『崩落の跡』
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「……悪い冗談だろ、こんなもん」
阿島探偵事務所を出発した四人は駅で別れ、予定通り周辺の調査を開始していた。
打ち合わせ通り静と小理、京介と抄帷の組み合わせで二手に別れ、爆心地である廃ビル周辺半径2kmを手当たり次第に捜索するローラー作戦。この内京介と抄帷は外縁、静と小理は内縁から捜査をする運びとなった。
「あー……まぁ、緊急事態だったっすから」
「にしたってこんなもん、やりすぎなんてもんじゃねーだろ。と言うか、なにやりゃこんな惨事になんだよ……」
静が遠巻きに、半ば以上呆然とした様子で眼前の光景を見やる。
捜査にあたって、一先ず開始地点がわかりやすい様にと件の廃ビルを目指す提案をした際、小理が口篭った理由を今更理解して、静が頭を抱える。
「お宅のボスは加減ってのを親の腹ん中に置いてきたタイプなのかよ」
「……パワータイプだもんで、ウチの所長」
昨日。静達が不審者と会敵した隔絶空間、その元となっていた廃ビルは、今や跡形もなく倒壊していた。
周辺には大量の警察官とパトカー、何事かと殺到する野次馬でごった返していた。当然、至近への侵入は規制されており、二人は必然、遠巻きにその惨状を眺める他なかった。
「……阿島さん、あれだな。コレを見越して、内側を俺らに投げやがったな」
「……まぁ、まともな神経してたら、昨日の今日でこの近くには寄って来ないっすよね。不審者にまともな神経期待するのも先ずどうなのって感じっすけど」
「違いねー。ま、俺ら的には仕事が楽で万々歳だけどな」
踵を返し、静がその場を後にする。小理もその背中を追った。
「しっかし、虱潰しとは言ってもなんの指標も無しってのは些か場当たり感すげーよな。何か妙案はあるかい?名探偵」
「どーっすかねー……何日かやってみた街頭聞き込みも効果なかったからなー。確かに何か一つ、アイデアは欲しいっすね。とは言えパラドクス案件だと難しいよなー」
昨晩からの頻出を経ても尚慣れない、耳馴染みの無い単語に、静がひとつ溜息を吐いた。
「そらまぁ、なんてったって超能力者探しだからな。一筋縄じゃいかねーだろ」
パラドクス。
逆説を素地にした、異形の異能。超然の超能。
本来その実存すら疑わしい能力を保有している人間をノーヒントで炙り出す。静の言葉は正しく、それはまさに砂漠で一欠片のガラスを攫う様な途方も無い作業であった。
「パラドクスを炙り出す能力とかあったら便利なのにな。後はほれ、運命的に能力者同士が惹き合うみたいな設定があるとか」
「んな漫画脳みたいな話転がってんなら、私らこんなに苦労しないですって」
小理のもっとも過ぎる言葉に、静がもう一つ溜息を。その息が終わる間際。
「パラドクスを探せるパラドクスってのにはまぁ、目星が付いてなくもないんすけどね」
溢れた予想外の言葉に、静が食い付く。
「マジ言ってんのかよ。そんなん、ソイツに頭下げりゃ話は早ぇーじゃねーか」
「色々こっちにも事情があって、おいそれとお願いしますとはいかないんすよ。パラドクス絡みってのは意外と複雑なんすよ」
「複雑、ねぇ……」
言葉を反芻し、その意味を飲み下してから。静は世間話の延長として、軽く言葉を吐く。
「名探偵と阿島さんはもう随分パラドクス連中の追っかけやってるみてーだけどさ。結局パラドクスそのものが何なのかは全っ然わかってねーんだろ?」
「耳に痛い事平気な顔して言うっすね」
「別に責め立ててる訳じゃねーって」
一拍、溜息未満のやや深い呼吸を挟んでから、小理が問いに答える。
「残念ながら、その通りっすね。パラドクスがどうやって発生して、どんな原理でその効果を発現させているのか。私らにはさっぱりわかんないっす。昨日京介が話した事も、大体は経験則から、こうじゃないかってのを掻き集めただけの情報でしかないんすよ」
「世知辛ぇ話だこって。なんか施設みてーのがあって、秘密裏に研究が進められてるみてーな陰謀論とかねーのかよ」
「ちょいちょい漫画脳なのなんなんすか。ある訳ねっすよ、そんなもん。大体パラドクスっぽい代物が世の中で見られる様になってから、まだ二十年も経ってないんすよ。個体数も知れない、各々の居場所すらわかんない連中の研究が進む道理なんかないですって」
「ちょっと待て、なんでそんな事わかんだよ」
余りにも自然と口にされた、妙に具体的な年数。その違和感へと向けられた言及に、一瞬だけ悩む素振りを見せてから。小理がぽつりと
「明石一家惨殺事件って知ってます?」
余りにも不穏当な言葉を口にした。
「……なんか聞き覚えあんな。なんかショート動画かなんかでチラッと、って感じか。興味無かったから詳しくは知らねーけど何、そのうんたら事件にパラドクスが絡んでるのかよ」
「そうかもしれない、って話っす。ただ、この事件自体が全部が全部メチャクチャ不可解だったのに加えて、この事件以降常識で説明ってのが難しい妙な犯罪がドバッと増えたのは事実だもんで、私と京介はこの事件がパラドクス発生の起点なんじゃないかと睨んでるんすよ」
「不可解、ねぇ。字面がおっかねーのは認めるけど、超能力絡みだなんて話が挟まると急に俗っぽいけどな。実際の所はどんな内容だったんだよ」
「あら、興味あります?」
「若干」
「じゃ、若干だけ説明しましょ」
不服なのかどうなのか、イマイチ判然としない相槌を挟んでから、明智小理が語ったのは。正しく奇怪、奇妙で異質なある夏の記録だった。




