2.教会潜入
翌日。
不本意ながら逆らえない従兄からの命令で、レーネは渋々聖女が在籍する教会に来ていた。
普段は仕事で忙しいのでほとんど礼拝にも来られておらず不信心もいいところで、教会の提唱する祈りに対しても懐疑的だ。
祈りや信仰はその者の中にあるもので、あえて対外的に示す必要がない、と言うのがレーネの持論だ。
祈る気持ちがあるのならば、それは教会という場でなく遠く離れた森の中でも構わないだろうし、教会の教える長い文言がなくとも真に気持ちがあれば、文言も言語も関係ない筈だ。
とはいえ心の拠り所となる、具体的な形が必要な者もいるだろう。
レーネの考えと違うからといって教会を否定する気持ちもなかった。
銀の髪を一つに纏め地味な色味の襟の詰まったドレスを着てきたものの、レーネの美貌自体は一切隠せていない。
隠密調査なんて、レーネにはまったく畑違いもいいところなのだ。
待つことしばし、やがて応接室に入ってきた司祭はレーネを見て一瞬ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「……レーネ様! お久しぶりですね」
顔見知りの司祭に挨拶をされて、レーネは微笑んで挨拶を返す。
「ご無沙汰しております、司祭様。侯爵夫人の代わりに、差し入れをお持ちしました」
差し入れの物資を侯爵家の使用人達が次々に運び込み、レーネは寄付金の入った袋を司祭に渡す。
「わぁ、ありがとうございます! ヴェルヌ侯爵夫人にはいつも良くしていただいて……どうか、良くお礼をお伝えください」
「ええ」
金額や物資の細かな目録を付けて確認するまで待つようにとお願いされて、レーネはにこやかに頷いた。それから司祭が物資の確認に向かうと、応接室にはレーネと伴ってきた護衛だけが残される。
「へへ……上手くいきましたね、お嬢様」
「それは悪役のセリフでしてよ……」
護衛のガーフは気のいい男で腕も立つが、どうにも気性が素直すぎるのだ。
ちなみに普段王城で働いている際には、レーネは護衛なんて付けていない。つける必要がないのだ。
しかし今日は伯母であるヴェルヌ侯爵夫人の名代として教会を訪れているので、侯爵家の縁戚の令嬢として形だけでも装う必要があった。
「よくて? 今日は以降策を練る為の材料として、聖女様の顔と……出来れば人となりを確認することが目的よ」
「分かっています」
うんうんとガーフが頷くが、本当に分かっているのか怪しいものである。
聖女の顔を見に来たこと自体はバレても咎められることではない。だが、婚約の打診を受けているイヴァンの従妹であるレーネが、必要以上に聖女に興味を持っていることを知られると邪推を呼びそうなので知られないに越したことはない。
「では道に迷ったフリをして、奥に行きましょ」
「お嬢様がそんなヘマするわけありませんのにねぇ」
音もなく廊下に出たレーネに、ガーフはふふっと笑ってコソコソと後をついて来る。
平日の昼間のこの時間は、教会関係者達もそれぞれ忙しく立ち働いていて廊下に人気はない。もし万が一すれ違ったとしても、声をかけられない限りは堂々と通り過ぎてしまえばいいのだ。
「初めて来た建物だろうと、この規模なら迷わない自信があるわね」
そもそも教会は大抵同じ造りをしているので、基本構造を覚えておけば道に迷う、ということはあり得ない。
「さすがですね。俺なら何度でも迷いそうです!」
「……咎められたら、あなたに罪をなすりつけることにするわ」
「ひどくないですか?」
ガーフが眉を下げて困った表情を浮かべる。大柄な男がしょげる様は、こう言っては失礼かもしれないが、大型犬に似ていて可愛らしい。
貴重な文献や神を模した像などが安置されている棟にはしっかり警備が立っているが、教会関係者が暮らす居住棟の方は警備の者はいない。質素倹約を謳う教会の住居部分には入り込む盗人もいないのだ。
あるいは、そんな罰当たりなことを考える者がいないのか。
「まったく……お兄様に急かされなければ、こんな盗人のような真似誰がするものですか……」
イヴァンが受けた聖女との結婚の打診。一応打診という形を取られているものの、王からの勅命なのだからイヴァンに拒否権はない。
だが一応、数日後に返事をするように、という形だけの通告がなされているのだ。
レーネに残された時間はその数日のみ。期限が来れば、イヴァンは王城に登城し、まずは婚約に対して一応YESと答えなければならばないのだ。
「俺はちょっとワクワクします」
出来るものならば舌打ちのひとつもしたいレーネの後ろで、ガーフはやけに目をきらきらとさせている。
「……あら、いけない人ねガーフ」
物見遊山ではないのだ。ガーフの気楽な言葉に、出来るものならばぶん殴ってやりたかった。
二人で音をたてないように気をつけつつ、なるべく急いで住居棟に向かう。
聖女のスケジュールは、基本的に聖職者の女性達と同じ。この時間は掃除や洗濯に勤しんでいる頃だろう。
「聖女様でも、他の女性達と同じように雑用するんですね」
「……聖女は他国では権威ある立場の場合もあるけれど、我が国では浄化魔術が使える女性を指すのよ」
浄化魔術は聖魔術、希少属性だ。
「魔術師様ということですか? お嬢様のように?」
「そうね、属性はちがうけれど……止まって」
ちょうど住居棟の水場に着いたので、レーネは合図をしてガーフと共に身を隠す。
水場では女性達が洗濯物をしているところだった。レーネはイヴァンから聞いていた特徴を素に聖女を探す。
「お嬢様、あの人じゃないですか?」




