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『探偵・明智小理』

「悪いな。大丈夫だったかい、お友達」

 校門で合流した直後。静は軽く手を挙げ、謝罪の言葉を口にした。即座に抄帷が首を横に振る。

「はい。それにこれは、そもそも私の問題ですから」

「ま、それは違いねーけどよ。と、コレ」

 言葉を切って、静が抄帷へと腕を差し出す。携えられていたのは、赤白を基調にしたスカジャンだった。

「羽織っといて」

 余りの脈絡の無さに、抄帷がスカジャンと静とを交互に見やる。そんな彼女の困惑は意にも介さず、極短く静が要求する。

「急に何故」

「いーから、とりあえず」

 渋々スカジャンを受け取り、目の前で広げる。広げて、抄帷が目を丸くする。スカジャンの背面には、凶悪そうな面の金竜が全面に刺繍されていた。

 ——こんな派手な服誰が着るのだろう。間髪入れず、その誰かが己である事に思い至り、眉間に皺を寄せる。

 ちらと静の顔を盗み見る。その表情にふざけた様子は無く、至って真面目な顔をしていた。恐らくは何か意図があるのだろう。

 思った所で気乗りはせず。それでも促されるまま大人しく、渡されたスカジャンに袖を通す。

「ぶかぶか」

 着丈はそれほどでも無いが、袖丈がまるで合っていなかった。余った袖口をぱたぱたと振りながら呟く姿に、静が首を傾げる。

「あれ。中坊ん時のやつだからイケると思ったんだけどな。ま、ランウェイ歩く訳でもねーし、我慢してくれよ」

「…はぁ」

 結局意図はわからないまま。二人は校門を後にした。


「そういえば今日遠野さんは?」

 余った袖口が落ち着く術はないものかと、手元を弄りながら抄帷が尋ねる。

「別件。土産話は預かってるから、そいつを肴に今日は仲良く二人旅だな」

「土産話、ですか」

「そら、名探偵の調査結果よ」

「——もうなにかわかったんですか?」

 

 手を止めながら抄帷が驚きの声を挙げる。

 言葉に頷くと共に

 

「あぁ。しご出来ホームズに感謝だな。で、だ。聞いた話が少しばっかキナ臭くってよ」

静が表情を険しくする。

「……と、言うと?」

 いつもの不遜な笑みが形を潜めたその剣呑さに、思わず抄帷が声の調子を落として尋ねる。


「山火事じゃなくって放火だったんじゃねーのって話よ」


 例え話の真意を咄嗟に汲み取れず、抄帷が返答に詰まる。その様子を横目に、静は先を続ける。

「行方不明になった三人は全員女子高生。例のアカウントの持ち主も行方不明者でビンゴだ」

奇怪な痣という共通点を有した匿名者。それらが失踪者自身のアカウントであると言う前提に間違いがなかったと確認できた事。そんな理解の感情はしかし、新たに浮き彫りになった共通項に対する違和感によって、すぐに上書きされた。

「……女子高生ばかり、というのは、なんというか……」

「もうそれだけでキメェけどな。で、もう一つ。連中の通ってた学校だけどな、めちゃめちゃ近場だったぜ」

 女子高生。

 失踪。

 地域。

 点として既にあった幾つかの情報が繋がりを持ち始める体感に薄ら寒さを感じながらしかし、尋ねる言葉はひたすら実務的に。

「学校まで特定したんですか」

「手段は聞くなよ。俺も知らねーから」

 静が肩をすくめる。

「……近場というと具体的には?」

「鳳鳴と坂下」

 静の口から出たのは、抄帷自身も名前を知っている学校名。位置関係を頭の中に思い描きながら

「——鳳鳴」

再び耳にする事になったその名前に。抄帷が一瞬だけ肩を震わせる。

 なにか。身近に点在していた違和感が寄り集まり、正体のわからない代物——その輪郭を形作っていくような不気味さ。それは確かに、恐怖の感情だった。

「最寄駅一緒のご近所様だな。ただ、臭ぇのはこっからだ」

 静の表情は依然として険しかった。


「最初に行方がわからんくなったのが、坂下の子だったらしいんだけどよ。この子がどうも、失踪前にストーカー被害っぽいの受けてたらしいんだわ」

「——ストーカー……」

「あくまでそれっぽい、な。確証がある訳でもねーし、それ絡みの証拠も挙がってねぇ。憶測オブ憶測だよ」

 突如飛び出した、余りにも現実的で不穏な言葉。それを受けて僅か強張った少女を気遣った訳ではなかっただろうが、静が手を振って補足する。

「それでも事実——失踪直前、内輪連中にぽろっとぼやいてたのは確からしい。変な男に付き纏われてるかも、ってな」

 静はそこで一度言葉を切り。今までで最も低い声で言葉を。

「残りの二人に関して、それっぽい話はないらしい。そもそも憶測をそっくり持ち出してモノ考えるなんざナンセンスだけどよ……もし、火ぃ着けてる奴がマジで居るんなら、こいつは失踪なんかじゃなく——」

言葉尻の先を引き受けた抄帷の声。それもまた、やはり。

 

「——誘拐」

これまでで最も深く、沈んだものであった。


「…仮にそうだったとして、目的はなんなんでしょうか」

 悪意の介在。その気配を察して、声色には緊張が強く滲んでいた。

「そこら辺はご本人様に伺い立てないとなんともだな。ま、なんにせよ気分の悪い話だこって」

 伝播した強張りを解く様に、殊更戯けた口調で静は言う。それでも言葉の端々には、ひりつく刺々しさが含まれていた。

「遠野の話じゃ、行方不明になってるそれぞれに面識はなかったらしい。結局三人を直接結ぶ何かってのがある訳じゃねーし……念の為だけど、お嬢さんも全くだろ?」

「それは間違いなく」

「だよな」

 静は溜息混じりに吐き捨てる。

「女子高生ってだけじゃ共通点とは呼べねーよ。犯人様が何考えてるかはさっぱりだな」

 視線を外し、抄帷は顔を伏せる。

 自ら羽織った見慣れぬ上着。騒がしいその色味に目を細めながら、知らず口元はきつく結ばれていた。


 ——そもそもこれは自身の問題。


 つい今し方自らが口にした言葉が、重くのしかかる。息苦しさを振り払う様に口を開いては、言葉にならず噤む。

 やがて漏れ出た、悩み抜いた末の言葉は

「……花蕗さんは、どうされるおつもりなんですか?」

他人事の様なものだった。


 ——彼に判断を担わせるのは、そもそもお門違いだ。

 当然の理解。その上で、他の言葉を見つける事が抄帷は出来ずにいた。

 

 だが。そんな彼女の逡巡もどこ吹く風。

「そうなぁ。まぁ、やる事は基本変わんねーよ」

頬を掻きながら、静は極めて軽い口調で言い切った。

 

「……違和感を探す、ですか」

「それそれ」

 静が頷く。

「こいつが犯人ありきの誘拐事件なら、それこそ俺らの出る幕なんかあるわきゃねー。昨日も言ったけど適材適所だな」

「それは、確かにそうですね」

「けど、アドバンテージもある」

「?」

「アンタがいる」

 言葉の真意を測りかね、抄帷が静を見上げる。その視線を正面から見返しながら、抄帷を指差す。

「私、ですか?」

 刺した指を自身の額へと向けながら、挑発的な笑みを浮かべる。

「頭のお堅いお巡りさんが、誘拐の兆候は痣!だなんてオカルトでモノ考えねーだろ。そこだけは俺らが一歩先行ってるんだよ」

 言葉は至極最もだった。それでも、そうした思考を優位と捉える感性は、抄帷の中にはなかった。

「オカルト起点ってのはどうにも締まらねぇ。それでも、火種を抱え込んでるアンタ自身が俺らのジョーカーなんだよ」

 抄帷が目線を再び地面に落とす。盤面を覆すだけの何かなど、到底思い付かないと。思わず自嘲的な言葉が溢れる。

「……私自身が、犯人の仕掛けた爆弾みたいですね」

「はっ」

 静が口角を釣り上げ、笑う。

「面白い喩えだな。ほんじゃ精々、爆発させねーようにしないとな」


——————


「んじゃま、本腰入れるか」

 下校の時間にぶつかったのもあり、学生を含めた多くの人の姿で駅近は非常に賑わっていた。その中を歩きながら、静が問い掛ける。

「一応確認だけど、その痣は寝て起きたらもう付いてたって認識で良いんだよな?」

「はい。前日就寝前にはありませんでした」

「見落とした……って事はまずねーか。ちなみに寝てる間金縛りにあったとか、やたらと目が覚めたみたいな事は?」

「ありません。快眠でした」

「いや、睡眠の質は聞いてねぇ」

「あれ」

——————

「とりあえず、痣に気付いた前日一日を攫うか」

 軽く頭を掻きながら、静は視線を外し周囲を軽く見やる。歩いてる内にずれたスカジャンを着直しながら、抄帷が軽く天を仰ぐ。

「普段と違った事、ですよね」

「あぁ。何が手掛かりになるかわかんねーからな。ちっさい事でもなんでも、思い出せるだけ思い出してみようぜ」

「……ううぅん……」

頭を悩ませる抄帷。

「変わった事……変わった事……」

ぱっと顔をあげる。

 

「パン」

「ぱん?」

「いつもはウチ、お米なんですけど。その日はたまたま朝食がパンでした」

 静が眉間を押さえる。

「……」

「……関係ないですよね、すみません」

 沈黙を否定的に捉えた抄帷が、軽く頭を下げようとする。その動作を静が、眉間を押さえているのと逆の手で遮る。

 

「……いや、なんでもって言ったの俺だし……ちなみに何パン?」

「ハチャプリ」

「なんて?」


 ——————

「……よし、今のは俺が悪かった。パンから離れようぜ」

 ふぅ、と。息を吐いて、声色を上げる。

「はい」

「他はなんもなかったのかい。飯以外で」

「うーーーん……」

 抄帷が顎に指を添え、考える事暫し。

 

「あ」

ぱ、と顔を上げる。

「お、なんかあった?」

 眉間から指を離し、静が目線を抄帷へ戻す。

「派手な女の人がいました」

「派手な女?」

「はい。黒と金の髪色で、耳にたくさんピアス着けた女性です」

「……パンよりは大分それっぽいけど、どーだかな……その位の格好の奴、結構いるしなぁ」

 静が腕組みをして、頭を傾げる。その言葉に抄帷もまた首を傾げる。

「え、そうですか?珍しいと思いますけど」

「派手髪ピアスってだけだろ?俺もそうじゃん」

「はい」

「な、結構いるだろ」

「いませんよ、そんなに」

「え」

「え」


「……いやまぁいいや。じゃー、その女の人な。どこで見かけて、何してたかとかわかるか?」

「はい。見かけたのはちょうどこの辺りで、通行人に声掛けて回ってました」

 言葉に。静が歩みを止め、周囲を軽く見回す。

 駅周辺、商業施設近く。人の賑わいは未だ衰えず、活気に満ちていた。

「急にキナ臭くなるじゃん……ちなみに、時間帯は?」

「下校途中でしたから、時間も今くらいですね」

「歩きがてらに見かけただけだろ?なんで通行人に声掛けてるってわかるんだ?知合いとかじゃねーのか?」

「急に声掛けるなって怒鳴られてましたから」

「なにそれ辛」

 静が苦々しく顔を歪める。

「すごい謝ってましたよ。その方」

「えー、しんど」

「しんどいけど、『違和感っぽさ』は確かにあるな……な、その女の人のナリとかってもう少し詳しく思い出せるか?」

「んー、ええと」

 自らの頬を撫でながら、考え込む。ただ、その動作は長く続かなかった。

「あ」

抄帷が前方を手で指す。

「あの人ですね」

「んん?」


 手の向かう先へと視線を動かす。10m程離れた地点に、確かに。抄帷の言い表した特徴を満たす女性が立っていた。


 金髪のウルフカット。但し、生え際から耳の上程までは黒髪。両耳には大量のピアスが所狭しと付けられている。

 パンツスーツ姿とのミスマッチは確かに派手と言える出立であった。


「なるほどね。言わんとしてるトコは伝わったわ。…にしても、えらい見事なプリン頭だな」

「はい」

「けどあれは狙った派手さでもねーっつーか……ちょっと待て、今なんて」


「見掛けたの、あの人です」


 鋭く視線を、金髪の女性へと向ける。


「……そんな都合の良い話あるか?」

「……あったから、あるんじゃないですか」

「そら違いねぇ」

 道の只中で身を隠す方が余程不自然と判断した二人は、体の向きだけを僅かに逸らしながら、女性の挙動を観察する。

「……声掛けて回ってるな」

「……そうですね」

 

 怒鳴られる場面こそないが、明らかに初対面の通行人へと声を掛けては、短い会話を挟んで礼をし、その場を離れる。女性はその動作を、ひたすら繰り返していた。

「なんつーか……悪人ぽさはねーな」

「営業の人みたいな感じですね」

「物売りしてるだけならなんてこたねーけどな…流石にこっからじゃ、何話してるかまでわかんねーよなぁ……」

 雑踏の喧騒。その渦中から聞き取ることの出来ない会話内容を推察する術がないかと腕を組む静。そんな彼に、抄帷が耳打ちする。

「……どうします?話しかけてみます」

「馬鹿言えよ。アレがもし、誘拐かっこ仮に絡んでてみろ。飛んで火に入る、だろ」

 抄帷の視線が再び女性を捉える。相変わらず、通行人に声を掛けては頭を下げるを繰り返している。

「……絡んでます、かね……?」

「……いやまぁ、人は見掛けによらねーし」

 

 と。不意に女性の視線が静と抄帷へと向かう。


「!」


 間髪入れず、女性が歩き始める。その足は真っ直ぐ、静達へと向かっていた。

「……おいおい、こっち来んぞ」

「ど、どうします?」

「逃げ……るのも変か?やべぇ、マジで来た――」

 考えあぐねている間に、二人の正面まで辿り着いた女性が立ち止まり。

「あの、すいません!ちょっとよろしいっすか!」

がばっと頭を下げ、快活な声を挙げた。

 静と抄帷が顔を見合わせる。

 一瞬の間を置いて、静はさりげなく、親指で自身を指す。その動作を確認した抄帷は小さく頷く。

 聞こえない程度の小さな咳払いをしてから、静が口を開く。


「あーー、北口ならそっちの道奥入ってくと着きますよ」

「いえ、迷子ではないっす」

「……交番でしたらあちらの角ですね」

「だから迷子ではねぇっす」

 こほんと咳払いを挟んで、女性が胸元から名刺入れを取り出す。そこから二枚を手に取り、改めて姿勢を正す。

「や、違くて!自分怪しいものではなくてですね…と、こう言うものなんすけど」

言いながら名刺を二人それぞれに差し出す。

 これもまた、無理に受け取らない方が不自然と判断した静が渋々受け取る。抄帷も彼に倣った。


「阿島探偵事務所……明智さん、ですか」

 名刺に明記された名前を読み上げながら、女性へと視線を戻す。

「そうっす。明智小理あけちさりといいます」

 三白眼の風体は、その他の外見特徴と相まって、確かに派手な風体ではあった。ただ、底抜けに明るい声色と、柔らかい表情故、威圧感や嫌悪感の一切を伴っていなかった。

「すげー。めっちゃ探偵ぽい名前」

「よく言われるっす」

 朗らかに笑うその姿に、二人は毒気を抜かれた様な気分で、肩の力を抜いた。


「そんで、そんな探偵女史が何の御用で?」

「ええとすね、お兄さん学生さんすよね」

「そらまぁ、見ての通り」

「いえ!見た目は全然見えねぇっす!制服着てたんで!」

「おい」

 デリカシーはなかった。


「ちっとお尋ねしたいんすけど… ……この辺りで最近、行方不明になってる子がいるって話、聞いてるっすか?」

静と抄帷が一瞬だけ目配せをする。

 『探偵』という言葉が出た時点で、これある程度予想出来た展開だった。

 

——行方不明者いずれかの保護者が依頼した、ってのはあり得る話だよな。


 警察が行方を探しながら、未だ何の手掛かりも得られていない現状。痺れを切らして外部を頼る……動作としては極自然か。

 

「あー、なんかちらっと聞いた覚えありますわ」

「あ、やっぱ地元じゃ話題になってるんすね」

「詳しくは知らないですけどね。で、それが何か?」


 ——こっちの身の上話してやる必要ねーな。素性知れてるとは言えねーけど、折角なら探偵様とやらが持ってる情報攫ってやる。


 そう考えていた静の、思考はしかし

 

「行方不明になってる子を探してるんすよ。で、その調査の一環で聞いて回ってるんすけど……

鎖の形の痣の話って、聞いたこと無いっすか?」

 

言葉に、瞬間停止した。

 

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