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第33話 剣聖が断ること

リンが王都の育成機関へ呼ばれた。


 朝から何度も使いが来るので、とうとう俺とエステルも顔を出すことにした。ダリオは「俺が行けば早い」と言ったが、リンが首を横に振った。


「自分で話します」


 門をくぐると、訓練場から木剣のぶつかる音が聞こえた。俺はリンから最初に届いた手紙を思い出す。剣を振りすぎて両手に豆ができ、先生に叱られたと書いてあった。


 今のリンは、ダリオと向かい合っていた。


「左はまだ使わないでください」


「分かってるよ」


「街道で荷車の綱を引いてた」


「見られてたか」


 ダリオが右手で木剣を構える。リンの剣も木製だ。


 合図はなかった。ダリオが一歩踏み込む。リンは受けずに横へ抜け、剣の柄を彼の手首へ近づけた。


 ダリオが身を引く。


「速いな」


「師匠が、正面で待つなって」


「お前、俺の言ったことだけ覚えてるな」


 二度目の踏み込みで、ダリオはわざと足を滑らせた。リンの剣が彼の肩へ向かったところで、見学していた教官が薄い木片を横から投げた。俺が立つ見学席の手前へ、ひらひらと飛んでくる。


 リンはダリオから離れ、木片を剣の腹で落とした。


「俺なら今、打てたぞ」


 ダリオが言う。


「その木片、ロイの方へ飛んでたから」


「俺なら避けられた」


 口を挟むと、リンが振り向いた。


「知ってる。でも、選ぶのは私」


 何も言い返せない。


 ダリオは木剣を下ろし、教官と顔を見合わせた。


「見たか」


「ええ。模範試合にも十分です」


 教官が訓練場へ入ってきた。


「明日の公開演武で、今の動きを見せてほしい。西から来た避難者にも、王都には《剣聖》がいると分かる」


 リンの指が木剣の柄を握り直す。


「明日は、仮設街区の巡回に入る約束をしています」


「代わりは出せる」


「公開演武にも、代わりは出せませんか」


 教官の表情が固まった。


「君の術式を見せることに意味がある」


「私が剣を使うのは、人を安心させるための見世物だからですか」


 強い言葉だった。リン自身も気づいたのか、息を一つ置く。


「すみません。演武を否定したいわけじゃありません。ただ、今の私には約束している場所があります。明日はそちらへ行きます」


 教官はダリオを見た。ダリオは肩をすくめる。


「俺が命じても、行かねえと思いますよ」


「師匠も明日の巡回を断ったら?」


 リンが返す。ダリオは苦笑した。


「俺は腕がこれだからな。見回りの順路くらいは組む」


「頼みます」


 教官はなお言いたそうだったが、リンの名前が書かれた紙を折った。


「後日、もう一度相談する」


「その時は聞きます」


 断ったのは明日の一回だけ。リンは相手を敵にしなかった。


     ◇


 帰り道、ダリオがリンを呼び止めた。


「さっきの木片な」


「あれはずるいです」


「稽古だからずるくした。それより、公開演武の話が出るのは知ってた」


 リンが足を止める。


「どうして教えてくれなかったんですか」


「お前が俺の答えを待つと思った」


「また、私の代わりに決めるつもりだった?」


「逆だ。決めないつもりで黙った。でも、それも俺の勝手だな」


 ダリオが吊った左腕を見た。


「訓練中、俺は何度も言った。《剣聖》なら先に動け、迷うなって。剣の稽古としては役に立った。でも、みんなの期待にも応えろと俺が言ったせいで、お前は演武を断りにくくなった。悪かった」


 リンはすぐには答えなかった。


「先に動けって教わったから、村でニナのところへ行けたんです」


「ああ」


「でも、行ったのは私です。失敗した時まで師匠のせいにはできない」


「そうだな」


 師弟の間で、答えがそこで止まる。仲直りのために全部を言い切る必要はなかった。


 エステルが俺の横で、木片の話を思い出したように眉を上げる。


「ロイへ飛んだの、最初から見てた?」


「途中で気づいた。ダリオばかり見てたら、先にリンが動いた」


「私なら火で燃やせたわ」


「俺も避けられた」


「二人とも、私が落としたのが嫌なの?」


 リンが振り向く。


「そうじゃない」


 俺とエステルの声が重なった。


 リンは少し得意そうに笑い、木剣を肩へ掛けた。


「じゃあ、明日の巡回も一緒に来て。二人とも何ができるか、そこで聞くから」


 俺は脇腹を押さえながら頷く。


 最初の手紙には、先生に怒られた話があった。今、俺の隣を歩くリンは、先生へ自分の言葉で断った。その声を、初めてちゃんと聞けた気がした。

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