第8話 無事、E級冒険者
最後に行われたのは、個別の術式検査だった。
「よし」
ここまで来た。
筆記。
体力。
実技。
どれも悪くない。
そして。
ようやく。
三年間磨き続けてきた俺の《障壁》を、正式に評価してもらえる。
「ロイ・フェルドさん」
「はい!」
「では、術式を展開してください」
「任せてください」
右手を前へ出す。
見せてやる。
三年前とは違う。
今の俺の《障壁》を。
「出でよ――《障壁》!」
ぽすん。
「…………」
「…………」
硬貨一枚分の透明な円盤が浮いた。
試験官が書類を見る。
障壁を見る。
俺を見る。
「……登録通りですね」
「はい」
「面積を拡大してください」
「できません」
「複数枚の同時展開は?」
「できません」
「持続時間は?」
「五秒です」
「…………」
「…………」
俺は拳を握った。
「うおおおおおおおおおおっ! もう一枚出ろぉぉぉぉっ!」
「…………」
ぽすん。
一枚。
「……以上で検査を終了します」
試験官は何とも言えない顔をした。
「ロイさん」
「はい」
「あなたはこの三年間……」
「はい」
「一体何を修行してきたんですか?」
俺は胸を張る。
「俺自身を鍛えてました」
「…………」
深いため息が聞こえた。
◇
他の受験生は、とっくに結果を聞いて帰っていた。
なのに。
「…………」
俺一人だけが、廊下の長椅子へ取り残されている。
「遅くないか……?」
教官室の向こうから、何人もの試験官が話し合う気配がする。
細かい言葉までは聞こえない。
ただ。
「……筆記は満点……」
「……体力も上位……」
「……実技でも術式評価Cを……」
「だが《障壁》が……」
ところどころ。
嫌な単語だけ聞こえてくる。
「めちゃくちゃ揉めてるじゃないか……」
筆記は悪くなかった。
体力試験も。
実技も勝った。
最後の術式検査だけは――。
思い出したくない。
『一体何を修行してきたんですか?』
『俺自身を鍛えてました』
……うん。
客観的に見れば意味不明だ。
でも事実だ。
しばらくして。
ガチャ。
教官室の扉が開いた。
「ロイ・フェルドさん」
「はい!」
「中へどうぞ」
来た。
俺は深く息を吸い、立ち上がった。
◇
教官室には、五人ほどの試験官が並んでいた。
中央の白髪交じりの男が、俺の成績表を持っている。
「ロイ・フェルド君」
「はい」
「ずいぶん待たせてしまったね」
「本当に長かったです」
「そこは『滅相もございません』とでも言っておいた方が心証はいいぞ」
「あ、滅相もございません」
「もう遅い」
試験官たちから小さな笑いが漏れた。
少しだけ空気が和らぐ。
男は咳払いした。
「単刀直入に伝えよう」
心臓が跳ねる。
「君は――合格だ」
「…………」
一瞬。
意味が頭に入ってこなかった。
「……合格?」
「ああ」
「俺が冒険者に?」
「そのための試験を受けたんだろう」
「本当に?」
「ここには君しかいない」
「…………」
ようやく。
実感が押し寄せてきた。
三年前。
適性盤の前で《障壁》を出した。
硬貨一枚。
術式評価E。
リンを王都へ送り出した。
山へ籠もった。
走った。
殴られた。
泥まみれになった。
ギルドで働いた。
三年間。
ようやく。
「……よっしゃ」
小さく声が漏れた。
拳を握る。
リン。
俺もようやく。
お前のいる場所へ向かうためのスタートラインに立ったぞ。
「ただし」
「はい?」
嫌な言葉だった。
試験官が一枚の書類を机へ置く。
「冒険者ランクはEだ」
「…………」
書類を見る。
確かに書いてある。
冒険者ランク――E。
「……E?」
「Eだ」
「筆記は?」
「満点」
「実技は?」
「合格基準を大幅に超えている」
「体力は?」
「受験者の中でも上位だ」
「じゃあなんでEなんですか!?」
「そこなんだよ」
試験官たちが揃って微妙な顔をした。
中央の男が成績表を指で叩く。
「君は非常に評価しづらい」
「そんなに?」
「こんな受験者は初めてだ」
別の試験官が口を開く。
「筆記は満点。今年度は単純な暗記問題を減らし、現場判断を重視した問題構成だった」
「そうだったんですか」
「教本を丸暗記しただけでは解けない。それを君は高い水準で回答している」
三年間。
ギルドでやってきたことだ。
「実技も同じだ」
別の試験官が続ける。
「術式評価Cの《雷矢》使いを相手に、君は術式を一度も使わず勝利した」
「あいつ、撃つ前の動きが分かりやすすぎたので」
「それを十八歳の新人が普通に言うから困っているんだ」
「はあ」
「身体能力、観察力、魔物知識、危険判断。どれを見てもE級の水準ではない」
「じゃあ――」
「だが」
成績表がめくられた。
そこにあるのは。
《障壁》。
術式評価E。
展開枚数、一枚。
最大面積、硬貨大。
持続時間、五秒。
「…………」
「術式だけを評価するなら、文句なしにEだ」
「言い方ってもんがあるでしょう!」
「事実だからね」
何も言い返せない。
「そして君の戦い方は、あまりにも危うい」
男の表情が真面目になる。
「わずか数ミリ判断を誤れば致命傷になりかねない一点防御。加えて、正式な冒険者としての実績はまだ一つもない」
「……はい」
「だから、実績のない君を最初から上位ランクで登録することはできない」
そこは。
納得できた。
サイのおっちゃんにも、何度も言われている。
「ただし」
中央の男が、一通の封筒を持ち上げた。
見覚えがある。
サイのおっちゃんの推薦状。
「この推薦状も判断材料になった」
「おっちゃんの?」
「サイは元A級として十分な実績を残した冒険者だ。引退後は新人育成も任されている」
男は少し笑う。
「だが、他人の推薦状を書くことは滅多にない」
「そうなんですか?」
「君は知らなかったのか」
「何も聞いてません」
「いかにも彼らしいな」
推薦状が開かれる。
「『術式の額面だけで切り捨てるな。実戦を見ろ』」
「おっちゃん……」
「ずいぶん簡潔だ」
「本人らしいです」
「続きがある」
試験官の口元がわずかに緩んだ。
「『三年間鍛えた。死なない程度には仕上げた。あとは本人にやらせろ』」
「……雑だな!」
でも。
胸の奥が熱くなる。
「以上を総合して」
試験官は姿勢を正した。
「ロイ・フェルド。君を正式にE級冒険者として登録する」
机の上へ、小さな金属製の冒険者証が置かれた。
俺はそれを手に取った。
名前。
ロイ・フェルド。
術式。
《障壁》。
ランク。
E。
三年前と同じ。
一番下の文字。
でも。
意味はまったく違った。
三年前のEは。
お前には無理だ。
そう言われたように感じた。
今日のEは違う。
ここから始めろ。
そう書いてあるように見えた。
「合格、おめでとう」
「……ありがとうございます!」
冒険者証を強く握る。
ようやく辿り着いた。
ここが。
俺の本当のスタートラインだ。
リン。
三年前の約束。
まだ覚えてるよな。
「待ってろよ」
小さく呟く。
「俺も、すぐにお前のいる場所まで追いついてやるからな」




