『行動と結果』
「……なるほど、そー来るか」
天井を仰ぎ見ながら、静はぼんやりと独りごちた。その内側で、言葉に対する正しい返答が何かを探りながら。
——阿島京介の言葉は正しい。心理的な抵抗を勘定に含めないのならば、実の所それは花蕗静自身ですら考え付いた思考の着地点。故に、上っ面ばかりの否定は憚られた。
経緯はわからない。その実どういった変遷を辿った結果として、阿島京介がパラドクス能力者を追う立場へと自らを立たせたのか、計り知る術はない。だがその行動の源泉が悪意に満ちたものでない事は、静にも確と伝わっていた。なればこそ、彼からすれば合掌抄帷よりも花蕗静という個人の方が余程危険な警戒対象。全く、道理に叶った話である。
——とは言え、はいそうですかなんて飲み込めやしねーわな。
あり得ぬ窮地に立たされて発露した、あり得ぬ異能。
これまでの生涯において一時の縁もゆかりもありはしなかった、異質な超能をその身に宿した。確かにそれは真実かもしれないが、だがその事実は〝ただそれだけ〟の事なのだ。
社会に仇なすつもりも、世界に反旗を翻すつもりもない。
たとえ異能を有したとしても、結局はただそれだけ。花蕗静の本質は何も変わらない、掃いて捨てるほど犇く、物知らぬ小僧っ子、そんな一派の一人に過ぎない。
問題は。そんな至極当たり前の認識を、納得を伴う形で証明する術が何処にもない事。
——と来ればまぁ、しゃーねーか。
瞬き三度分の思考。
開かれた眼差しを真っ直ぐ、京介へと向けて静が口を開く。
「阿島さん。アンタに納得してもらう為に、おれはどうしたらいい?」
京介の顔に、細やかな驚きの影が差す。言葉は確かに、彼の想定していた反応、そのどれとも異なるものだった。
「理解は出来る。けど納得は出来ねー。でも、それを証明する方法がわからねぇ」
一息に言い切って、その上で。静は尚一層真摯に、嘘を交えぬ言葉を続ける。
「訳のわかんねー超能力、紙袋のイカれに、合掌の安全。目下の内容諸々どーこーを考えるんなら、どうしたって阿島さん、アンタの力添えが必要だ。腕力も頭もなくて、挙句に情報まで空っぽってんなら、そらもう喧嘩じゃなくって身投げだかんな。悪いけど、そんな趣味はこれっぽちもねーのよ」
今更パラドクスという超能の真偽などは論ずるに値しない。既に花蕗静は自らの内にその実存を握っているのだ。ならば話はその先。その異能を前提とした協力の要請。必須な要項は明白だった。
「——正直少し予想外だったな。小理から聞いていた印象だと、てっきりもう少し噛みつかれるかと思っていた」
「命まで助けてもらっといて牙見せるほどトンチキじゃねーっすよ。ついでに、てめぇの無知を棚上げしてかっかするのをプライドとは呼ばねーってのが持論でしてね」
ガリガリと頭を掻きながら、静は続ける。その表情には動揺や戸惑いではない……諦めに近い気配が伴っていた。
「賢明な判断だが……それは彼女の、合掌抄帷の為か?」
「それこそ、とんだトンチキだね」
やや想定から外れた京介の言葉にも、静の声色は揺れない。間髪入れず、ただ淡々と事実確認としての意思表明を行う。
「知り合ったばっかの女の為に身体張れる程の気概なんざありゃしねーよ。俺は俺の身を守る、保身の為にアンタの知識を頂戴したいってだけだよ。その過程で、或いは役に立つ話の一つもありゃ、事のついでにお嬢さんの安全が担保出来りゃ万々歳ってもんさ」
「わかった」
短く答えて、京介は今一度口を付け、カップを空にする。
「話は終わりだ。就寝前に時間を掛けさせて済まなかった。ゆっくり休んでくれ」
言うや、テキパキとコーヒーを片付け始める。その様子に、やや慌てて静が声を掛ける。
「ちょ、待って待って。いきなりキビキビ動かんで下さいよ、怖いって。全然話終わってなくないすか?」
「――あぁ、君のパラドクスの運用法か。ある程度反復は必要だが、それは既に君自身の〝機能〟として定着している。勿論ある程度勘所を言い伝える事は出来るが、体調の兼ね合いもあるだろう。続きは明日にでも改めて――」
「っじゃなくて!俺の処遇はどうすんすかって話が未だでしょって!」
片付けの手を止めて、京介が……心底不思議そうに、静を見つめた。
「処遇もなにも、引き続き君は俺たちの守るべき対象で、客人だ。奴に纏わる一連の事件が収束するまで、全力を以て君の……君達の力になる。それ以上の何かが必要なのか?」
「いや、そりゃドン引きする程ありがてぇ話だけどよ!パラドクス持ってる連中目の敵……っつったらあれだけどよ、してるからこそ、アンタは俺に釘刺したんだろ?それに対しての証明が済んでねーだろ。俺が例えば、この力でそこら辺の通行人どつき回さねーって証明が!」
「するのか?」
「ぁあ?」
「その力を、君は。私欲に走って、誰かに向けるのか?」
余りにも真っ直ぐで、単刀直入な問い掛けに、静は思わず口篭った。
「……そら、しねーつもりだけどよ」
迷いや、葛藤が理由ではなかった。
ただ、憚られた。
自らを善良な何者かであると言い切る事。根拠などまるでない、己が心の在り方だけを拠り所にした不安定な結論を、言葉として言い切る事が。この先どう移ろうかもわからない、自分自身の善性を言い示す事が。
「あぁ。きっと君はしないだろう」
——それを恥だとは思わなかった。
自分自身の在り方を断言出来る人間が、では果たしてこの世界にどれだけいると言うのか。ならば、花蕗静の躊躇いは至極真っ当なものであった。
異端は、阿島京介こそ。
「行動の結果だけが、その人物のあらゆる証左だとは思わない。不確かな言葉に真が宿る事は勿論あるだろう。だから、俺は君を信じよう。君の言葉に嘘が無いと、君の代わりに俺が言い切ろう」
「……どういう頭の構造してんすか。初対面のよく知らねぇガキ相手に、何を根拠にそこまで言い切れるんすか」
「勘だ」
「……やべぇ奴すぎんだろ」
理路整然。
状況と反応、それらの複合から正確な判断を下し続ける実務的な男。短いながらに積み重ねた会話の中で抱いた人物像とは余りに掛け離れた幾つかの言葉に、静は遂に、明確に動揺していた。
そんな、真っ当な戸惑いの全てを察しながら、それでも尚。
「俺の勘は意外と当たる」
あっけらかんと。異端者・阿島京介は言い切る。
「勿論何もかも当てずっぽうの根拠なしという訳じゃない。そもそも君はあの窮地において既に、俺や小理……彼女の信頼を勝ち得るだけの行動を示している。だから本来、勘に頼るまでもなく、君の言葉を疑う由などない。さっきの言葉はあくまで、通過儀礼的な確認でしかない。気分を害したなら、謝罪しよう」
「いや、謝ってなんざいらねーすけど……っていうかあの時は割と考えなしだったっつーか」
「追い詰められた時示される行動がその人間の本性だなんていうのは暴論だ。だが、追い詰められた時にこそ示される本質がある」
「……それこそ暴論じゃねーすか。俺ぁ別にそんな……」
「そうかも知れない。だが、そうでは無いかも知れない。だからこそ、俺は君の行動とその結果、そして自分の勘を信じる」
静の目を見据える、異端者の目。そこには一切の迷いも、動揺もなく。
「蛮勇だったかもしれない。それでもあの時、立ち向かった君の行動の結果として、合掌抄帷は今も辛うじて日常の縁に居る。君がそれを暴論と言い表すならば、代わりに俺が何度でも言葉にしよう。君は信じるに値する人間だと、俺は信じる」
異端は、やはり呆気なく言ってのけた。




