85 真相解明編
【前回のあらすじ】
リュカは見事王弟ヨハンを打ち倒し、王都に入洛を果たした。
姉ヒルダとの再会の感動も束の間、リュカはヒルダと軍師ジャスパーに対し王権を行使。
二人を拘束するのだった。
「――姉上並びにジャスパー殿を、先王リヒャルト弑逆の容疑、並びにヨハン大公に謀反を教唆した容疑、並びにいたずらに王国の泰平を乱した容疑で――拘束させて頂きます」
「…………へ?」
「ヒルダ様――御免!」
リュカは着せ替え人形の如くされるがままだった、受動的な顔付きを一変させ、一国の王として相応しく相貌を引き締めると、そのように告げた。
次の瞬間――予め示し合わせていた通り、アイゼがヒルダの手首に縄を結びつけ、安楽椅子の上に強引に座らせるのであった。
不意を突かれたとはいえ、王国において獅子剣王に次いで最強の武人とまで謳われたヒルダに対し、一切の抵抗を許さない鮮やかな捕縛術。
アイゼもまた、この旅路を経て武人として格段の成長を遂げており、姫将軍に比肩する武威を身に着けたことを証する手捌きであった。
「エフィ、フローレンツ――いるか?」
「はい。こちらに」
次いでリュカは、扉の外に向かって侍臣を呼びつけた。
入室したのは、見上げる程の恵体の女修道女フローレンツに、小柄な暗衛エフィ。
フローレンツの両脇には、ヒルダが常に腰元として侍らせている双子の侍女が、俵を運ぶように担がれており、その手足は縄で厳重に拘束されていた。
双子侍女は、近衛兵数人をまとめて相手できるだけの武力を持っていたが、病院騎士団長の前では、文字通り手も足も出なかった模様。
「老師――跪いてくださいです」
「エ、エフィ……?」
エフィもまた、ジャスパーをヒルダ同様に縄で縛り上げ、両膝を床に着かせて、リュカの前に強引に跪かせた。
そこには師に対する敬意は、微塵もなかった。
「えっと……これはどういうことかな?」
アイゼ、ヘリワード、アルフォンタス、エフィ、フローレンツは、予めリュカと打ち合わせをしており、縛り上げられた二人の智者を静かに見下ろした。
何も知らされていないヒルダとジャスパーだけが、困惑した面持ちで、リュカを上目遣いで見上げるのであった。
「乱暴な手段をとったこと、謝罪いたします。ですが――明らかにしたい儀がありますので、このような措置を執らせて頂きました」
リュカは続ける。
「此度の騒動――いくつか腑に落ちない点がありました。まず一つは、リヒャルト前王が獄死したということ。父王は俘虜の身とはいえ、多額の身代金がかけられている御仁。その待遇は間違っても獄中に果てるしような粗末なものではなかったはずです。父王の身柄そのものが、万金に値する手形のようなものなのですから。そして父王は敬虔なルナルシア教徒でありましたから、自裁することもありえませぬ。しかるに父は崩じられた。それ即ち、何者かによって弑されたことに他なりませぬ」
「…………」
「次に――ヨハン大公の謀反についても、不審な点がありました。ヨハンは既に王府において、内政の大半を手中に収めており、わたしを暗殺するような乱暴な手段を取るまでもなく、無血でもって王権を簒奪することが叶ったはず。にも関わらず、彼は強硬手段を踏み切った。それ即ち、何者かに教唆された算段が高いと思われます」
「…………」
ヒルダとジャスパーは、口を噤み、リュカの言葉に耳を傾けた。
だが、その頬には一筋の冷や汗が伝っている。
「そして姉上は、足を害った振りまでして、王太子から廃嫡されるよう仕向けた。その一切が、わたしを王太子に冊立させるための布石であると、わたしは結論付けました」
俘虜と化した先王リヒャルトの不可解な死。
王弟ヨハンの不自然な謀反。
足を害った振りをしてまでリュカに押し付けた王太子の座。
それら全ての点と線を照らし合わせた末――リュカは一つの結論に至ったのであった。
「その全ての黒幕は、姉上とジャスパー殿、あなた達だったのですね」
「しょ、証拠はあるのかしら?」
古今東西――その問い返しが半ば自白を意味することに変わりはないが、リュカはそこも抜かりなかった。
「エフィ」
「はい、こちらです」
エフィは懐から紙束を取り出すと、リュカに渡した。
それはジャスパーとヒルダの間に交わされた往復書簡であった。
「この書簡は姉上の私室と、ジャスパー殿の幕営から、エフィが見つけてくれたものです」
「あちゃー」
「これは……してやられましたな」
ヒルダとジャスパーは、逃れようのない証拠を突きつけられ、諦めるように首を垂れた。
これはエフィが、ヒルダを救出すべく秘密の隠し通路を逆走してヒルダの私室を訪れた際に、発見したものである。
そこには、まさにリュカが指摘した通り――獄中にいるリヒャルトを暗殺する旨と、ヨハンを口八丁手八丁で謀反へと誘う旨が、したためられていた。
真相は以下の通りである。
ジャスパーは宮廷官吏時代、ヒルダと誼を通じるに至り、この国の根幹を蝕む悪弊――スペイド人とハアト人の確執を解消すべく同盟を結んだ。
ヒルダは表向きこそ騎士道に殉じる姫将軍であったが、その裏では多くの暗衛を手足として抱えており、その手駒を使って海外で囚われていたリヒャルトを弑逆した(双子の侍女が見た目とは裏腹に戦闘能力を有しているのも、暗衛の一面を備えているからである)。
次いで別の部下を遣わし、間接的にヨハンに王宮を乗っ取るよう唆した(王子を排除し、ヒルダを傀儡として婚姻を結べば、実質的に王権を恣にできると吹き込んだのだ)。
こうしてヨハンはまんまと謀反に踏み切ったものの、長蛇を逸してリュカを取り逃がしてしまった。
そしてリュカはジャスパーの元を訪れ、その智略を駆使して王都奪還を果たした――といった次第である。
「素晴らしい明察よ。やっぱりリュカは、王の器に相応しい。それで――父殺しの私をどうするのかしら? どのような沙汰でも、喜んで受け入れるわ」
「いえ――勘違いなさらないでください」
「……え?」
リュカはゆっくりと、安楽椅子の前で片膝を着くと、ヒルダの手首に結ばれた縄を解き、その両手をそっと包み込んだ。
「わたしはただ、姉上に示したかったのです。わたしの成長した姿を。あなたが背負い続けた重荷の、その一端を担えることを、証明したかったのです」
「…………リュカ」
「父殺しの咎、その半分を、どうか私にも、背負わせてください。わたしは、スペイド人とハアト人の間を取り持つだけの象徴として冊立されたお飾りの王子でいたくはないのです。姉上の苦労を分かち合い、清濁併せ吞む覚悟があることを、分かって欲しかったのです。どうかわたしを――姉上の共犯者の仲間に入れてください」
「……本当、成長し過ぎよ」
今なら分かる。
なぜヒルダが、あのような仕儀に至ったのかを。
獅子剣王リヒャルトに課せられた身代金は、スぺサイド王国の国家予算数年分にも及ぶ――前代未聞の額であった。
工面するのに一年以上を必要とする莫大な金額であり――もし額面通りに支払えば、王国の国庫はそれこそ枯渇してしまう。
それどころか、各諸侯や諸外国にまで借金をする始末であり、そうなれば王権の弱体化は間逃れず、国外からの侵略――それ所か、国内からの謀反で国が傾きかねない。
鎮撫騎士団を維持するだけの予算さえ圧迫され、縮小化せざる得ないのだから、当然の理と言えよう。
だが王府としては、臣として王を見殺しにすることなど叶わない。
そのような――去るも地獄、残るも地獄の袋小路にあって、ヒルダは非情の断を下したのである。
同時にヨハンをわざと謀反に踏み切らせることで、その放埓者を討つ大義名分を作り、リュカに刃を磨かせた。
そしてこの国を百四十年間もの間蝕み続けてきた、スペイド人とハアト人の確執を克服するための礎として、双方の血を受け継ぐリュカを次代の王とすべく――ヒルダは自ら足を害ったと偽り、王太子の座をリュカへと譲ったのである。
「わたしは旅路を通じ、この国の様々な景色を見てきました。二つの民族が抱く確執はもはや爆発寸前であり、もしスペイド人を糾合する指導者が現れた場合、この国は大規模な内乱によって内部から崩れかねない憂き目に遭っていたことでしょう」
リュカはその指導者になりかねない人物――ジャスパーを見て、そう言った。
ジャスパーに一国を掌握しようとする野心の欠片もないことは、リュカも承知している。
しかし――冷遇され、使役され続けてきたスペイド人の境遇を改善したいという強固な意志を、リュカはジャスパーの奥底から汲み取っていたのであった。
ただ、ジャスパー自身、反乱という形で現状を変えることを由としてはいない。
それ故にジャスパーは、両民族の架け橋となり得る人物として、双方の血を継ぐリュカを王として推戴することを決意したのであった。
「ジャスパー殿にも、手荒な真似をして、申し訳ないことをしてしまった。許してください」
「滅相もない。拙僧はいわば――君側の奸として、あなた様を陰で操ろうとしていたことに変わりございませぬ。とはいえ、拙僧が裏で画策するまでもなく、今のリュカ殿下はもはや御自分の力でご帰洛を果たされた。煮るなり焼くなり、御好きになさってくだされ」
「では沙汰を下そう――ジャスパー殿、貴殿には王国宰相の地位を授ける。そして生涯に渡り、この国の内政を支えることを命ずる」
「っ!?」
それ即ち、恩赦に他ならなかった。
「二人の取った手段は確かに手荒なものであり、一歩間違えればヨハン大公に王国を簒奪されかねぬ仕儀であった。だが、そこまでされなければ、軟弱だったわたしは、二人が望むような王にはなれなかったであろう」
獅子は我が子を谷底に突き落とす習性があると言われている。
だがそれは――決して憎しみによるものではない。
我が子を愛すればこそ、肉食獣として生き残る術を身に着けさせるために、涙を呑んで突き落とすのだと、リュカは承知している。
そしてリュカは、周囲の助けを借りながらも、見事谷底から這い上がり、立派な王の器量を身に着けるに至ったのである。
そんな二人に感謝こそすれ、恨みから報復することなど、出来ようはずがなかった。
ただ――二人の詭計を明るみにすることこそが、己の成長を示すに相応しい仕儀であると判断したのである。
かくして――此度の王位継承騒動は、今度こそ閉幕となるのであった。
「じゃあ無罪放免ってことで、リュカの着せ替えパーティを続けましょうか! いやあ、この数ヶ月で、リュカに着せたかったドレスが溜まってたのよー」
「あの……姉上……確かに許すとは言いましたが……もう少しこう、反省の色というものを、建前だけでも見せて頂ければと思うのですが……」
「あたしもリュカちゃんの可愛い姿もっと見たいです!」
「そうそう。エフィちゃんに似合いそうなドレスも用意してあるのよ。一緒に着てくれるわよね?」
「本当ですか!? 勿論です!」
「ワシはもう帰らせてもらうぞ!」
「いやいやアルフォンタス殿、そう言わずに。馬子にも衣裳というものですし」
「おいやめんか! ワシは精神はれっきとした男なんじゃぞ!?」
「それを言ったら殿下は身も心も男児であらせられるのですが……」
「アイゼ、助けてくれ!」
「で、殿下の久しぶりのドレス姿……ハァハァ……じゅるり……」
「アイゼ~~~~! 正気に戻ってくれ~~~~!!」
めでたしめでたし。
次回エピローグ(最終回)です!




