『岐路』
――
スピーカーから響き渡った轟音。
落雷の如く唸りを挙げたその響きに、思わず静がスマートフォンを遠ざける。その隣では抄帷もまた同じく、突然のことに動揺し、目を丸くしていた。
一瞬の轟音。間をおかず静寂が訪れる。
「阿島さん!明智さん!」
慌てて耳元にスマートフォンをあてがい、静が叫ぶ。そんな切迫した声に対して、スピーカー越しに、
『こちらは問題ない』
短く……いっそ穏やかにすら聞こえる声色で、阿島京介が応えた。
「――なにがあったってんだよ。一人で戦争でもおっ始めたのかと思ったぜ」
内心は胸を撫で下ろしながら、静が軽口を叩く。
『遠からず、と言ったところだな。だが少し問題が起きた』
応える京介は平時と変わらず、淡々と……極めて事務的な物言いで端的な言葉を口にする。その言葉の不穏当さに、静が訝しむ。
「問題って、一体――」
言いかけた矢先、再び轟音が鳴り響く。
スピーカーと……遠方より直接、重ねる形で響いたその破壊音に、静と抄帷は揃って目線を音がしたと思しき方角へと向けた。
「……この大騒ぎが無関係って事ぁねーよな。マジで何が起きてんだ」
断続的に響き渡る破壊音。
その間隙を縫って阿島京介は、
『無差別攻撃だ』
やはり、極めて簡潔に、最悪の事態を口にした。
『空間内で能力を展開して、見境無く周囲を破壊している。こちらからの干渉を避けたまま、諸共俺たちを殺害するつもりなのだろう。周囲丸ごと巻き込んでな』
静の脳裏に、先ほどの戦闘が思い起こされる。
隔絶空間内における建物や物体に対しての破壊は、リアルタイムで現実世界へと反映される。空間内から直接現実世界の人間に危害を加えることが出来ずとも、破壊や操作を伴えば干渉できる。
自らの能力の特性を活用して、阿島京介へと攻撃行動をとる。追い詰められた末の行動としては想像に難くなかった行為にはしかし、聞き捨てならない一語があった。
「周囲って――なんでそんないきなりテロリストみてーな手に打って出てんだそいつは!」
轟音は絶え間なく。未だ交戦が激化しているのは明白だった。
『恐らく奴は隔絶空間外の人間の位置を正確に把握出来ないのだろう。だから、思いつく限りを手当たり次第、となっている訳だ』
「糞傍迷惑な――何か策はあんすか!?」
『ある』
間髪入れずに言い切られた事に目を丸くしつつ、静は次の言葉を待った。
『隔絶空間内で再び〝もう一体〟の位置を感知した。先ほど俺たちが会敵した、これが恐らく例の〝本体〟だろう。加えてここから少し離れた地点に、〝間口〟の鎖も感知済みだ。そこから空間内に侵入し、今度こそ本体を叩けばいい』
「なんつー便利な。焦ってた俺がアホみてーじゃねーすか」
『だが、問題がある』
異端者・阿島京介。
その力は明確に、鎖のパラドクスを圧倒している。力の序列は明らかだった。そんな彼がいうところの問題に思い当たるものがある訳もなく。
「……この期に及んで〝勝てねー〟なんてフカシやめてくださいよ。マジでどうにもならんですわ、んなもん」
『いや、直接対峙して奴を制圧するのは容易い。問題は、俺がこの場を離れなければいけないということだ』
「――!」
阿島京介最大の弱点。
それは、彼が一人しか存在しないこと。
外界の状況を正確に把握していないまま、周辺を巻き込む形で破壊は継続されている。既に本体が別地点にいる以上、それらが遠隔操作による攻撃であることは疑いようもない。
つまり今、阿島京介がその場を離れれば。
『小さくない被害が出るだろうな。街にも、人にも』
繰り返される轟音。
気付けば音のする方角から、悲鳴にも似た喧騒も聞こえ始めていた。
激化する戦闘。その根本解決のためには、阿島京介の現場離脱は必須。だがそれは同時に、見境無く振るわれる暴力を、一時的とはいえ放置することを意味する。
「――っ」
静が、次の言葉を見つけられずに黙り込む。
阿島京介は万能ではない。故に、全てを保護することは出来ない。そんな当たり前の現実が立ち塞がる。
『……』
一拍の間、そして度重なる打撃音。
戦場を彷彿とさせるその渦中から、声が。
『とはいえ選択の余地はない。俺はこれから本体を叩きに行く。君達は引き続きその場で待機していればいい』
確認するような、言い諭すような。
徹頭徹尾合理の旗印の下、一貫して淡々とした言葉を重ね続けた阿島京介から放たれた、初めて聞く響きの声色。
言葉には合理性があった。
確かに、あった。
「――阿島さん」
それでも。だからこそ。
「どっちも拾うアイデアはねーのかよ」
その合理性に、花蕗静は意を唱えた。
「野郎をひっ捕えて、その場も収める。無理難題は百も承知で、全部を丸っと取りこぼさない、そんなアイデアはねーのかよ!」
合掌抄帷が目を見開く。
それは決して、見たことがないものに対しての興味や、好奇心からくるものではない驚愕に裏付けられた眼差し。
「野郎をここで抑えなきゃなんねーってのは理解してる。その為にアンタが行かなきゃなんねーのも。それでも――」
言葉に合理性などなかった。
阿島京介が提示した最適解に対しての反証としてはまるで不完全な、戯言のような言説。子供のわがままと何ら変わらない、その瑣末な言葉を、阿島京介は決して笑わなかった。
『――間口は最初に君たちが奴と遭遇した付近、廃ビルの周辺だ。今は倒壊しているが、外付きの非常階段の辺りだな』
「――なんだって?」
『隔絶空間内に入れば通話は使えない。侵入後、俺が君を奴のところまで案内することもできない。加えて当然、今までとは違い一切安全の保証は出来ない』
それでも尚、我儘を通すなら。
取りこぼす他にないものを、拾おうとするならば。
『花蕗静。今一度言おう』
阿島京介は道を示さない。
それが単に責任から逃れる為、或いは判断を放棄しているが故ではないことを、花蕗静は直感で理解した。
『――――――』
その一言をもって、通話が切られる。
後に残されたのは、遠い喧騒と静寂。
賑やかな静けさを断ち切るように、静が頭を掻く。
「無茶苦茶言いやがるな、全く。やっぱあの人も大概イカれてんな」
抄帷にスマートフォンを返しながら、静が悪態を吐く。それを受け取る、その刹那。再び合掌抄帷の両目は見開かれた。
それが果たしてどういう経緯で放たれた言葉なのか、抄帷には知る由もない。その言葉が、花蕗静にとってどれだけの重みを持つものなのかもわからない。
それでも。
追い詰められ、逼迫したこの状況にあって尚、先ほどまでの半ば放心したような姿は影を潜め。代わりに示されたのは、笑み。
――――君の行動の結果を、俺は信じる。
「貧乏くじだ、全くもってな――」
不条理と、伴う不合理に挑み掛かる、凶悪そのものの笑みだった。




