第32話 預ける相手
翌朝、ギルドの階段を上がる前に、俺は革袋の結び目を確かめた。
「四回目」
エステルが言う。
「昨日から数えてるのか」
「今朝からよ」
隣でリンが吹き出した。彼女は育成機関へ顔を出してきたばかりで、いつもの旅装に戻っている。
「緊張してるなら、私も一緒に入る」
「もう三人で来てるだろ」
「それを聞きたかった」
リンが先に扉を開けた。
◇
王都ギルド長の部屋には、剣も飾りもなかった。机の上に、西の街道から届いた地図が広げてある。
ギルド長はヴァルクと名乗った。白髪交じりの男で、俺たちが座るより先に立ち上がる。
「ロイ・フェルドだな」
「はい」
「村からの知らせは受けた。怪我人を連れてここまで来たそうだな。座ってくれ」
「渡すものがあります」
椅子へ向かう前に、俺は革袋を机へ置いた。
ヴァルクは手を伸ばしかけ、俺の顔を見て止める。
「まだ開けない方がいいか」
「……俺が開けます」
結び目をほどく。布に包んだ欠片は、村を出た時と同じように冷たい。
俺が包みを開くと、ヴァルクの眉が動いた。
「形は、聞いていたものと合う」
「知ってるんですか」
「見たのは初めてだ。村のギルド長から、ずいぶん前に知らせを受けている」
ヴァルクは、欠けた縁へ指を近づけた。触れずに止める。
「ロイの父親から預かった黒い金属片がある。必要になったら王都へ届ける、と」
「何の欠片かは」
「知らない。古いものだとは聞いた。どこで手に入れたかも、知らせにはなかった」
期待が少し膨らみ、すぐしぼんだ。
父ちゃんの名前を知る人なら、全部説明してくれると思っていたのかもしれない。
「父に会ったことは?」
「一度だけ。十年以上前、依頼の帰りにこの部屋へ来た」
ヴァルクは俺を見た。
「その時、息子の話をした。よく盾の英雄の話をせがまれる、と」
俺は欠片から目を離した。父ちゃんが他人に俺の話をしていた。その事実が、予想外のところから胸へ来た。
「父は、これの話もしたんですか」
「いや。少なくとも私にはしていない」
ヴァルクはごまかさなかった。
俺は包みを閉じる。机の向こうへ押す前に、言っておきたいことがあった。
「村のギルド長が、直接あなたに渡せと言いました。調べるために預けるのは分かります。でも、何か分かったら俺にも聞かせてください」
「当然だ」
「俺がいない所で、これを別の人へ渡さないでほしい」
ヴァルクはすぐに頷かなかった。
「調べる者の手に渡さずには済まない」
「立ち会わせてください。無理なら、誰がいつ見たか残してほしい」
エステルが少しだけこちらを見た。リンは黙ったまま、俺の返事を待っている。
「調査を止めたいわけじゃありません。村でこれに触れた後、俺は――」
マレナへ向いた黒い円盤を思い出す。
「自分で何をしたか、知っておく必要がある」
ヴァルクは頷いた。
「封印箱に収め、調査の記録を残す。開く時は事前に知らせる。危険がなければ立会いも認めよう」
「危険がある時は?」
「その理由も知らせる。黙って持ち出すことはしない」
そこで初めて、俺は包みを机の中央へ動かした。
ヴァルクは布ごと欠片を木の箱へ収め、蓋に封をした。箱には俺と彼の名前を書いた紙を添える。どちらか一人が開いたら分かるよう、封の端を二人で押さえた。
「受け取りの控えだ」
渡された紙には、預けた日時と、欠片が布に包まれていることだけが書かれていた。正体の欄は空白だ。
俺はそれを畳んで、空になった革袋へ入れた。
「ほかに、聞きたいことはあるか」
「村のギルド長のことを」
ヴァルクの顔が少し険しくなる。
「安否は、こちらでもまだ分からない。現場へ向かう隊には捜索を頼んだ。生きていると言える材料も、亡くなったと言える材料もない」
俺は頷いた。サイのおっちゃんから聞いたのと同じだ。聞きたくない答えではあるが、今ある答えはそれしかない。
「西の森の魔物と、これの関係は?」
「今は判断できない。君の報告だけで結ぶのは早い」
「俺も、そう思います」
「だが、同じ時に起きたことは調べる」
ヴァルクは机の地図を畳み、引き出しから古い資料の目録を取り出した。
「金属の手がかりは、物そのものだけとは限らない。昔の記録に同じ形が残っていないか、別に探してみる」
俺が立ち上がると、エステルが報告書の控えを机へ置いた。
「私も見た事実を追加します。ロイの記憶だけで判断しないでください」
「助かる」
リンが俺の空の革袋を見た。
「軽くなった?」
「重さは、最初から大したことなかった」
廊下へ出てから、袋を腰へ結び直す。
父ちゃんの欠片は手を離れた。それでも、俺が確かめるべきことまで誰かへ渡したわけじゃない。




