『侵食・後』
「とは言えまぁ、今日のところは手当もありますし。合掌さんにはココに泊まってって貰うっすけどね。ボディガードは明日からっす」
「泊まる?ここにか?」
静の言葉に、抄帷が頷く。
「両親には連絡してあります。明智さん達のお言葉に甘えようと思っています」
「そらまた、よくご両親の許可とれたな。こんな怪しい事務所に泊まるなんざ、箱入りじゃなくても普通許さねーだろ」
「失礼すぎないっすか?」
「流石に怪しい探偵事務所に泊まるとは言えなかったので、友人宅と言ってあります」
「失礼すぎないっすか?」
いい加減不満を爆発させそうな小理を軽く嗜めながら、京介が静へと目線を向ける。眼差しには若干の気後れの気配があった。その源泉に心当たりがある訳もなく、静は小さく首を傾げる。
「今日の今日、再襲撃の可能性は低いと思う。あくまでも念の為の対応だ。良い気はしないだろうが、堪えてくれ」
何揶揄する訳でもなく。心底からの配慮として吐き出された言葉は、些か見当違い甚だしいものであった。とは言えその示す所……それ自体については得心がいった静は、そこはかとなく面倒そうに手を振ってみせる。
「ご安心くださいよ。生憎と、そちらさんの処遇に何をか思う程の関係でもないもんでね」
「そうなのか?」
「そちらの名探偵には説明したけど」
急に話を振られて、小理が顎に指をやりながら、若干目線を空に遊ばせた。
「でしたっけ?でも、相談受けた時が初対面って訳じゃないっすもんね」
「いや?正真正銘赤の他人スタートだったぜ」
あっけらかんとした言葉に、抄帷も同意を示す。
「え、そうだったんすか?結構仲良いから、てっきりそれなりの付き合いかと思ってたっすよ」
「節穴だなー、迷探偵」
束の間の他愛無い会話。その中で一人、阿島京介の眼光だけが俄かに鋭さを増す。だが、元来の人相の悪さもあり、静を含めたこの場の全員がその機微を察する事はなかった。
「――とりあえず、今日はもう遅い。小理、彼女を寝室に案内してあげてくれ」
すっと波が引く様に。刹那滲み出た思考の名残を薄め、京介が指示を出す。その流れのまま、言葉は再び静へと向かう。
「君はどうする?部屋の空きはあるから、俺達は別に構わないが。最もそれこそ、ご両親への連絡は任せるが」
言葉に、静がポケットを探る。
あれだけの大立ち回りを経て尚、変わらずポケットを占拠していたスマートフォンの手触りを確認して「落とさなくてよかった」なんて、場違いな安堵を感じながら、ディスプレイに表示される時計を確認する。
時刻は、二十一時を回ったところだった。
「……五時間近く寝こけてたのかよ。我が事ながら危機感のない話だこって」
次いで、地図アプリを開き現在地を確認する。
「……あそこから良く駅二つ分運んでもらったもんだな」
「小理が車を出してくれてな」
「出来女様ですこと」
文脈的にも、ここが例の阿島探偵事務所である事は明白だった。位置関係や時系列の整理もある程度済み、その上で改めて、静は肩をすくめた。
「んじゃ、こちらもお言葉に甘えようかね。こっから帰るのも今更だりーし、ソファで十分ですよ……シャワーだけ貸してもらえりゃ御の字ですけどね」
「あら、綺麗好きっすね。体調不良なんだから無理しなくても良いんじゃないっすか?」
「男のロン毛舐めんな。手入れしねーとベッタベタのバッキバキになんだよ」
「……切ればいいのでは」
「……色々あんだよ、こっちにも」
抄帷の最も過ぎる言葉。それに、面倒臭そうな返答を返す姿に頷き、京介が追加の指示を小理へと投げる。
「彼を風呂場に案内してやってくれ。着替えは…悪いが俺の私服でいいか?」
「色気のねー話ですけどね、ありがたいですわ」




