エピローグ
リュカがヨハンに戦捷を果たし、王都に凱旋を遂げた捷報は、またたく間に王国全土に報じられ――翌月。
リュカは正式にスぺサイド王国の国王として戴冠した。
リュカ王子改めリュカ国王――
そして彼を推戴し、命を賭して支えた侍臣達が辿った事跡を、以下の記録に纏める。
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まず最初に記さねばならないのは、なんといっても、王宮を出奔するはるか以前より、偉大なる国王陛下リュカ・ローゼンベルクに尽くし続けた、アイゼリーゼ・アイゼンハルトについてだろう。
彼女は国王の身辺警護を担う近衛兵団の統領に任命された。
美貌の女騎士は、片時も国王の傍を離れることなく陪し、朝議の際には武官として列座しながらも、近衛兵以外で唯一帯剣を許される特権を与えられた。
食事は勿論のこと、沐浴や就寝の折にも、彼女は常に場を共にしたのだが――アイゼがリュカより賜る寵愛の深さと、色を覚え始める年頃の国王の年齢を鑑みれば――閨中で何事が行われているかを記すのは無粋というものであろう。
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次に王佐の才として歴史に名を刻むことになるジャスパーについて。
彼は王国宰相に任命され、帷幕の床几から王府の執務椅子へ座を移してもなお、その才幹を遺憾なく発揮し続けた。
かつて平民の出自でありながら官吏登用試験に一発で合格する智者でありながら、スペイド人という一点のみで冷遇され辞官した過去を持つ彼にとって、己の能力を国に捧げ内政によって国を豊かにすることは、生涯の宿願でもあった。
その為、彼は犬馬の労を厭わず筆を取り続けた。
リュカから王の器量を見いだした観察眼は健在であり――特に登用の面でも彼は大きく王宮に益をもたらした。
スペイド人・ハアト人に関わらず、才能の原石を目敏く見つけ出しては、その才能を伸ばして適材適所に配置した。
同時にリュカの国是である、徳や義を重んじる王道を尊び、いかに才に優れる者であれ、義に悖る者を用いることは断じてなかった。
また、カラスを用いた伝書の連絡網を王国全土に拡大させ、地方の諸侯と密に連絡を取り合い――後の世に通信技術と呼ばれるものが誕生するまで、スぺサイド王国の情報伝達手段として諸外国から大きく差をつけることになるのであった。
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次いで――暗衛エフィについて。
彼女は先王リヒャルトの横暴によって取り潰された、シュヴァルツシマー伯爵家の姫であった。
リュカはエフィが積んだ功績に報いるべく、シュヴァルツシマー家の再建を約束し――かつてリュカを奸計に陥れたシュタンシュタット伯を転封に処した後、その領地をシュヴァルツシマー領と改め、直轄領と接するその土地を彼女に下賜するのであった。
同時に、エフィ自身は王宮における王の居住区――内廷を取り仕切る女官長の地位を与えられ、公務を終えたリュカの身の回りの世話を担った。
リュカにとってエフィは臣であると同時に、気心を通じた唯一の友であり――王としての責務を一時忘れ、砕けた口調で雑談できるエフィの存在を、リュカは終生大切にした。
とはいえ――内廷においてもリュカに付き従うアイゼとは犬猿の中であり、リュカを取り合うように口論を広げては、ヘリワードに「恋の鞘当てとはこのことですな」とよく揶揄されていたのだが……。
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次は吟遊詩人ヘリワードについて。
ヘリワードを召し抱えた際に約した通り、宮廷楽士の地位を彼に下賜した。
ジャスパーやアイゼは、彼の弓の実力を見込み、弓箭将軍の地位を与えるべきだと諫言したが――本来争いを好まぬヘリワードの質を慮り、食言なく彼に楽弦を爪弾かせることをリュカは選んだのである。
ヘリワードの美声と流麗な美貌の虜となった女官は数知れず、宮廷において数々の浮き名を流すのが唯一の難点であったが……。
また、彼は定住を厭う質でもあり、時折「市井を見て感性を磨いて参ります」と、宮廷を飛び出し旅に出ることも度々あったものの、リュカは寛大な心でそれを許した(むしろリュカも付いていこうとして、直前に廷臣に捕まったのはここだけの話である)。
旅の先々でヘリワードは詩を吟じ、時には弓の腕を発揮し、剽盗などの被害に困窮する農民を助けることもあった。
その英雄的行為はやがて、他の吟遊詩人に伝わり詩が詠まれ、その痛快的な冒険譚は、後世においても語り継がれ、様々な媒体で彼の物語が作られ、大衆に根強い支持を受けることになる。
歴史的な功績は別として、数百年後の大衆の知名度で言えば――賢王と称えられるリュカに匹敵するやもしれぬ程である。
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次は錬金術師アルフォンタスについて。
彼(もしくは彼女)もまた、ガーナーゲート砦での約定を違えることなく、宮廷錬金術師の地位を与えられた。
アルフォンタスは生涯において錬金術へ熱意を傾けたものの、その大願である人造人間の完成には、ついぞ至ることはなかった……が。
それでも人の営みを豊かにし、人類の文明を発展させる発明品を数多く世に出し、彼女を意志を継いだ幾多の錬金術師が、その発明品を元に改良を重ね、後の世に科学と呼ばれる技術体系の基礎を築く程の功績を残したのであった。
また、偏屈でとりとめのない四方山話を嫌う性格であったが、宮廷楽士のヘリワードだけは例外であり、よく仕事の合間にヘリワードと友誼を深める姿が、宮廷の者達によってしばしば目撃されたとか。
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次は鎮撫騎士団団長であるイリアーナについて。
彼女には引き続き鎮撫騎士団の団長職を任されると同時に、逆臣ヨハンに与した貴族を改易した際に浮いた領地と侯爵位を下賜された。
鎮撫騎士団として、国王の要請に応じ王国の果てであろうと、労を厭わず東奔西走し、諸侯同士の調停や、謀反人や剽盗の討伐に身を砕いた彼女の優れた武勇は、やがて諸外国にまで伝え聞かれるまでになったとか。
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次は征伐騎士団が団長――ゴードンについて。
彼はエルキ大河の戦いに至るまで、ヨハン大公に与し、王子軍の行く手を阻み続けた敵対者であったが、彼の帰順が、リュカの凱旋に大きく益したのは疑いようのない事実であり――同時に彼の篤き敬虔さと騎士道に殉じる精神は、誰もが感服させるものがあり、リュカはゴードンを厚く遇した。
ゴードンは一度は――
「変節者である某が、寵遇を賜る訳には参らぬ」
――と、辞退したのであるが……。
リュカの度重なる懇願に根負けし、謹んで褒賞を受け入れたのであった。
具体的には、前述のイリアーナ同様に領土を加封され、子爵位から侯爵位に封爵された。
そして彼の亡父と同じく――王都内の治安維持を担う、国王直属の騎士団――警邏騎士団の団長に任じられたのである。
とはいえ、唯一の悪癖である衆道の嗜好に関しては、なりを潜めること叶わず、常に幼い寵童を侍らせていたのものだが――それでも、歴代の寵童には惜しみない薫陶を施し、一廉の騎士へと育て上げるだけの甲斐性は見せたのであった。
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次は病院騎士団長、フローレンツについて。
猛毒に侵されたアイゼの腕を、後遺症を残さずに平癒し、エルキ大河の戦いにおいては負傷兵の治療に尽くした彼女には――引き続き病院騎士団団長の地位を継続して与えられた。
平時においてはナハティガル修道院で聖職の修行と、近隣住民の医療行為に専念するも、リュカ国王が病床に臥すことあれば即座に参内し、御典医が舌を巻くような医術でもって治療にあたった。
フローレンツは東洋医学の知識も貪欲に求め、スぺサイド王国に漢方薬の知識を流布した先駆者でもある。
彼女の煎じた漢方の功績か、生まれつき体の弱かったリュカは、成人後には大きな病に臥すことなく、国王の延年益寿に大きく貢献を果たしたのであった。
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次は姫将軍ヒルデガルドについて。
彼女は長年騙っていた足萎えを公に改めたものの、アイゼやイリアーナといった後任に席を譲り、武官として再び表舞台に立つことなく、軍事顧問として折に触れて軍務に口を出す程度で、平時においては王宮内にて悠々とした余生を送ることになった。
ヒルダの優雅な生活は、やがて諸外国の王族と婚姻を結ぶまで続き、その際に彼女が持参したリュカの肖像画は、彼女の没後に大陸中に流れ出た。
華奢にして典雅なる、奢侈なドレスを纏ったスぺサイドの解語の花たる美王の姿は、後の世における歴史好きな少年愛好家と呼ばれる者達の耽美欲を十分に満たすことになるのであった。
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それから――王弟ヨハン大公についても記さばなるまいだろう。
リュカを王宮から逐ったのを得意の絶頂として、そこから下り坂を転げ落ち続けたヨハンは――最終的に逆臣として斬首に付されることとなった。
慈悲深き王であったリュカは、王弟派閥の貴族には減封にとどめ、処刑する程の沙汰を下すことはなかったものの……。
首謀者であるヨハンだけは断ぜぬには示しがつかないと、侍臣達からの強い諫言を受け、そのような沙汰を下したのであった。
彼は後世の大衆から、「無能な簒奪者」という誹りを口々に受け続けることになるが――皮肉なことに、リュカの裡に眠っていた、端倪すべからざる才を開花させたという一点においてだけは、歴史家から評価される仕儀となるのであった。
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そして最後に――我らのリュカ・ローゼンベルク国王について。
国民より衆望を担って即位したリュカは、その生涯を王国の国益に捧げた。
彼の最も大きな功績は、先の公約で掲げた通り――スペイド人とハアト人の、140年にも及ぶ対立と差別意識を撤廃したことであろう。
スペイド人とハアト人双方の血を引くリュカが、広く国民の心を得て、加えて根強い啓発活動が功を奏した結果、両民族の確執はリュカの治世を境に急速に薄れていった。
両民族の婚姻も増え、数世代後にはスペイド人・ハアト人という区別そのものが溶け、同一化した新しい民族――スぺサイド人という新たな自認を、王国民は持つに至った。
また、国政においてリュカは、己の意思を出すことは殆どなかった。
だがそれは――ヨハン大公のように、政務を臣下へ丸投げするものとは、根本と異なる。
親政はいずれ国を傾けることを自覚し――些細なことにも評定を開き、様々な意見を持つ官僚たちに耳を傾け合議を重ね、最終的な沙汰を下すのが王としての役割であると、弁えていたのである。
その政策が惜しくも失敗した際には、王として責を取り、逆に奏功した際には、草案を出した臣を厚く賞した。
また、リュカ国王の御代において二度――海を越えてきた諸外国の侵略に晒されることがあった。
その際にはリュカは親征して自ら指揮を執り、自国の領土を奪われることを決して許さなかったのである。
平時においても戦時においても、彼は並外れた手腕を発揮し、かような徳望ぶりから、先代・獅子剣王の称号に倣い――人々は彼を〝獅子賢王〟と呼び、永く敬い続けたのであった。
だが――そんな賢君は、ただ一度だけ、私情を国事に持ち込む、越権ともいえる振る舞いをした。
それは――
「わたしの心はかねてより、アイゼただ一人に定まっている……アイゼがいなければ、わたしはきっと志し半ばで挫け、登極するに叶わなかったであろう。だから頼む……わたしの正妃となって欲しい」
――近衛統領アイゼリーゼに、求婚を申し出たことである。
この時代において、王に公私の境はなく、婚姻さえも外交の一因として用いられる。
それを承知の上でなお、リュカはアイゼを正妃として迎え入れたのであった。
結果的――もしくはジャスパーの周到な根回しもあってか――リュカの上記の暴挙によって、国が傾くような仕儀には至らなかった。
むしろ、この時代において王家が恋愛結婚を果たした奇異なる例は、ヘリワードが紡いだ美しき物語として語り継がれ、後世のロマンス主義者からも高く評価され、二人を題材にした様々な娯楽作品が作られることになった。
その後リュカは側室も愛妾も取ることなく、アイゼとの間に生まれた御子がローゼンベルク王朝を継承した。
数百年後――スぺサイド王国が時代のうねりと共に、封建制から立憲君主制に改められ、人類は目を見張るような科学の発展を遂げ、有人宇宙飛行による月面着陸を果たし、生きたまま月星国に足跡を残す時代が到来してもなお、リュカが残したスぺサイド国とローゼンベルグ王統は存続し続けたのであった。
最後のおまけAIイラストは、戴冠したリュカです。
――ということで。
これにて完結です。
ここまで読んで下さった読者の方々には、別格の感謝を申し上げます。
ありがとうございました。
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既にして下さっている読者の方には最上級の感謝を申し上げます……!!!!
おまけと申しますか、蛇足として、活動報告にて本作品の裏話や小ネタを作者がダラダラ語るだけの、長文版あとがきを用意しました。
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