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第18話 守れなかったもの

「待てよ!」


 ギルド長は、もう背を向けていた。


 嫌な予感がした。


「……あんたは?」


「俺か?」


 足を止め、肩越しに振り返る。


「ここに残る」


「…………は?」


「最後尾は俺が見る」


「何言ってんだよ!」


 駆け寄って腕を掴む。


「外には魔物がいるんだぞ! いくらあんたでも、一人じゃ――」


「舐めんなよ、坊主」


「…………」


 ギルド長が笑った。


「これでも昔はA級まで上がった冒険者だ」


「え……?」


 知らなかった。


「俺の《震撃》も、術式評価はAだ」


 ギルド長は、すぐそばに立てかけてあった武器を手に取った。


 長い柄。

 先端には、大きな斧刃と槍の穂先。


 大斧槍。


 その石突きを、ズンッ、と地面へ突き立てる。


 ドン――!


「っ!?」


 足元が揺れた。


 少し離れた場所で、土と小石が跳ね上がる。


「群れ相手なら」


 ギルド長が大斧槍を肩へ担ぐ。


「こういう術式の方が都合がいい」


「でも……!」


「住民が逃げ切るまでだ」


 笑みが消える。


「それくらいの時間なら稼いでみせる」


「無理だ!」


「ロイ」


「無理だって言ってるだろ!」


 拳を握る。


「一緒に逃げればいいだろ!」


「誰かが最後に残らなきゃならねえ」


「だったら俺も残る!」


「お前には別の仕事がある」


「…………」


 ギルド長の視線が、俺の手へ落ちる。


 黒い欠片。


「それを王都まで運べ」


「だからって!」


「坊主」


 肩へ、大きな手が置かれた。


「生きろ」


「…………」


「それが今のお前の仕事だ」


 何も言い返せなかった。


「さっさと行け」


「…………」


「行け!」


「っ……!」


 俺は走った。


「くそっ……!」


 何なんだよ、これ。


「うわぁぁぁぁぁっ!」


 走る。


 逃げる。


 ギルド長を置いて。


 俺だけ。


「くそ……くそっ……!」


 また、誰かを置いて俺だけ逃げる。


 助けられない。


 守れない。


「…………」


 ドクン。


 胸の奥が脈打つ。


 力があれば。


 もっと俺に力があれば。


 全部、守れた。


 ギルド長も。


 村のみんなも。


 サイのおっちゃんだって。


 ドクン。


 熱い。


 腹の奥から。


 黒い何かがどろどろと湧き上がってくる。


 邪魔だ。


 俺から大事なものを奪うものが。


 全部、邪魔だ。


 だったら――。


「ロイ!」


「…………っ!」


 エステルの声。


 我に返る。


「ロイ、大丈夫!?」


「…………」


 何を考えてた?


 今、俺は。


「……あ、ああ」


 本当に?


 分からない。


 でも今は、それどころじゃない。


「エステル」


「何?」


「ギルドだ」


 空を見る。


 光は、さらに強くなっている。


「まず、あれをどうにかしないと」


「…………」


 俺は硬貨一枚分の《障壁》を出した。


 透明な円盤。


 三年間。


 何度も俺を守ってくれたもの。


「なあ」


「何よ」


「あれ」


 空に集まった巨大な光を指差す。


「俺の《障壁》で……防げると思うか?」


「…………」


 エステルは冗談を言わなかった。


 しばらく光を見つめて。


 首を横に振る。


「無理よ」


「…………」


「あんな遠くから見ても、あれだけ大きいのよ」


 静かな声だった。


「私の《星墜灼光》とは、範囲も威力も比べものにならない」


「……そうか」


「障壁そのものが耐えたとしても」


 エステルが俺を見る。


「あんたの身体が保たない」


「…………」


 分かってる。


 キングオークの斧ですら。


 障壁は無傷だったのに。


 俺は吹き飛ばされた。


 あれを。


 硬貨一枚で。


「……くそ」


 光が、さらに眩しくなった。


     ◇


 俺は避難する人の流れへ合流した。


「ギルドのみんなは!?」


 近くで誘導していた冒険者へ叫ぶ。


「ああ! 職員は先に避難したってよ! 住民もかなり東街道へ抜けた!」


「……そうか」


 思わず息が漏れた。


「よかった……」


「ああ。本当にな」


 冒険者も、空を見ながら笑った。


「早くこんなの終わってほしいぜ」


「…………」


「俺にも家で待ってる女房がいるんだ。こんなとこで死んだなんて知られたら、化けて出てもぶん殴られる」


「……怖い奥さんだな」


「最高の嫁だよ」


「なら」


 俺も少しだけ笑った。


「絶対に生きて帰らないとな」


「ああ。お互いにな」


 早く、日常に戻りたい。


 くだらないことで笑って。


 飯を食って。


 明日の依頼を考えて。


 そんな当たり前の毎日に。


 俺は冒険者へ背を向けた。


 急ごう。


 避難が進んでいるなら。


 もしかしたら。


 ギルド長だって逃げる時間を作れるかもしれない。


 そう思った。


 次の瞬間だった。


「――――」


 音が。


 消えた。


「…………?」


 色まで。


 なくなったような気がした。


 何も。


 分からなかった。


     ◇


「……っ」


 気づいたとき。


 俺は泥の中に倒れていた。


「ごほっ……ごほっ……!」


 息を吸う。


「何……が……」


 耳鳴り。


 身体中が痛い。


 何が起きた?


 ゆっくり身体を起こす。


 そして。


 後ろを見る。


「…………」


 地面が。


 なくなっていた。


「……は?」


 さっきまで冒険者が立っていた場所。


 ギルドへ続いていた道。


 並んでいた家。


 全部。


 まとめて巨大な穴へ変わっている。


「…………」


 あいつは?


『俺にも家で待ってる女房がいるんだ』


「…………」


 探す。


 でも。


 どこにもいない。


「嘘だろ……」


 それより。


 この範囲。


「まだ……避難、終わってなかったよな……?」


 少しずつ音が戻ってくる。


「お母さぁん!」


「…………!」


「お母さん! どこぉ!?」


 小さな子供が泣いていた。


「誰か手を貸してくれ!」


「治療できる奴はいないか!」


「こっちだ! 瓦礫の下に人がいる!」


 悲鳴。


 泣き声。


 怒鳴り声。


 ほんの一瞬で。


 見慣れた村が変わっていた。


「ロイ!」


「…………」


「ロイ!」


 肩を掴まれる。


「……エステル?」


「あんた、まだこんなところにいたの!?」


「俺……」


 どのくらい気を失っていた?


「エステルは……?」


「避難の手伝いよ」


 エステルは肩で息をしていた。


 服も顔も、泥と埃で汚れている。


「強い方が、弱い方を守る。当然でしょ」


 そう言って、空を見る。


「それが私の流儀よ」


「…………」


「村のみんなは?」


 聞く。


「みんな……逃げ切れたのか?」


「…………」


 エステルが答えない。


「おい」


「途中までは順調だった」


「途中?」


「あれが撃ってきたのよ」


 拳が小さく震えている。


「私たち、ギルドを狙ってると思ってた」


「…………」


「でも」


 エステルが周囲を見る。


「まさか、ここまで広いなんて思わなかった」


「それで……」


 喉が張りつく。


「ギルド長は?」


「分からない」


「……分からない?」


「攻撃の直前まで、村の外側で魔物を止めてた」


「…………」


「でも、その後は誰も姿を見てない」


「…………」


「サイたちとも、まだ連絡が取れてない」


「村のみんなは?」


「ロイ」


「何人やられた?」


「…………」


「答えてくれ」


 エステルが苦しそうに首を振った。


「まだ分からない」


「…………」


「点呼なんて取れる状態じゃないの。ただ……」


 遠くから、また誰かの泣き声。


「逃げ切れてない人が、大勢いる」


「…………」


 拳を握る。


「……くそ」


 爪が掌へ食い込む。


「くそっ……!」


 そのとき。


 シャァァァァァァァ――。


「…………?」


 頭上。


 嫌な音。


 ゆっくり顔を上げる。


 空の亀裂。


 向こう側にいる、あの何か。


「…………」


 さっきまで。


 あれから感じていたのは怒りだった。


 こちら側へ来られないことへの。


 何かに阻まれていることへの怒り。


 でも。


 今は違う。


「……なんだよ」


 黒い穴の奥。


 姿なんて、まだ見えない。


 なのに。


 なぜか分かった。


「あいつ……」


 笑った?


 ぞくっ。


 背筋が凍った。


 その瞬間。


 俺が握っていた革袋の中で。


 カチン。


「…………!」


 何かが動いた。


 慌てて袋を開く。


 父ちゃんがギルド長に預けていた、あの黒い欠片。


 その表面に。


 さっきまではなかった細い光が走っている。


「……何なんだよ」


 ギルド。


 怪物。


 父ちゃん。


 《障壁》。


 何が、繋がってる?


 空を見る。


 あの何かは。


 壊れた村を見下ろしながら。


 まだ。


 笑っているように見えた。

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