83 かくして青薔薇は帰参する
「傾――――注――――!」
心に直接語りかける訳ではない、純然たる大音声が城内に響き渡り――王宮に勤めていた官僚達は、何事かと頭上を仰いだ。
そこには、獅子剣王の面影を色濃く宿す美貌の姫君が、王旗を高く掲げていた。
先ほどまでそこに翻っていた、大公家の旌旗は既に取り払われている。
傍目には、王子軍が王宮を制圧したと思われる光景であった。
だがそれ以上に――足を害っていたはずの元・王太子ヒルデガルド・ローゼンベルクが己が二本の足で端立している姿に、誰もが息を呑んだ。
まさに奇跡に等しい御業が、ヒルダの足に生じたと思わずにはいられなかった。
ヒルダは注目を集めたまま、これまた大音声で言葉を継いだ。
「このわたし――ヒルデガルド・ローゼンベルクは我が弟にて正統なる王太子、リュカ・ローゼンベルクを次王として推戴する! この軟弱たる王弟を見よ!」
ヒルダは、足元で気絶しているヨハンを片腕で掴みあげると、それを面前に掲げた。
「国の有事に際しても享楽を手放せぬ惰弱なる簒奪者と、自ら軍勢を率いて実力でもって武を示した王子殿下、果たしてどちらが王として相応しいか、今一度胸に手を当てて考えよ!」
先代国王リヒャルトは、確かに名君とは言い難い王であった。
だが、尚武の国であるスぺサイド王国において、その武勇の数々は詩として吟じられ、国民にとっての誇りであることは確かである。
となれば――掲げる公約に関わらず、自ずと強き王に支持を傾けてしまうのであった。
挙句――姫将軍ヒルデガルドはかつては鎮撫騎士団として全国を東奔西走し、悪を誅し続け、その武勇は誰もが知る事である。
そんな彼女が――王子を支持すると宣言したのであるからして、国民の支持がリュカに傾く一助となる。
その伝播は、王城から城下町へと広がった。
果たしてリュカを王として認めるべきか、心を揺らせている民の中で、一人の若者が勇気を振り絞って声をあげた。
「オレは王子殿下を支持するぞ! 実はうちの爺さんはスペイド人なんだ! オレにも半分の半分、スペイドの血が流れている!」
その声を呼び水に、他の場所でも声があがる。
「私の恋人もスペイド人なの! でも親は絶対認めてくれなくて……でも私達、同じ人間じゃないの!」
次に声を上げたのは学府に通う学徒。
「僕達はスペイド人の耕した作物で生かされている。スペイド人なくてして生きていけぬのに、そんな彼らを軽んじる世の中こそ間違っているのではないか!?」
リュカを支持する声が、ぽつりぽつりと増えていく。
だが――いくら民が決起した所で、それで城門をこじ開けるには至らない。
されど――決起したのは民だけになかった。
「我々は警邏騎士団である! 門衛よ、王太子殿下の御帰参であらせられるぞ! 即に門を開けよ!!」
城門の内側に、甲冑で武装した5000の兵団が押し寄せてきた。
その先頭で騎乗しているのは、まだ幼さが抜け出せていないリュカと同年代の美童――ゴードンに仕える騎士見習い――ノエルであった。
彼は先のケーヒニス砦での戦いにおいて、ゴードンに飛来した流れ矢を庇って背中を負傷し、王都にあるゴードンの上屋敷で療養していた。
そんな少年の元に、伝書カラスを通じて密書が届いたのである。
そこには、ゴードン麾下の征伐騎士団がリュカ王子に帰順したこと。
王宮内の警邏騎士団を率いて、内側から決起せよという内容が認められていた。
一見暗号にも見える金釘流は、紛れもないゴードンの筆跡で間違いなかった。
王都の治安維持を担う警邏騎士団は、団長である先代ゴードン卿の武威に深く傾倒し、一枚岩の結束を誇っていた。
その子息であるゴードンジュニアもまた、翼長として亡父に劣らぬ武勇を認められていた。
彼は確かに思慮に欠ける欠点はあるも、よく言えば直情径行の豪邁の士であり、、決して無能ではないのである。
ゴードンがいれば、警邏騎士団は安泰であると――古株の騎士までもが、彼の実力を認めていたのだ。
そのゴードンが王子に与したのならば、彼らも右に倣うのは当然の成り行きであった。
「ど、どうすればよいのだ……!?」
門衛の責任者は迷っていた。
外側を王子軍、内側を警邏騎士団に挟まれ、開門するべきか、せざるべきかを。
その時――指示を出していないにも関わらず、鎖が擦れる音が鳴り、城門がゆっくりと顎を開き始めた。
「な、なぜ門が開いている!?」
「オレはスタンス城での戦いで、王子軍と戦ったが、王子は降伏した者を決して害さず、怪我の治療までして解放してくれた。難しいことは分からないが、オレは王子に王様になって欲しい!」
そう叫ぶのは、門の開閉装置を操作する兵士の一人。
開き始めたことで、門衛長のせめぎ合ってきた感情も決着がついた。
改めて閉門を指示する気力は、もはや湧いてこない。
俗に表現すれば、もうどうにでもなれ――という次第である。
もはや王弟を支持する臣民はいない。
風に聞く王子の博愛さを鑑みれば、一兵長クラスに過ぎない自分が処罰されるようなことはあるまい。
そうと決まれば、あとは勝ち馬に乗るだけである。
「開門! 開門だ! 王子殿下の御帰還である!」
門衛長は軛から放たれたように、部下に開門を命じた。
最初に鎖を巻いた兵に倣って、残る兵もまた力を合わせて城門を開け放った。
まるで――王子の凱旋を祝福するように。
かくして――大陸歴1193年の夏。
王太子リュカ・ローゼンベルクは、上は蒼天、下は蒼生より称えられながら、王都への凱旋を果たしたのであった。




