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『岐路・再』


 やるべきことは決まった。

 出来るかどうかなど思考の範疇にはない。そもそもその身はただの学生、子供の時分を抜け切らぬ無力。手にした異能は付け焼き刃、制圧を保証する材料には到底なり得ない。

 故にきっと、その決断は間違っている。

 無力を振り翳して何かを成そうなどというのは、まるで道理が通らない。異常事態故の気の迷い、一時の感情の昂りに由来する蛮勇なのだろう。

 それでも決めた。誰でもない自身が、自らの意思でその行く道を。ならば今更、何を躊躇う必要もない。


 ただ一つ。

 覚悟というにも烏滸がましい、未熟な信念。その思いに身を投じるよりも先、花蕗静には確認しなければならないことがあった。


「――花蕗君?」

 呼びかけられ、その姿へと目をやる。


 全身には包帯とテーピング。不条理に傷付けられた肢体は未だ痛々しく。そんな身体を引き摺って、それでもここまで彼女が歩みを止めなかった大きな理由は恐らく、その行く末が自らを苛む異常の根絶に繋がっているという希望だったのだろう。だからこそ、その選択を拒むことも咎めることも、花蕗静はしなかった。

 だが、ここから先は違う。これまでの受動的な心持ちで進むことは看過できない、紛う事無き死地。そんなところに、彼女が立ち入る理由などどこにも無いはずだった。


「――散歩がてらの事のついでにな、今からひとっ走り幽霊と喧嘩しに行くんだけどよ――」

 だから本当は、尋ねるまでもない。彼女の身を案じるならば、そんな選択はあり得ないのだから。

「――アンタはどうする」

 それでも。行先を決める最後の決を、花蕗静は彼女自身に委ねた。

 それは、無力ながらに守ろうと奮闘し続けていた相手に向ける言葉としては、明確にそぐわないものだった。彼女を危険から遠ざけるだけならば、伝えるべきはとにかく遠方への逃走、それ以外ないのだから。


「多分ここが別れ道だ。当たり前だけど、アンタが行かなきゃなんねーっつー話じゃねぇ。顔も知らねー見ず知らずの誰か様の為に身体張るなんてのを押し付けようなんざ、露とも思ってねぇ」

 そしてまた、花蕗静にとってしても、合掌抄帷を伴うことには何一つメリットが存在しない。

 等しくただの学生であることに加え、ほぼ間違いなく喧嘩慣れもしていないだろう、なんの異能も有さぬ少女。想像するまでもない、それは足手纏い以外の何者でもなかった。

「――私は、――」

 言い淀んだのは、自らの無力を憂いてではなかった。

 目の前の少年が、自身の無力などは百も承知で、それでもこの先をどうするのか――合掌抄帷の意思そのものを推し量ろうとしていることが明らかだったから。

 だからこそ、軽率な回答など出来ない。

 無力を承知で、足手纏いを自覚して。それでもこの先へと足を踏み出すならば、必要なのは確固たる意思。決意にも似たそんな思いが自らの内にないことを理解しているからこそ、合掌抄帷は言葉の先を口に出来ずにいた。


「――理由なんか探すなよ」


 抄帷の瞳が揺れる。

 揺らいだその眼差しを見つめ返す瞳には、狂気にも似た輝きが宿っていた。その源泉を知る由はなく、それでも。燦然と輝くその光の強さは、言葉よりも雄弁に、彼の思いを示していた。


 何かが出来るか。何も成せぬか。それらはまるで重要ではない。そんなものを問いただすつもりなど、初めからありはせず。


「時間もねーし、もう一回だけ、な。――アンタはどうするよ、合掌抄帷」


 ただ、待っていた。

 花蕗静は、合掌抄帷の言葉を。


「――――――」

 逃げることを選べば、彼は軽蔑するのだろうか。

 一瞬だけ過ぎったそんな疑念はしかし、瞬きの間に霧散する。彼がそんな人間ではないことを、たった数日行動を共にしただけでありながら、抄帷は痛いほどよくわかっていた。同時に、そもそもこんな疑念にはまるで意味がないことも。

 他者からどう思われるか。

 これまでの彼女の生涯において、最も重く捉えられてきた、行動の指針。けれども今この場において、それらは全く意味を為さない。

 自分自身。

 合掌抄帷自らの言葉を、花蕗静はただ、待っていた。


「――――」


 薄暗い異界。

 振り下ろされる凶刃。

 思い起こされたのは、その背中。

 軽口も悪態もないまま、ただ自らを守る為だけに身を投げ出した、その姿――。


「――行きます」


 気付けば答えていた。

 その理由を明確に言い表す術が自らの中にないまま、それでも。彼女は自らの意思で、言葉を選んだ。


「――決まりだな。なら後は、思い立ったがーってヤツだ。ハキハキ行こーぜ」


 口角が上がる。

 悪戯っぽい、挑発的な笑み。それはとても、これから人外の死地へ赴く者の表情とは思えなかった。

 


 促し、先を駆け出すその背中。

 昨日、力無く身を預けるばかりであったその背中を、今度は自らの意思とその両足で、合掌抄帷は追いかけた。

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