4.真面目で勇気のある、聖女様
再び塀を乗り越えると、男達は繋いでいた馬へと乗り込み森に向かって走り出す。
教会は住居棟なども有している為広い敷地で構成されていて、この辺りから出るともう王都の端だった。
そのまま近郊の森を抜けて、別の街に行く予定なのだろうか。
手こそ縛られたものの、犯人の一人と共に馬に乗せられたレーネは目隠しもされていないし、足も自由だった。ちらりと確認すると、聖女の方は気絶しているらしく別の男に馬に乗せられてぐったりとしている。
「悪いが一緒に来てもらうぞ」
レーネと共に馬に乗っている男が凄み、レーネはブルブルと怯える演技続行中だ。
こんな姿、イヴァンが見たら大笑いだろう。幸い、ここにあの男はいないのでせいぜい怯えた令嬢役に徹することにした。
目隠しをされていないことなどからも、犯人達が素人であるという考えはさらに補強された。
森に向かう馬は五頭、男達も五人。そして聖女とレーネ。
犯人達の人数がこれで全員ならば、ガーフの援軍を待つまでもなくレーネ一人で鎮圧出来てしまうだろう。ただし、聖女を拉致した理由を探ってから、だが。
馬はぐんぐんと道幅の広い街道を駆け、どんどん森へと近づいて行く。
太陽の位置で大体の時間の確認しながら、レーネは今日中に解決して、早く屋敷に帰りたい、と内心で溜息をついた。
森の中に辿り着くと犯人達はあらかじめ用意していたらしく、一軒の小屋へとレーネと聖女を連れてきた。
入口は一つ、窓は二つ、広い一部屋しかない木造の粗末な小屋だ。
同じく粗末な毛布の上に気絶したままの聖女は降ろされ、レーネの隣に並ばされる。すぐに、聖女の口元に手を当てて呼吸を確認した。
「聖女様……! 大丈夫ですか!?」
「あ……あなたは……?」
呼吸は安定していたので、レーネが聖女を軽く揺するとすぐに目を覚ます。
「私は、レーネといいます。教会にお祈りに来ていたのですが……彼らに連れてこられて……」
きゅっと唇を噛んでいうと、ノロノロと起き上がった聖女は現状を見て目を丸くした。
犯人達は、そんなレーネと聖女の様子をニヤニヤと笑いながら見ている。
こちらの目を隠していないのも、犯人達が顔を隠していないのも奇妙だ。生きて帰すつもりがないのか、ただの素人の馬鹿なのか。
「レーネさん、私はジェニー、聖女です。あなたのことは私が守るので、どうか安心してください!」
レーネは既にジェニーのことを聖女様、と呼びかけているので彼女のことを聖女だと知っているという体だったのだが、大真面目なジェニーにはそれは気にならなかったようだ。
「ありがとうございます、聖女様……」
レーネが演技で儚く微笑むと、ジェニーは力づけるように大きく頷いてくれた。
賢くはないかもしれないが、勇気と思いやりのある聖女らしい女性ではないか。レーネは好感を抱く。
「残念ながら俺たちの狙いはあんただよ、聖女様」
犯人のリーダー格の男が一歩進み出て、そう言った。
ジェニーは座り込んだままレーネの前に身を乗り出し、庇うように手を伸ばす。
「私……!? じゃあ何故レーネさんまで連れて来たの!」
「たまたまそこに居合わせた不幸……てとこかねぇ」
ニヤニヤと笑うリーダーに、他のメンバーもゲラゲラと笑う。
居合わせたのではなくレーネはジェニーを尾行していたのだし、犯人達の前にも進んで姿を現したのだが。
「そんな……何の罪もない人を誘拐するなんて、なんてひどいことを! 神様はそんなこと、お許しにならないわ!」
ジェニーはとても正義感が強いのだろう。しっかりと通る声で犯人達に怒りをぶつける。
「私を誘拐した目的はなんなの!」
「エライ人から言われてね、あんたと宰相様の坊ちゃんが結婚すると困る人がいるんだよ」
あら?
レーネはつい、目を丸くしてしまう。幸い誰にも気づかれなかったので、素早く怯える令嬢の演技に戻った。
ジェニーと犯人達の会話で、彼らの目的そしてそれを命じた人の名が、ひょっとして分かってしまうのだろうか? 有難いのだが。
とはいえ、ジェニーに庇われたまま事の成り行きを見守るのが、今は得策だろう。
「宰相の坊ちゃん……? なんの話?」
「おっと、まだ本人に話がいってないのか」
「ワケもわかんねぇまま傷モノにされちまうなんて、可哀想に」
男達は下品な笑い声をあげ、ジェニーは顔を顰めた。
イヴァンとジェニーに結婚されると困る者がいて、そいつが男達にジェニーを襲わせて結婚出来ない身にさせようとしている。
なんて卑怯な手段だろう。
自分は従兄に聖女を始末するように依頼されたことを棚にあげて、レーネは内心で憤る。
勿論イヴァンとて、本気でジェニーを殺すことを期待してレーネに依頼したわけではないだろうが。
女性を辱めて計画を潰そうだなんて、レーネの正義に悖る行いだ。
「何よそれ……誰の命令!?」
ジェニーは本当に素晴らしい女性だ。
勇気があり、正義感が強く、そしてレーネが聞きたいことを次々に質問してくれる。
「それは俺達も知らなねぇんだよなぁ」
「まぁあんた達を楽しんだ後、報酬をもらう際に知れるだろうぜ」
そして犯人達の素人極まりないこと。
ベラベラと何でも話してくれるものの、情報を持ってはいない。
前金ぐらいは受け取っているからこそ仕事をしているのだろうけれど、本気であとで報酬を受け取れると思ってるなんて、オメデタイことだ。
聖女を汚し、宰相の息子との縁談を潰したい黒幕。そんな人物が、こんな迂闊な犯人達を生かしておくとは思えない。
この場で得られる情報はここまで。
だとしたらあとは政治側の仕事、従兄の領分だ。
ここからは、レーネのやり方で事態を収束させるとしよう。




