3.聖女殺しどころか、自身が拉致!
ガーフに示されて、彼の指す方向を見遣る。井戸の水を汲みながら、聖職者の女性達と楽しそうにお喋りしている桃色の髪の愛らしい少女。瞳の色は珍しい金色で、聞いていた特徴と一致する。
「あら、本当だわ。とても可愛らしい方ね」
一頻り観察してレーネが小声で呟くと、それまで楽しそうにしていたガーフが沈黙していた。不思議に思って隣を窺うと、ガーフは聖女を見つめて真っ赤になって固まっている。
「…………」
「……ガーフ、あなた……」
レーネは、彼女にしてはとても珍しいことに絶句した。
これは所謂、「人が恋に落ちる瞬間を見てしまった」というやつである。
「聖女様って可憐な方ですね……」
普段穏やかな表情を浮かべているガーフが頬を赤くして目尻と眉を下げ、口元をだらしなく緩ませている。
「……そうね。とても、可憐な方ね」
レーネが相槌を打つと、ガーフは照れたように鼻を掻いた。何故お前が照れる。
「……」
あらゆることに思考を巡らせつつ、レーネは改めて聖女を見つめた。
他の女性達と共に楽しそうに洗濯をする姿はイヴァンの言うような「頭空っぽの女」には見えないが、イヴァンにとってはそうなのだろう。あの男の許容範囲は恐ろしく狭いのだ。
王国での聖女の地位は、他の聖職者とさほど変わらない。
浄化魔術は希少属性ではあるものの、ごく平和な現代では珍しい、という以外に注目されているわけでもないのだ。
だと言うのに、次期侯爵であり次期宰相でもあるイヴァンと王命まで使って結婚させようという思惑がレーネには理解出来なかった。
この聖女に他に何か利用価値があるのか、もしくはそうまでしても王命でイヴァンを縛りたい思惑があるのか。
自分の仕事の伝手を使って両方の面で探りも入れてみてはいるが、昨日の今日ではまだ調べきれていない。
こういう時のレーネのとる行動はひとつ。
とにかく渦中に飛び込むのだ。
「……せっかくここまで来たし、いっそ本人に接触してみようかしら」
「え! いや、まだ心の準備が……!」
ポツリとレーネが呟くと、ガーフがさらに顔を真っ赤にして止めた。
「あなたの心の準備は関係なくてよ?」
「あっ、そうですけどっでもっ」
ガーフが乙女のようにもじもじと恥じらうのを、レーネは白けた目で見遣る。
新しい恋にときめいている彼には悪いが、レーネはレーネで無能婚約者を押しつけられてしまうかもしれない危機なのだ、構っている場合ではない。
再び水場の方を見ると、洗濯が終わったのかそれぞれに大きな籠を抱えて女性達が去っていく。聖女は使った道具を片付けると、彼女達とは別の方向へと歩き始めた。
「ガーフ行くわよ。それとも、そこで小さくなっておく?」
「いっ行きます!」
レーネがサッと立ち上がると、ガーフも慌ててついて来る。昼間の住居棟には本当に人が少ないようで、建物の壁沿いに聖女の後を追跡したが、誰にも会わなかった。
「……流石にここまで人気がないのも、怪しいわね」
レーネがポツリと呟くと、ガーフも頷く。
「ですが聖女様は、俺達の尾行に気づいているわけでもなさそうですよ?」
「そうなのよね……」
聖女の方も誰にも会わないのが不思議に感じて来たのか、だんだんキョロキョロと辺りを見回し始める。
彼女が今歩いているのは、教会の裏手で敷地を隔てる塀沿いだ。
「……!」
そこに前触れもなく塀を飛び越えて複数の男達が敷地内に侵入して来て、聖女を捕まえるのが見えた。
「お嬢様!」
ガーフが怒鳴ると、レーネは素早く右の耳飾りを外して彼に渡す。
「それはもう片方と引き合う特性のある魔術具なの。お兄様に連絡して、後から追跡なさい」
左耳の飾りを指差しながら、レーネは指示を出した。
「お嬢様はどうするんです!?」
「私も彼らに捕まってくるわ」
「今倒した方が早くないですか?」
ガーフは渡された耳飾りとレーネを見比べて不安そうに言う。咄嗟の判断がつかないのだろう。
「おバカさん。ここで彼らを倒して捕まえても、聖女を拉致しようとした理由を口を噤まれたら分からなくなるでしょう」
言って、レーネは駆け出した。
「聖女様! あなた達、誰です! 聖女様をどうするつもりなのです!?」
わざと足音を立てて駆け寄ると、レーネはいかにもか弱い令嬢を装って、拉致犯達に誰何の声をあげる。
顔色は真っ青で、足は震えている演技派ぶりだ。
「なんだこの女!」
「この一帯は人払い出来ている筈だろう!」
動揺した犯人達は口々に不安そうな声をあげる。
レーネの前でそんなことを言うあたり素人だと判断出来たが、「人払いが出来ている」と言う言葉から犯行に教会関係者が関わっていることも明白で、これはぜひボロボロとボロを出していただく為に共に拉致して欲しいところだ。
「せ、聖女様を離して……!」
レーネがさらに言い募り、ここまで来たスピードとは雲泥の差のノロノロとした足取りで彼らに近づくと、小石に躓いてその場に倒れてみせた。
「あっ……」
トサリと地面に膝をつくと、レーネはそこから恐ろしくて動けない、とでもいうようにさらにダメ押しに震えた。
レーネの外見は、絶世の美女と呼んで差し支えのない美しいものであり、銀の長い髪や濡れた緑の瞳を相まって、今にも気を失ってしまいそうな儚げな印象を与える。
男達がレーネのそんな姿を見て、ごくりと喉を鳴らす音が聞こえた。
「……おい、目撃されちゃあしょうがねぇ」
「ああ、そうだな」
「よし、この女も連れて行こう」
などと口々に言い、聖女を抱えている者とは違う男にレーネは抱え上げられる。
「何をなさるのです……!」
形ばかり抵抗してみせたが、内心ではしめしめといったところだ。
「悪いなお嬢さん、居合わせた自分の不幸を嘆くんだな!」
そんないかにも悪党のセリフと共に、聖女とレーネは拉致されたのだった。




