『足跡』
「なんすかそれ。DVとか監禁とか、そー言うヤバい話なら全然知らんですわ」
静が眉を顰め、不審も顕に口にする。その姿を見て慌てた様子で、小理が両手を振って否定を示す。
「いやいや、そういう話じゃないっすけど…説明がちょっとムズいんすよね…えーと」
口籠るその姿を見て、抄帷が半歩前に出る。開こうとした口はしかし、静の手に制されて再び結ばれる。抄帷が目線だけを静へ。静は小理に気付かれない様、一瞬だけ首を横に振った。
「要領得ねーなぁ。特にないんなら、もう行っても良いすか?」
怪訝は声色にも滲んでいた。更に慌てふためく小理を前に、抄帷がピンと来た様に口を開いた。
「ねぇ、花蕗君」
「あぁ?」
耳に馴染まない呼び方に、静が抄帷を見やる。
「もしかしてあれじゃない?ほら、クラスで騒ぎになってた…」
「——!」
一瞬だけ口角を上げ、直ぐにまた怪訝な表情を作り直し、静が手を振る。
「あぁーなんかあったな、変な噂」
「ちょ、その噂って!詳しく教えていただきたいっす!」
静の瞳が鋭く光る。
「いや、ただの学生の噂ですよ。何でそんながっついてんすか。オメーも要らねぇ事言うなよ」
静の言葉に、抄帷が小首を傾げてみせる。
「でも、この人困ってるみたいだし、話聞いてあげるくらい良いんじゃない?」
「そっすよ!彼女さんの言う通りっす!」
静が腕を組み、唸る。そして数秒の間を置き。
「まぁ、そこまで言うなら話くらいは……」
「そうっすよ!そうこなっくっちゃ!」
「但し!何もメリット無しってのは気に入らねーな」
「んぐ。い、一応謝礼なら少ないすけど…」
財布を取り出し、中身を薄目で探る小理の動作を、静が嗜める。
「別に金なんかいらねーですよ。その代わり、その行方不明の話、ちっと聞かせて下さいよ」
「え」
小理の顔が引き攣る。その動揺に畳み掛ける様に、言葉を重ねられる。
「身近でそんな事件が起きてるってんなら、興味も沸くしね。銭払うより、安いもんじゃないですか?」
動揺は明らかだった。そこに追い打ちをかける様に、抄帷が声を挙げる。
「確かにそうだね。もし教えてもらえるなら、私達も喜んでお話しできるよね」
苦悶に満ちた表情。葛藤も暫し、やがて観念した様に項垂れる。
「わ、わかったっす…お話しますんで、ご協力願いたいっす…」
「承知いたして。と、その前に飲み物買ってきても良いですかい?」
自販機を指差して尋ねる静に応える声は、明らかな疲弊の色を帯びていた。
「勿論す……」
「んじゃ、ちょいと失礼。ほら、行こうぜ」
顎で促され、抄帷も後に続く。
小理との距離が離れたタイミングで、静がニヤリと笑った。
「やるじゃねーかヘッドライナー。併せに来るとは思わなかったぜ」
対する抄帷に、表情の起伏はなかった。
「…シラを切った時点で、なんとなくやろうとしていることがわかったので。……全部演技ですか?」
「そらそーよ」
不審も、苛立ちも。その全てが演技と言い切るその姿に、抄帷は少なからず驚嘆の意を抱いていた。
「遠野さんが二枚舌と呼んでいた理由がわかりました」
「そいつは結構。結構ついでに、もう少しお付き合い願うぜ」
「この後はどうするんですか」
自販機に辿り着き、小銭を入れながら視線を後方…小理へと向ける。それに倣いながら、抄帷が耳打ちをする。
「あちらさんがどの程度情報持ってるか探る。で、役に立ちそうなもんは根こそぎ掻っ攫っちまおうぜ」
「…素直に痣の話をして、助力を請うと言うのは?」
「悪かねーけどな。あちらさんが痣と行方不明事件をどこまで紐づけてるかも謎だし、今じゃねーな」
水を三本買い込み、その内一本を抄帷に手渡しながら、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「っつー訳でもうちょい名演頼むぜクールビューティー。しっかり〝彼女さん〟やってくれよ」
「……承知しました、〝彼氏〟さん」
——————
「あぁ、すみませんっす」
静から手渡された水を受け取りながら、小理がぺこぺこと頭を下げる。
「気にせんでくださいな」
そんな二人のやり取りを見ながら、抄帷は十数秒前のやり取りを思い返しながら、舌を巻いた。
『飴と鞭とまでは言わねーけど。警戒されてて良い事ぁねぇからな。テコ入れだよテコ入れ』
——たらしとは、こう言う人の事を言うのだろうか。
「んで、痣がなんでしたっけ?」
ぼんやりと思考を巡らせる抄帷を他所に、静が本題を促す。
「あぁ、そっすよね。すいませんっす、えっと……」
詰まりがちな言葉を挟んで、呼吸を一つ整えて。一つ調子を落とした声色で先を続けた。
「その前に確認っすけど…行方不明の話って、身近でどんな感じすか?結構話題なってるすか?」
「又聞きの又聞きって感じで、詳しい話はなーんも。ただ、なんか近場でそういう事があったー、程度は耳にしたかな」
「あ、ちっと待って下さい」
話の途中、小理がメモ帳を取り出し、日付と話の内容を走り書きする。
「おぉ、探偵っぽい」
「探偵なんすよ、実は」
ペンを走らせる手を止め、小理が再び口を開く。
「じゃあ、居なくなった方らについては直接面識あるとかはないんすね?お友達の中にも、なんか知ってそうな子、いたりもしないっすか」
静の眉が一瞬だけ、ピクリと動く。微細なその挙動に小理は気付かない。
「全然すねー。絡みの有る連中がー、って話ならいくらなんでももうちょい話題になってんじゃねーすか?」
意識がメモを取る事に向けられる、その瞬間を狙いすまして、抄帷が言葉を挟み込む。
「え、もしかして行方不明って一人じゃないんですか」
手が止まり、がばっと顔を上げる。その表情は言葉よりも雄弁に、彼女の内心を表していた。
「いや、えっと、な、なんでっすか」
「明智さん、方〝ら〟って仰っていたので。違うんですか?」
「いやぁ…!」
苦悶に顔を歪める。だが、やがて観念した様に大きく息を一つ挟んで、本題を切り出した。
「…そっす。ここ三ヶ月位の間に三人、女子高生ばかりが行方を眩ませてるす」
「ははぁ、そいつぁ物騒な偶然もあるもんですなぁ」
「……ここだけの話なんすけど、こいつがどうも偶然じゃない可能性がありましてね」
「更に物騒じゃあないすか。どう言う事です?」
「この三人、実の所失踪じゃなくて誘拐事件っぽいんすよね」
一度堰を切った言葉はやや軽さを帯びていた。ここがチャンスと踏んだ抄帷が質問を被せる。
「それは本当に怖いですね。でも、そんな大事ならもっとニュースで騒いでいそうですけど」
小理が軽く首を振る。
「それぞれの子らに関連がないんすよ。挙句証拠もないもんで、警察は一連の事件を誘拐だって断定できてないんす」
「それを独自に突き止めてるっつーんすか。すげぇな、探偵」
「いやぁぁ、それほどでもないっすよ!」
満更でもない様子で頭を掻く小理を他所に、問いを投げた当人…静の疑念は別のところにあった。
——痣の話を持ち出したって事ぁ、それが失踪と何かしら関係あるって踏んでるのは間違いねー。ただ、オカルト地味た根拠を取っ掛かりにしてるにしちゃ、えらく断定的な物言いしやがる。
同じ疑念を、抄帷もまた抱いていた。
——警察が確たる証拠を挙げられていないという話を鵜呑みにするとして、民間の探偵がそう容易く事件の概要を特定できる決定打を見つけられるとは思えない。
異なる経路を辿った二人の思考が、同じ着地点へと向かう。
——それぞれの失踪者に関連が無いと明言していたにも関わらず、彼女は一貫してそれらを同列なものとして語っている。
——終いにゃ、今の『一連の』って纏め方。要するに、こちらの探偵様の中じゃ三つの事件は明らかに繋がってるって訳だ。
「けど、その誘拐…かもしれない事件と、鎖の痣がどう言う関係があるんですか」
質問に、小理は難しそうに顔を顰める。
「…詳しくはお伝えできないっすけど、その痣ってのが重要な証拠ってのは間違い無いんすよ。だからこーやって、必死に聞き込みしてるんす」
静と抄帷が目を見合わせる。
さて、どーすっかな。
静が思考を巡らせる。
——こちらの探偵様が、俺らの知らねー何かを掴んでるってのはほぼ確。こっちの身の上隠し仰たまんま情報だけ攫うってのは虫が良すぎるか……。ただ……
懸念。それは探偵・明智小理がどういった立場で痣の調査をしているのかが不透明な事だった。
〝痣が重要な証拠〟という字面だけでは、それが被害者の共通項なのか、加害者の痕跡としてなのかが判然としない。前者であるならば、両手を挙げて協力を願い出るところだが、問題は、仮に後者であった場合。
——わかんねー事だらけの今の状況で、不用意にお嬢さんの立場を悪くしてやりたかねーけど……
「んじゃ、本題っす。お二人が耳にしたっていう痣の噂、聞かせてもらうっすよ」
問い掛けに、次の一手を打つため静が口を開いたその時。
「!」
静のスマートフォンが、着信を知らせる電子音を響かせた。
「…出ても構わねーですかい?」
伺いを立てる静。
「勿論っす!どうぞどうぞ」
「すいませんね」
言って、数歩程二人から距離を取ってから、静がスマートフォンの画面を確認する。表示された名を見て、静がにやりと笑みを浮かべる。
『デート中にお邪魔するよ。調子はどうだい、トラブルシューター』
電話越し飛び込んできたのは、声色だけでも面白がっている様子がありありと伝わる、遠野の声だった。
「あー、今ちょいとばっかし難所に差し掛かっててよ。中々歯応えある展開で、目ぇ回してるとこだよ」
『なるほど?本当に忙しい様なら後にするけど』
「いや?悪く無いタイミングだったぜ、ライフセーバー」
——話の流れ的に、お嬢さんを連れ出して方針決めてる余裕はねぇ。頭ぁ回すにゃ丁度いい時間稼ぎだ。
『おや、役に立てたなら何よりだ。なら、お言葉に甘えて要件を続けても?』
「構わねーですわよ名探偵。欲掻くんなら、もう一丁役立つ情報回してくれりゃこの上ねーけど」
『お眼鏡にかなうといいけどね』
そこで一呼吸の沈黙を挟み、遠野が口を開く。
『一箇所特定出来たよ』
「何を」
『失踪者が行方を眩ませた現場、だよ』
「あぁ?」
静が思わず声を張る。しまった、と。咄嗟に後方に位置する小理の様子を盗み見る。幸い抄帷が彼女の意識を逸らしていたらしく、こちらを気にしている様子は見受けられなかった。
胸を撫で下ろしつつ、声の調子を落とす。
「お前、んなもんどーやって探ったんだよ」
『そこは悪いけど企業秘密だ。けど、信憑性は担保してるから安心しなよ』
「……まぁ、そう言うんなら深掘りゃしねーけどよ。しご出来が過ぎんだろ、てめー」
『お褒めに預かり光栄至極だね』
あっさりと言ってのける遠野に向け、心底からの感服の念を込めながら。静が核心を問い掛ける。
「んで、場所はどこなんだよ。俺らに縁のあるところか?」
『縁あるどころか、死ぬ程近所だよ』
「あんだって?」
『駅前通りに、元ゲーセンだった商業ビルあるだろ?』
静が脳裏に、良く知る立地を思い描きながら、肯定の言葉を口にする。
「……あー、あそこの馬鹿でか廃墟みたいになってるとこか。わかるわかる…ってかマジ近場じゃねーかよ。ぽいっちゃぽいけど、マジであそこでか?」
『あぁ。一人目の失踪者の、確認出来る最後の足跡がアソコのビルの真ん前なんだよ』
——————
『当日の帰り道、彼女と連れ立ってた友人を特定してね。聞いたところじゃ、そのビルに差し掛かってふと気付いた時、彼女の姿が忽然と消えてしまったって事らしい』
「あんだそりゃ。神隠しみたいな話か?」
『聞く限りは遠からずって感じかな。目を離した一瞬で、お友達は彼女の姿を見失ったらしいからね』
「……眉唾くっせーけどなぁ」
『俺もそう思う。ただ、そのお友達が少し気になる事を言ってたもんでね』
「……気になる事?」
再び一拍、沈黙を経由して言葉が放たれる。
『彼女の姿を見失った直後、奇妙な音を聴いたらしいよ』
「……音?」
『金属の擦れ合う……太い鎖のじゃらつく様な音、だそうだよ』




