84 感動の再会
リュカ・ローゼンベルクが、王都ブルーメンへの帰洛を果たした――翌日。
驚いたことに、リュカを出迎えた宮廷貴族並びに文武百官は、その全員が新王に額づき凱旋を喜んで見せた。
その中には、かつて宮内にて落胤のリュカを冷笑していた者の姿もあった。
僭王ヨハンに人望がなかったというのもあるが――その本心を詳らかにするのならば、新王に冷遇されて己の立場を脅かされるのを恐れている――というのが、豹変の理由であろう。
結局のところ、
貴族からすれば特権を――
官吏からすれば俸給を――
衆民からすれば泰平を――与えてくれるのであれば、君臨する王が誰であるかは、些細な問題なのである。
とはいえ――無論リュカは、そのような誰でも務まるような王の器に収まるつもりはなかった。
此度の戦いで、決して少なくない兵が殉じ、土地が荒れた。
そこまでして手に入れた玉座を、己の京楽のために使うつもりは毛頭なく、この身を国に捧げる覚悟で執政に取り組む所存であった。
***
さて。
そのような覚悟を胸に秘めたリュカが、まず最初に行ったこと。
それは、親愛なる姉君――ヒルデガルドと感動の再会を果たすことであった。
リュカは長旅の汚れを湯殿で丁寧に洗い流し、糊の利いた絹の衣に袖を通し、身だしなみを整え、ヒルダの私室を訪ねた。
数ヶ月ぶりの姉弟の再逢、果たしてどのような言葉を交わすのかと思えば――
「うひーん♪ やっぱり可愛いわよ! まさに解語の花よ!」
「いかさま。まさしくその通りかと存じます」
「ふぇ…………」
――可愛らしいデザインのドレスを着せられ、羞恥で白皙の頬を真っ赤に染めながら、ヒルダに頬ずりされていた……。
この国で二番目に美しいと自称する姉姫は、その麗貌をだらしなく緩めながら、彼女がこの国で最も美しいと信じてやまない弟を、これでもかとばかりに愛でていた。
まるでこの数ヶ月間、溜まり続けていた欲求をまとめて吐き出すが如く。
しかも、以前は足を害った振りをしていたこともあり、安楽椅子の上でおしとやかに収まっていたのが――その演技を撤廃した今は遠慮というものがなく、リュカの全身を舐め回さんばかりに撫で回すのであった。
「あ、姉上……ぐるぢいです……肋骨が……ミシミシと響いております……」
姉に強引にコルセットを装着させられた時以上の圧迫感がリュカを襲う。
リュカとしては、流浪の果てに成長した精悍な己の姿を見せて、一人前の男児として認めてもらいたい心境であったのだが――中身は大きく成長したものの、外見に関しては、いくぶん凛然とした空気を纏うようになっていたとはいえ、精悍とは程遠いい子猫のような風情のままであることは否定できなかった……。
「っていうか、なぜワシまでこんな恰好させられておるのじゃ!?」
リュカの隣では、アルフォンタスもまたドレスに身を包み込んでおり――外見の愛らしさとは裏腹に、精神はれっきとした老爺である彼女は、着馴れぬドレスに途方に暮れた顔をしている。
リュカと背丈が近く、またヒルダの好みの美少女ということもあり、ついでとばかりに着せられてしまったのである。
「おや、よく似合ってますよアルフォンタス殿」
「ジャスパー殿の仰る通り。ここで賑やかしに、一曲奏でさせて貰いましょうかね」
アルフォンタスは男性陣――ジャスパーとヘリワードに助けを求めるが、彼女を揶揄するばかりで、一向に助け船を出す素振りを見せてくれないのであった。
リュカに関してはもう諦めの境地である。
姉の着せ替え人形にされている間、リュカの人権というものは存在しない。
それは彼が王になっても変わらぬ習わしと化していた。
「姉上、そろそろ満足して頂けましたか?」
「ふー、おかげで久々にリュカ成分を摂取できたわ」
リュカは全身もみくちゃにされ、げんなりとしている一方――ヒルダの方は、五歳は若返ったかのように肌艶が良くなっていた。
「して姉上……次はわたしの話も、お聞き頂きたく存じます」
「え? ああ、そうね。私だけが一方的に愛でちゃってたわね。積もる話もあるし、なんでも言ってちょうだいな?」
「しからば一つ、王権を行使して姉上に問いただしたい儀がございます」
「もう、水臭いわね。私達は姉弟なのよ? 王権なんかなくても、なんでも言ってちょうだい」
「では――」
ヒルダは溢れんばかりの包容力で、弟の何事をも受け入れる所存であった。
しかし――リュカの口から紡がれた言葉は、ヒルダが想定したあらゆる予想を、悉く裏切るものであった。
「――姉上並びにジャスパー殿を、先王リヒャルト弑逆の容疑、並びにヨハン大公に謀反を教唆した容疑、並びにいたずらに王国の泰平を乱した容疑で――拘束させて頂きます」




