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『花蕗静のパラドックス』

 やっちまった。

 

 咄嗟に動いて、最初に頭を掠めたのは。なんとまぁ情け無い、間髪入れない後悔の念だった。


 俺が自分を盾にする行為に意味は無い。

 人に向けて何の躊躇いもなく凶器を振り翳す様な奴だ。眼前で俺がのたうち回ったとて、意に介さないだろう。どころか、これ幸いと続きを……合掌を痛めつける事に集中するだろう事も、容易に想像が出来る。つまり、俺のこのくだらねー自己犠牲は、まるっきり無駄だって話だ。


 それ自体は構わない。

 そもそも誰かに……合掌本人からでさえ、頼まれた事でもない。なんなら俺自身、こんなつまんねー末路を辿るつもりなんか更々なかった。勝手に引いた貧乏くじで、進んで身を滅ぼしてんなら世話もない。


 圧縮された時間の中でさえ、特段役に立つ何かを思い付く訳でもなく。てめぇの間抜けを嫌と言うほど突き付けられるばかり。今際の際位は感傷に浸らせろよな、情緒のねー話だこって。


 自分がくたばるその間際。そんなもの、これまで一度だって考えた事なんざなかった。今日や明日を生き切るのにでさえ骨を折っていると言うのに、そんな遠い未来の話なんざ考えるだけ時間の無駄だと思っていたから。


 想定外だったのは、そんな未来が思ったよりずっと早く訪れた事。全く、やっちまったとしか言いようが無い。


 ……痛ーんだろうなぁ

 ぼんやりと。そんな間抜けた事を思いながら、諦める。

 貧乏くじには違いねーが、選び取ったのは誰でも無い俺自身。そのケツ拭きを、他の誰かにやらせる訳にもいかない。幸い、骨拾いは依頼済みだしな。


 永遠みたいな一瞬。行き過ぎるその刹那。視界の端に、たった今追い越した合掌の姿が見えた。

 驚愕なのか困惑なのか。中々に形容の難しい面でこちらを見つめている。そんな眼差しに溜息が出そうだった。こっちのことなんざ構わねーで、てめぇを何とかしろよ。そこまで考えて、ふと。当たり前な事実が頭をよぎる。


 それは、当然すぎる話。

 ここで俺が行動不能にまで追いやられれば、では。

 ——この後。誰が合掌を救えると言うのか。


 自力でこの場を切り抜ける?

 明智さんの助けを期待するか?

 目の前のサイコ野郎の心変わりに賭ける?

 どれも無理な話ばかりだ。


 俺がいれば何とか出来るだなんて思いあがっちゃいない。

 サイコ野郎に、俺が何か出来るって事もないだろう。


 ……痛めつけられた姿。理解不能な状況で振るわれる、理不尽な暴力と狂気。追い詰められたこの場所で、最早なす術は何一つ無い。



 ——ふざけるな。



 

 正義の味方がやりたいんじゃない。

 憐れみや同情で、上から目線の施しをしたい訳じゃ無い。

 ただ、腹が立っている。

 意味も知らず、訳も分からず。

 手前勝手な暴力を差し向けてくるコイツにも。

 ボロカスの癖に、一丁前にこっちの身を案じてきやがる合掌にも。

 そんな全部を一つ残らずどうにも出来ないで、あっという間に諦めちまってる自分にも。


 ——冗談じゃ無い。そんなくだらねぇ結末は御免だ。


 舐められっぱなしでたまるか。

 ゴミ虫みたいに扱われて、黙ってられるか。


 一つでいい。この糞みたいな状況に一泡吹かせてやれる、一つだけ。それだけあれば、他にはなにもいらない。

 どうにもならないところまで追い詰められた。

 それをどうにかする為の何かが欲しい。


 拳を握る。渾身の力を込めて、抗う様に。

 振り翳される凶器では無く。

 それを手にする男へと視線を向ける。

 


「調子くれてんじゃねぇぞ、紙袋——!!!」

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