだ」
「うむ。お前達『ルナリアン』の存在が明るみに出たことや、我らモーント皇国と同盟を結んだことで、地球への注目度が大幅に跳ね上がってな。
このわずかな期間で、以前の数十倍の貨幣価値を記録しておる」
え゛…? 師団長と皇帝サマの説明に、私は目を丸くしました。
地球でも、日々のニュースで株価が大幅に変動しているのを耳にすることはよくありますが、それでもせいぜい以前の三割程度が関の山です。
それが倍額以上もの値動きをみせるだなんて…やっぱり宇宙はスケールが桁違いですね!
「あぁ、僕の予想通りだ。このままいけば、いずれ地球通貨はモーント通貨の価値をも上回って、宇宙一の高額貨幣になる。
挙句、全宇宙の経済は、地球と…そこから多額の資金が流入している『月』を中心に回ることになるんだ…!」
あ…以前、私の質問にシドさんが答えをはぐらかした理由が、ようやく解りました。
あの時はあくまでも仮説に過ぎなかった、荒唐無稽なお話が…
「連中は人種的にも、経済的にも、全宇宙の頂点に君臨するつもりなんだ。
そうすれば、自動的に…彼らは『宇宙の支配者』になる…!」
『月』こそがこの世の王座に君臨する瞬間が、いよいよ現実味をおびてきたのです…!
「もっとも、みすみす奴等の思い通りにさせてやる気など、毛頭ないがな!」
相変わらず強気な皇帝サマですが、こうした時ほどそのふてぶてしさが頼もしいことはありません。
「そうと決まれば、そろそろ先行隊の後を追うとするか。ずいぶん遅れをとってしまったようだしな」
床に転がる敵蟲メカの残骸を爪先で蹴飛ばしつつ、師団長が不敵な笑みをこぼします。
言われてみれば、ラリスくん達はどこまで進んだのか…静まり返った通路の先からは、物音ひとつ聞こえません。
『……。』
互いに頷き合った私達は、とにかく彼らとの合流を目指すことにして歩を進めました。
蟲の残骸をたどっていけば、いずれ追いつくはずなので迷うことはありませんが。
時々、群れからはぐれて取り残された蟲が不意に飛び出てくることはありますが、単体ならそれほどの脅威ではなく、手足が華奢な造りのため私でも簡単に退治できるほどです♩
はい、ガッツ〜ン☆
「…だからってそんなにすんなり対応なんて出来ませんよフツー…」
踵落としを喰らわせて沈黙した敵蟲をグリグリ踏みにじる私を、マコさんが呆れたように愚痴ります。
こちらを襲ってこないと判ってる敵なんて、道端の小石を蹴飛ばすのと大差ないと思うんですけど?
「それにしても…いったいどこまで続いておるのだ、この要塞は?」
「さぁ? 元々、まるまる宇宙船だったところだからねぇ…」
「地球の四分の一の大きさというから、そう広くもあるまい?」
早くも痺れを切らし始めたワガママ陛下を、シドさんと師団長がからかい半分になだめますが…
いやいやイヤ、それでも充分広すぎますって。地球や月がどんくらいの大きさか、解ってるんですか?
猿◯石じゃあるまいし、徒歩で縦断なんて出来っこありませんよ。せめて飛行機くらい乗せてもらわないと…
「あ…追いついたみたいですよ?」
最初に気づいたマコさんが指差す方に顔を向ければ…あ、確かに。
姿カタチは見えませんが、何かを叩きのめすような金属質な音が通路奥から響いてきます。
さらに駆け寄ってみれば…
「…!? お姉さまっ☆」
今まさに敵蟲をボコりまくってたミユちゃんが、私を見つけるなりピョコンッと飛びついてきました。ラブリー♩
「おう、遅かったな」
「敵はこれで全部だ…ぜっ!」
最後の一匹にガゴンッ!とトドメを刺しつつ、ラリスくんとフレイアさんも私達に笑顔を向けます。
「んで、どーやらココが…」
「連中の最後の砦という訳か?」
ラリスくんと皇帝サマが顎で指し示す先には…いかにもラスボスが待ち構えていそうな、これまでになく重厚なハッチが立ちはだかっています。
「でも、なんでか全然開かねーんだよな。さっきからずっと試してんだけどよ?」
確かに…ラリスくんが扉の前に立っても、ウンともスンとも応えません。
「…だろうね。その扉を開けるには…"鍵"が必要みたいだから」
そう答えつつ、シドさんが私とマコさんの肩を軽く押し出したことで…私達はようやく理解しました。
こんな危険な場所に、私達が同行を許された理由と、その役割を。
『……。』
互いに頷き合った私とマコさんは、巨大な扉の前に並び立ちます。
その途端、重苦しい振動とともにハッチの内部で何かがガコンガコン音を立てて…
やがて、扉がゆっくりと解き放たれました。
その内部は、薄暗くて広々とした円筒状の部屋になっていて…冷蔵庫を開けたときのような冷気が、フワリと室外に押し寄せてきます。
「…なんだココは? 苦労してたどり着いた割には、殺気が微塵も感じられぬぞ?」
「苦労したのは先発隊で、僕らは何の苦労もしてないけどね」
兄弟漫才を繰り広げる皇帝サマとシドさんに、つい吹き出しそうになるのを我慢しつつ、一緒に室内に踏み込んでみれば…
肌寒い室内は沈黙に満ちていて、動くモノは何一つ確認できません。
「少しは反撃も予想しておったが…いささか拍子抜けだな?」
誰よりも冷静な師団長の言葉に、誰もがホッと一息ついた途端…
『ッ!?』
急に室内の照明が一斉に灯って、私達は思わず身構えました。
それまで気づかなかったものの、煌々と照らされた部屋の壁際には、無数の水槽がズラリと居並んで…その中には…
「…こ…これは…っ!?」
慌ててそばに駆け寄るシドさん以外は…皆、あまりの光景に愕然としていました。
水槽に浮かんでいたのは……私。
…いいえ、正確には、私やマコさんによく似た風貌の女体が、部屋中に所狭しと…。
私達に比較的似ているモノもあれば…もはや生物としての体をなしていないモノもあって…見ていてあまり気分が良いものではありませんけど…。
「…この水槽は培養槽だ。中にいるのは…おそらく、キミ達の『原型』だよ」
一見しただけで全てを悟ったシドさんが、種明かしを始めます。
「やはり『ルナリアン』は、かつて一旦は絶滅した。
だが、連中は何らかの方法でその遺伝子を入手し、復活を夢見てこの場での培養実験を繰り返していたんだ。
その結果、生み出された試作品が…」
「…私と…マコさん…なんですね?」
そう答えた私と、もう一人の"試作品"であるマコさんの顔を交互に見比べたシドさんは、慎重に頷き返します。
「先に完成したミサさんの方は、欲に目が眩んだリンクラー達に強奪されたか…あるいは、何者かがそうするよう彼らをそそのかして…後は地球上で育成し、経過を観察することにした」
そうして私は地球人に擬態したリンクラー…お爺さんとお婆さんによって、自分が地球人と信じて疑わないまま、つい先日まで育て上げられました。
「一方のマコさんは、さらに研究範囲を広げ、将来的には地球人から自然妊娠させるために、受精卵の状態でご両親の胎内へと仕込まれた」
そして胎児として産み落とされた後は、再びこの要塞内へと連れ戻され、必要な知識学習や身体の成長がある程度まで進んだ状態で、三たびご両親に託されたのでしょう。
「両者とも、いずれ『ルナリアン』が地球を支配するための『母体』…"女王蜂"として」
シドさんがそこまで言い終えた途端、
《…もうそこまでたどり着けましたか…さすがですね》
耳慣れない何者かの声が、広大な室内に反響しました。
「…何者だ?」
皆の疑問を代表した皇帝サマが、努めて冷静に尋ねると、声の主は愉快そうに微笑むような気配を滲ませて、
《お初にお目に掛かります。私は…》
口上を述べながら、部屋の中央…私達のすぐそばにユラリと揺らめく白い影が出現!
慌てて距離をとる私達ですが…まるで生気が感じられないその様子から、どうやら相手に実体は無く、一種の立体映像のようです。
しかも…長い黒髪をたおやかに揺らし、女神のように柔らかい微笑をたたえた、その顔は…
《…そうですね。『ミコト』とでも名乗っておきましょうか?》
…そう。あからさまに私の名前に被せてきた"彼女"の姿は、これまた私に生き写しで…!
これは…いったい…?
◇
ついに私達の前に姿を現した、すべての黒幕『ミコト』。
よく見ればうっすら透けているその身体には、さらに薄手でフワフワな帯状の布が幾重にも纏わりついて…
まるでお伽話によく出てくる『天女』そのものな印象です。
…いえ、たぶん古の昔から『天女』と呼ばれてきた彼女達こそが『ルナリアン』だったのでしょう。
「では、ミサ…ミコトさん。」
呼びかけたシドさんが、素で私と混同するほどのそっくりさんな彼女…
いいえ、たぶんコレも事実は真逆で…"彼女"に似せて生み出された『新生ルナリアン』こそが私…竹取美沙兎なのでしょう。
「僕の読みが正しければ…キミはこの月の管理者…『管理コンピュータ』という認識でいいかな?」
コンピュータ!?…人ですらなかったんですか!?
《フフ…さすがですね、シドさん。
アナタをミサトのパートナーに選んだ私の目に狂いはなかった》
ハイ言質がとれましたよ!
やはり、私達の出会いの一切合財は単なる偶然ではなく、彼女の思惑通りだったようです。
ということは、彼女の手引きで『リンクラー』…お爺さんお婆さんは、私を連れてココから地球に逃れ…
挙句、お金に目が眩んだ彼らが、私を誰かに売りつけようとするのも、最初から折込済みだったのでしょう。
そうすれば、それは必ずや『保護管理官』の知るところとなり…"たまたま"近隣宙域にいたシドさんとラリスくんが、私の保護に動くだろうと。
「その割には、我々の鑑を攻撃したあのビーム兵器といい、先程の蟲どもといい…お世辞にも管理できているようには思えんのだが?」
シリウス師団長が嫌味っぽく問いただせば、『管理者』ミコトはバツが悪そうに肩をすくめて、
《たいへん申し訳ありませんが…この星の防衛機構はすべて、独自に作動する自律型でして…
私なりに極力抑え込んではみたのですが、完全には制しきれず…》
そういうことでしたか。
道理で…あのビームの威力こそは強烈だったものの、その他には何ら目立った防空攻撃はありませんでしたし…
数ばかり多いメカ蟲どもも、何の武装も持たない上に組織だった動きは皆無で、各々のプログラムに従ってバラバラに押し寄せてきただけだったんですね。
私やお爺さんお婆さんを地球に送ったときも、あるいは今回と似た状況だったのかもしれません。
《とにかく…よく帰ってきてくれました、我が子たちよ》
私とマコさんの顔を交互に見やって、ミコトは愛おしげに微笑みます。
それは本当の母親のような仕草で…親の愛情などはろくに知らずに育った私達も、つい連られて笑い返してしまいました。
直感的に、彼女の心には何らやましい部分などなく、純粋に私達との再会を喜んでいるらしい気持ちが伝わってきました…が。
「それはいいけど…彼女達を産み出すまでにキミが支払った代償は、かなりの罪深さなんじゃないかい?」
室内にズラリと居並ぶ、私達が誕生するまでに犠牲となった夥しい数の"実験体"をぐるりと見渡して…シドさんが憎々しげに問いただします。
それらとほぼ同じ風貌の私達でさえ、見ていてあまり気持ちの良いモノではないのですから…私達を愛する彼の目には、憎悪の対象以外の何物でもないことでしょう。
「わざわざオメーに似せるために、こんだけの犠牲を払ったってのか…オイ?」
それまでずっと無言を貫いていたラリスくんに至っては、シドさん以上に激しい怒りを滾らせた、いまにも飛びかからんばかりの形相で、ミコトを真正面から見据えています。
立体映像が相手では、何をどうしようとしょうがないと判断できる程度の理性は、かろうじて残っているようですけど。
けれども彼女は涼しい顔で、
《あぁ、誤解なきように。ここに並んでいるのは全て、私が一から造り上げた…いわば"魂の器"に過ぎません》
魂の…器?
《つまりは、他の生命体の肉体を元に、遺伝子操作してこね上げた"粘土細工"みたいなもので、元より生命は宿っていません》
…なるほど? 肉体だけで、魂がない…ということでしょうか?
《そもそも私のこの姿は、あらゆる『ルナリアン』の容姿を平均してデザインされたインターフェース映像に過ぎず、これが唯一絶対という訳ではないのです。
ただ、普遍的な水準であるがゆえに、ミサトやマコを造り上げるための参考にしたのは言うまでもありませんけど》
ということは、やはり私やマコさんの姿は、最も『ルナリアン』らしい『ルナリアン』だということですね。
でも…それじゃあ、私達の『心』は…いったい何処から来たというのでしょうか?
《あぁ、マコのほうについては、育ての親のもとで自然に育まれたものですが…
雛形となった人格は、ミサトのものをそのままコピーしました。
成育環境によってどの程度の個体差が生じるのか、検証したかったもので》
「…………。」
残酷な事実をしれっと明かしたミコトの弁に、マコさんが辛そうな表情を浮かべます。
おおよそ褒められる点が一つも見当たらないようなロクデナシのご両親ではありましたが…
それでも、曲がりなりにも彼女を産んで、わずか数年間でも我が子として育ててくれたという恩義は、少なからず感じていたのでしょう…。
道理で、彼女と初めて出会った時から、なんだか不思議な縁というか…他人とは思えないシンパシーを感じてしまった訳ですね。
…それじゃあ、その大元である、私の人格はどこから…?
《ミサトの人格ですが…今は亡き私の製作者である『ドクター・ミカヅキ』の生前の人格が元になっています》
また新しい人物情報が出てきましたよ?
ミカヅキ博士…とは?
《彼女こそは『ルナリアン』の最後の生き残りであり…あらゆる分野の知識に長け、この太陽系を創造し、地球人との人種融合を提唱した天才科学者です》
かつて、その奇跡的な美貌ゆえに宇宙中の羨望の的となり、乱獲が進んだ『ルナリアン』…。
苦肉の策として選択した"人種そのものを改造し、ルナリアンをこの世から消滅させる"方法を思い付いた大奇人が、私のモデルだったとは…なんだか複雑な気分ですけど。
《ですが…彼女は元々、ほとぼりが冷めたら再びルナリアンを復活させるつもりでした。
この移民船…今は『月』と呼ばれる星ですか? そこに全人口の何割かは残し、新人類の誕生と、彼らが行く末を見守るつもりだったのです》
ところが…何事もそう上手くはいかないものです。
新たな星の大地と、そこでの新生活に恋焦がれていた移民達は、我先に地球へと降り立ち…
月への残留を希望する者は、想定をはるかに下回るほんの一握りだけでした。
それでもミカヅキ博士は、自らに延命治療を施し、新天地の育成に全力を注ぎ込みましたが…
《やがて、刻一刻と死を迎え、あるいは地球へと移り住み…繰り返される仲間達との別れに、孤独に耐えきれなくなったドクターは、自らの分身であるこの私…『ミコト』を産み出しました。》
元は移民船運営用だったAIに自らの人格を分け与えてまで、孤独に耐え抜こうとしたミカヅキ博士…。
責任感の強さというか、最後まで意地を張り続ける強情さというか…本当に他人事とは思えません。
どうやら、彼女こそが私の『オリジナル』であることに間違いはなさそうです。
「…な〜るほどね。そこまでの"変人"なら、並みのルナリアンとはまるで気質が違うことにも納得がいくよ」
なぜだか私を見て溜息を洩らすシドさんの周りで、他の人達もしきりとウンウン頷き返しています。
…なんだかムカつきますね…。
《けれども…彼女も生物である以上、いずれ終焉は訪れます。
地上で繁栄する我が子達の様子を見届けたドクターは、今から一千年ほど前に…本当に長きに渡る使命を終えて、安らかな眠りにつきました…》
千年前まで存在が確認されていた、ルナリアン最後の生き残りとは、どうやらミカヅキ博士のことだったようですね…。
《すると今度は、この私のほうが孤独に苛まれるようになってしまって…
ドクターから学んだ様々な技術を駆使して、彼女の"代理人"を創り上げることに躍起になったのです》
発達したAIは、やがて人間と何ら変わらない感情を持つようになるといいます。
その結果産み出されたのが、私やマコさんだったのですね…。
《ですが、人間の人格形成には記憶が大きなウェイトを占めます。さすがにそこまでを完全再現するには至らず…
結果的に、容姿は彼女に瓜二つながらも、ずいぶん半端な"おかしな子"が出来上がってしまいましたが》
ムカッ。一言多いんですよこの糞AIは!?
《けれども…出来が悪い子ほど可愛いと言いますからね♪》
ぅぅっ…私やマコさんに向けるミコトの温かい眼差しには、嘘偽りはないようで…憎むに憎めません。
なんにせよ、彼女が産み出してくれたからこそ、私達の"現在"があるわけですし…。
…あれ? でも…
「そこまで苦労して、せっかく造った私達を…アナタはなぜ、地球へ送り出したのですか?」
そう。マコさんの疑問通り、わざわざ産み出した私達をあえて手元から遠ざけるからには、それ相応の理由があるはずですが…?
《その"理由"は…アナタがたも身をもって痛感したはずです》
それまで絶えず穏やかだったミコトの様子が、にわかに険しく豹変しました。
それだけで、私達の誰もがすぐに、その"事情"に思い当たりました。
「…この星に施された『防衛機能』か?」
苦々しく呟く皇帝サマに、ミコトも深刻な顔で頷き返します。
《先程も申し上げましたが、この星の防衛機能は私の管理下とは別系統のシステムにて、自律的に管理されています。
現時点ではアナタ方の攻撃能力がそちらの想定を上回り、施設内への侵入を許してしまいましたが…
いずれその技術を解析したシステムは、それをさらに凌駕する攻撃手段を編み出し、必ずや反撃に転じることでしょう》
ミコトの説明を聞いた皇帝三兄弟は、すぐに顔を見合わせて目配せしあい…
「…全艦に命じる。今すぐ、現調査対象の想定攻撃範囲内から速やかに離脱せよ!
繰り返す、全艦離脱せよッ!!」
シリウス師団長の厳命に応じ、上空に待機していた味方艦隊が現場から遠のいていく様子が、各々の通信機のモニター越しに確認できました。
これで私たち降下部隊は孤立無縁です。
まぁいざとなれば空間転移など、いくらでも方法はありますが…それを易々と許すような敵ではないでしょう。
となれば…次になすべき事は、自ずと知れています。
「…さっそく案内してもらおうか? その『防衛機能』とやらの親玉のもとへ」
《…話がはやくて助かります》
不敵な笑みを浮かべるシャムス皇帝に、ミコトもしたたかに微笑み返しました。
◇
それからミコトがいた『培養室』を後にした私達は、彼女のナビゲーションに従って、再び迷路のような施設内を邁進します。
先へ進むにつれて、敵の攻撃も次第に激しさを増し、相変わらず大軍で押し寄せてくる鉄蟲メカどもも、急に死角から不意打ちを喰らわせてくるなど、行動パターンが研ぎ澄まされてきました。
今のところはまだラリスくん達の対応力がそれらを上回っているため、難なくこなせてはいますが…。
ミコトも可能な限り妨害機能を働かせて、敵を抑え込んでいるようですが、相手の支配力もそれと同等以上な感じです。
逆にいえば、それだけ確実に敵の本拠地に近づいてるという証拠でもありますが…。
《…さて、この先は敵もなりふり構わずで攻めてくると思いますから、皆さんご注意を》
そうミコトが警告した先から…今までの鉄蟲の背中に砲台を背負ったような新型メカが、通路の向こうからこちらを的確に狙い撃ってきました!
ドムン! ドムゥン!
量子ビームのような熱光線から慌てて飛び退くと、背後でバスドラムみたいな鈍い振動が響いて…見れば、金属質の壁材がすり鉢状に溶解しています。
「うーわっ、コレ当たったらマジで洒落にならないヤツ!?」
《だから嫌だったんですよねー…私のお家が…》
フレイアさんがおののくそばで、ミコトが深い溜息をつきます。
「ふぅむ…破損箇所の自動修復はされないみたいだね?」
《なにぶん古い船ですからね。移民船ですし、建造時にそこまでの余裕はなかったんでしょう》
キレイにくり抜かれた壁の被弾跡をしげしげ検証するシドさんに、ミコトはなおも溜息を吐き出して、
《…こうなったのも皆さんのおかげですから…後で修繕をお願いしますね♩》
なんともちゃっかりしたミコトの笑顔に、今度は私達が溜息をつかされました。
「確かにミサさんの直系だね、間違いなく。
…さては、あの教団を利用して荒稼ぎしてたのも、このためだったのかい?」
世界規模の危険カルト教団だった『真世界統合協会』が、信者達から巻き上げた法外な金品は、今までどこへ消えているのか全くの謎とされていました。
シドさん達はそれを、いずれ地球が宇宙的な経済中心地となった時のための軍資金として、この『月』にプールされているだろう、と予想していましたが…
《さすがに星丸々一個リフォームするともなると、とんでもなくお金が掛かるんですよ。
いかに万能な私でも、独りでそこまで手を回すのは無理ですし…皆さんだけが頼りなんですぅ♩》
そ、それだけの超〜個人的な理由で、私達をまんまとココまでおびき寄せたというんですか。
しかもちゃっかり害虫退治までさせて…!
《まぁまぁ、そう怒らないでくださいよ。
おかげで皆さんは地球を、ひいては全宇宙を護るヒーローとして人気者になれたじゃーないですか♩》
こ、このアマ…ッ!?
…って、もしかしたら私も、こんな奴と一緒だってみんなに思われちゃってるんですか…?
「…やっとお気づきになられましたか?」
ここぞとばかりにジト目で私を睨むマコさんの背後から、皆の冷たい視線が私にグサグサ突き刺さって…!
嗚呼〜やめてっ、そんな目で私を見ないでぇーッ!?
「…すると何かい? キミは別段、『ルナリアン』による宇宙支配を目論んでたわけじゃなくて…?」
今さらのように根本的な疑問を投げかけるシドさんに、ミコトはさも当然のように、
《一度滅んだ種族を再興させて、今さらどうなるっていうんですか? それよりは、せっかく今いる種族を有効活用すべきでしょ?
ほんの短期間であれだけの船をこさえられるくらいなら、まだまだ使い道がありますよ♩》
どうやら地球側が建造中の『ソル・クレスタ』の姉妹艦『きぼう』の存在もとっくに知っているようですが、さほどの脅威は感じていないようです。
こうして、私達がわざわざ月まで殴り込んだ意義は、前提があっさり崩壊したことにより水泡と帰したのでした…。がっでーむっ!
《まぁまぁ♩ それでも、度重なる"アレ"の狼藉に手を焼いてたのは事実ですんで…》
まだ見ぬ通路の向こうの"敵"を見据えて、ミコトは若干表情をこわばらせます。
月の管理AIである彼女にも抑えきれない、その正体とは…いったい?
「それなら…ここから先は、なおさら私達が先行したほうが安全じゃありませんか?
…ね、お姉様♩」
「え゛っ、ちょ…っ!?」
この期に及んであらぬ提案をしたマコさんが、強引に私の手を取って通路の先へと押し出します。
確かに敵が私達に手出ししないのは判ってますけど、それ以外のトコにはズビズバ着弾してるし、何事も絶対ってことはありませんし…
てか何で私を先頭にして、アータはその陰に隠れてるんですくわっ!?
「ふむ…良案だな。せっかくここまでやって来たのだし、そなたに何かあれば、すぐに新しい肉体も用意できるではないか♩」
「いやいや兄上、それはちょっと…!?」
マコさんの案に同意した皇帝サマを、シドさんが慌ててたしなめてますけど…
ホントに自分の愛妻と私とで態度が如実に違いますねコンチキショーッ!?
《…クク…ソウキタカ…》
唐突に耳慣れない声が辺りに響いて、私達は一様に表情を引き攣らせました。
《ナラバ仕方ナイ。コチラカラ ソチラニ 出向クトシヨウ》
無駄に人間臭いミコトに比べて、いささか希薄な感情表現ながらも、明らかにこちらを小馬鹿にした様子でせせら笑った敵AIは…
《…来ました。"アレ"がそうです》
宣言通り、仄暗い通路の向こう側から薄ぼんやりと姿を顕しました。
「って…デカっ!?」
ミコトが私達同様な人間サイズなので、てっきりそれくらいの相手を予想してたんですけど…
そこいらの町工場の天井くらいはある通路の高さに、こするかこすらないかくらい巨大な人影が、頭をかがめてのっそりのっそり、こちらに近づいてきます。
ソレが歩を進めるたびに、辺りにはズシン、ズシンという地響きが。見た目通り、体重も相当重いようです。
しかもその姿には、どこかで激しく見覚えが…?
「え……ラリス…くん?」
最初に気づいたミユちゃんが、熱にうかされたような口でポツリと声を洩らします。
そう、私達の目の前に立つのは…銀色の身体にハニワみたいな飾りっ気のない顔立ちの、巨大なマネキン人形みたいな人物…
ラリスくんと同じ『グラビス人』でした!?
◇
「…って、ちょい待ち。コイツは…違うぞ?」
遅れて呟いたのは、誰あろうラリスくん本人。
まだ変身前とはいえ、正真正銘、本物のグラビス人である彼は、すぐに相手の違和感に気づいたようです。
「…ああ、違うね。姿形はそっくりだけど…"アレ"はグラビスじゃない」
「うん。なんつーかな…"匂い"が全然違う」
ラリスくんと付き合いが長いシドさんやフレイアさんも、一様にソレを否定します。
てゆーか、両者を嗅ぎ分けられるフレイアさんレベルまでいくと、ほとんど超能力ですけど。
《そうです。アレは私と同じく…というか、元は私の一部だった『防衛機能』が、勝手に分離独立したAIの擬似インターフェース…。
そしてあの姿は、私のデータベースから盗み出した情報の中から、"最も強力な存在"を具現化したに過ぎません》
ミコトが忌々しげに説明します。
つまり…元々一体だった月の『全体管理』と『防衛機能』を司る両者の情報網は、今も共有化されていて、姉弟同士でいがみ合ってるわけですか…。
見つめ合う瞳と瞳。
衛星レベルの攻防をかけた一触即発の睨み合いに、私達は何も口出しできずにただただ見守るだけですが…
《…いつまでそんなコケ威しを続けるつもりですか? いくらおっきくしてみせたところで、アナタの元々のお粗末ぶりなんてとっくにお見通しなんですケド〜?》
あらヤダなんかちょっとエッチ♩
《クッ…ホザケ! エェイッ、コノ状態デハ 話シニクイナ…チョット 待ッテロ!》
選ぶって出てきた割には沸点低すぎな巨人AIは、姉の挑発にまともに腹を立てるなり、見る間に形態を変えて…
《ったく、いつもいつもザッケんなよテメェッ!》
意外にも私より背が低い少年の姿になると、歳上の姉に歯向かう小学生のように顔を真っ赤に怒らせて、ミコトめがけて突進してきました。
てゆーか、その姿って…
《また勝手にこんなヨソ者を連れ込みやがって…オレがどんだけ心配してっか、解ってんのかよテメェッ!?》
…か、かか可愛い…っ☆
地球人なら中学生相当のラリスくんよりもさらに幼い容姿の銀髪金眼の美少年が、ミコトのおっぱいに駄々っ子パンチを浴びせかけて、パンチングマシンみたいにぽよんぽよん揺さぶってますよ♩
《だーから、アナタの出る幕じゃないっていつも言ってるでしょ? 大切なお客さんだってのに…イケナイ子ねっ♩》
そんな弟AIを猫の子みたくヒョイっと摘み上げたミコトは、むずがる幼子をあやすように柔らかな胸に抱いて、撫で撫で甘やかしさくって…。
「つっ次、あたしにも抱かせてぇ〜っ♩」
いつの間にかミユちゃんまでちゃっかり輪の中に加わっちゃってますけど、ホログラム相手じゃ、ちょおーっと無理な注文かな?
《皆さんのおかげてホントに助かりました♩
この子ってば不器用だから、さっきの姿だと凄まじい戦闘力を誇る代わりにちょっぴりおバカさんで、私が手をつけられないほどの暴れん坊さんになっちゃって…》
《どわぁ〜れぇがおバカだこんニャロッ!?
そのデカ乳もいでおっぱいミサイルにして地球に大気圏突入させたろかいっ!》
《こーらっ、そんなコト言ったらメーッ!でしょ? それにお姉ちゃんは、今のカワイイあなたのほうが、ダ・イ・ス・キ☆…だなっ♩》
《ゔ…ぅぅ…っ》
真っ赤になって照れまくる防衛機能AIクンには、もう抵抗する意思は微塵も残ってないみたいですね。ラブリー♩
てゆーか…え〜っと、アレ? 直前までののっぴきならない緊迫感は、いったいどこ行っちゃいましたか?
「…つまり私達は…こんなしょーもない姉弟ゲンカを真に受けて、はるばるこんな場所までおびき寄せられたってコトですか…?」
呆れ返ったマコさんがジト目で姉弟を睨みながら呟くと、皆の身体からドッと疲れが抜け落ちました。
…要するに今回のいざこざは、不用意に月へと接近した『ソル・ラディアンテ』を、先走った防衛AIが迎撃してしまっただけで…
月側には元より、宇宙支配やルナリアン復権などの大それた意図は毛頭なく…
ぜぇ〜んぶ、私達の早とちりだった…と?
「な…何なんですかコレぇーッ!?」
拍子抜けにも程がある私の絶叫が、地球から遠く離れた孤独な星に凛と響き渡ったのでした…がっくし。
【第十五話END】
いよいよ月への殴り込みだーいっ☆…とゆー勇ましさ満点な幕開けの今回ですが。
いつになくSFアクションじみた展開から一転、番狂わせに次ぐ番狂わせ…ってな筋書きは、まぁまぁある程度最初から予定されたものでしたが、実際に執筆する間にもどんどん変わっていきましたね。
異文化の技術を得て高度発展を遂げる地球文明ってのは、それだけでこう、ワクワクするSF展開じゃ〜ないですか♩
でもその一方で、星間戦争ネタは前作でもう使ってしまったし…。
現実にあちこちの国でドンパチやってるこの状況下で、創作でまで争い合うのも、今さらなぁ…ってな気持ちがどうしても大きくなってしまいまして。
ならもういっそ、やめちゃおっかなー戦争?…と(笑)。
なので、かなーり腰砕けなオチになってしまったことには御容赦ください。
さりげなく新キャラも登場してはいますが、終盤近くにまったく見ず知らずな人物を投入するのもリスキーかな〜と思ったので、格闘ゲームでいうところの2Pキャラみたいな感じに。
まぁ実際読んでいただければ解りますが。
そしてコイツらは最終回まで登場します。
そのために、美沙兎たちをわざわざ月へと降り立たせたようなものですから。
もちろん次回以降にもアッと驚く展開がありまして、それには彼女達の邂逅が必要不可欠だった訳ですよ…フフリ♩
さて、残る話数もあとわずか。
さらにはそろそろ次回作の構想も練らねばならず…
その上、作者の実生活においてもかなり大きな変化がございまして…この数ヶ月は本当にバタバタしておりました。
こうしてなんとか終わりが見えてきたことには内心ホッとしておりますが、あそこはもう少しああしておけば…なんて後悔も多々思い浮かんできまして。
そんな反省も次回に活かせれば…と思いつつ、もう少しだけお付き合い頂ければ幸いに存じますです、ハイ。




