80 アイゼとゴードン
「待たせたな。ゴードン卿」
「なに。貴殿と決着をつけられるとあれば、千秋も刹那の如くよ、アイゼリーゼ卿――して、腕の調子は如何か」
「憂に及ばぬ。腕のよい医者のおかげで、この通りよ」
「それはようござった。もし貴殿の腕が動かぬ仕儀なれば、某も自らの腕を切り落として決闘に臨むつもりだった故」
「戦場で起きたことに卑怯も何もない。気に召されるな――それで言えば、我が方の方がキツネ男の企てた卑劣極まる詐謀を取り続けてのだからな」
「…………」
「…………」
言葉はそこで途切れた。
これ以上、言を介す必要はないと、心中で得心したのだ。
二人は大橋の上に騎乗し、十メートルの間を開けて対峙する。
決闘の始まりを告げるのは、ヘリワードが奏でる金管楽器の音であった。
蒼穹に嚠喨なる調べが鳴り響き、アイゼとゴードンは同時に拍車をかけた。
「月星に召します我らが月神よ、並びに全ての守護聖人よ、どうかアイゼに勝利を与えたまえ!」
南岸の最前列――両雄の角逐がよく見える特等席で、リュカは両手を固く組みながら、アイゼの勝利を祈った。
かくして――スぺサイド全軍に冠絶する武勇を誇る――両雄が激突する。
「「ふんっ!!」」
悍馬と駿馬が驀走し――すれ違い様に交わった刃が、甲高い剣響を奏で、青白い火花を散す。
刹那の交叉に、二人の騎士は互いの伎倆を余すところなく感受した。
「(重いッ!)」
「(鋭いッ!)」
アイゼは尋常ならざる膂力から繰り出される、ゴードンの一撃を受け止めたことで、手首をビリビリと痺れさせた。
ゴードンは寸分違わぬ正確さで、鎧の隙間に差し込まれようとしたアイゼの一閃を、辛うじて剣で受けたことで心胆を寒からしめた。
橋上でそれぞれに旋回し、再度二頭が疾駆する。
「「ふんっ!!」」
再び振り下ろされる両手剣と長剣。
今度はゴードンがひと息分早かった。
アイゼは剣を横にして、真っ向斬りを受け止める。
まとも食らえば頭蓋から股まで一刀に両断されかねない刀勢。
なんとか受け止めたはいいが、あまりの重さにアグロの膝が沈んものの――なんとか耐えた。
だが――並みの馬であれば、今のでそのまま膝を折られていただろう。
間髪入れず、ゴードンの容赦のない二撃目が繰り出される。
「くっ!」
アイゼは慧眼でもって、紙一重で厚刃を慧敏に躱した。
だが――その軌跡にあった、アグロの手綱が断ち切られる。
「ぬわっ!?」
「アイゼっ!!」
つんのめり、そのまま落馬しそうになるアイゼ。
思わずリュカから悲鳴があがる。
反射的に発動しかけた、青薔薇の宝珠の権能を、辛うじて押さえ込む。
ここで宝珠を使うのは、アイゼとの約束を違えるだけでなく、アイゼからの信を裏切ることに値するからだ。
だが――手綱を失ったアイゼは、そのまま頭から落馬しそうになる――刹那。
「ヒヒーンッ!!」
アグロが猛々しく嘶くと共に、前脚を力強く竿立たせた!
それによりバランスが保たれ、アイゼはアグロのたてがみを掴み、辛うじて落馬の憂き目を免れるのであった。
「ぐぬっ!?」
加えて、竿立ちの勢いのまま振り下ろされる蹄鉄が牽制に繋がり――ゴードンの追撃を封じる形となったのであった。
「今のを凌ぐか! 面白い! だが、手綱なき状態でどこまで持ち堪えられるか!」
「舐めるなよ! いくぞアグロ!」
「ヒヒーンッ!」
アイゼはただの革紐と化した手綱を捨てると、両手で長剣を構え、拍車のみでアグロを操る。
アグロもまた、主人の感情をつぶさに汲み、竜吟虎嘯の人馬一体となって、橋上を翔ける。
幾合もの刃が重なり、火花の飛沫が舞い上がる。
両軍は共に、己が驍将の勝利を願って力強く握り拳を作って見守った。
「負けるなアイゼ!」
「勝ってくださいゴードン様!」
此岸ではリュカが、彼岸ではゴードンの騎士見習いが、喉も嗄れよとばかりに声援を送る。
剛に関してはゴードンが一枚上手だが、技に関してはアイゼに軍配があがる。
互いの膂力と伎倆を合計した力量は、紛れもなく伯仲していた。
「(青薔薇の宝珠の加護なしで、五分の条件で戦えば、ゴードン卿はこれほどまでに強いのか!?)」
「(詭が含まぬ五分の条件においても、某の刃はアイゼリーゼ卿に届かぬのか!?)」
決闘が始まり既に半刻が経とうとしていた。
にも関わらず、決着は未だ見えなかった。
二人の騎士は、相手の桁外れの力量に慄き、賞賛する。
同時に、この戦いがいつまでも続けばいいと、そんな不届きな思いが、胸の奥をかすめてしまった。
己がこれまで磨いてきた剣術を遺憾なく発揮し、それに応えてくれる好敵手との角逐。
騎士として、これに勝る喜びはない。
今この瞬間のために、日夜汗と泥にまみれながら剣を振り続けてきたのだとさえ錯覚し、二人は等しく高揚した。
「これでどうだああああああ!!」
「まだまだあああああ!!」
今のゴードンには、亡父への報讐の瞋恚はない。
君主からの信を取り戻そうという念も、功を立てて枢要に就こうと企む野心さえも。
ただ、好敵手と決着をつけたいという、武人としての好奇心のみが、どこまでも澄んだ闘志を滾らせていた。
だが――終わらぬ祭がないように、此度の決闘も、ついに終着を迎える仕儀となった。
「うおおおおおおおおお!」
「うおおおおおおおおお!」
幾百号に及ぶ剣戟の末――ついにゴードンの一撃が、アイゼの冑を削った。
だが――アイゼは刃が差し込まれる速度と同じ速度で、自らの首を翻し、その勢いを相殺すると――そのままアグロの勢いを殺さずに駆け抜け、懐に飛び込んだ!
「なっ!?」
「これで――終わりだ!」
馬穴甲冑の覗き穴を介し――二人の視線が重なる。
アイゼの渾身の一閃が――ゴードンの胸甲を叩いた!
――ゴンッ!
という響きと共に、ゴードンの巨体が大きく傾ぐ。
そのまま鞍より投げ出され、橋板に落下――勢いよく背中を打ち付けた。
騎乗の決闘において、落馬は敗北を意味する。
「私の勝ちだ!」
アイゼは声高らかに勝利の鬨を上げる。
天に高く掲げた長剣が陽光を受けて白銀に輝き、光の束がアイゼを皓々《こうこう》と照らし出す。
「「「「うおおおおおおおおお!!」」」」
王子軍からの歓声が天を突いた。
熱狂に包まれた両軍。
その中で――数少ない冷静さを保っていたのは、親子二代に渡ってゴードンに仕える老参謀であった。
「(まだだ! 決闘の結果がなんだと言うのだ、全軍に突撃命令を…………)」
そう思った老参謀であったが……。
橋上で倒れたゴードンが上体を起こすと、厚手の冑を脱いだ。
汗を繁吹かせながら現れた面は、負けたというにも関わらず、まるで少年のように無邪気な笑みが浮かんでおり――
「(いや、ここまで、ですな)」
――合理主義の老参謀だったが……。
その彼を前にしても、此度の決闘に心を動かされずにはいられなかった。
ゴードンが幼子の頃より、傅役を務めてきた老士は、晴れ晴れとした表情の己が主人の姿を見て、全軍に達しようとした突撃命令を噤んだ。
「アイゼ!」
リュカは単身、橋上まで馬を駆けると、感極まって、馬上越しに、アイゼを強く抱きしめた。
「信じていたぞ!」
「私も、決闘の最中においてなお、殿下の声援だけは、しかと届きました」
人目も憚らず、二人は共に抱擁を交わす。
敵方の総大将と将軍が、無防備な姿を晒すも、そこに矢を射るような無粋者は、一人もいなかった。
「見事であった、アイゼリーゼ卿」
「それはこっちの台詞だ、ゴードン卿」
落馬したゴードンであったが、厚い鎧が幸いして、肉体に損傷は見られないようで、ゆっくりと立ち上がり、アイゼに一礼する。
アイゼもまた、下馬してそれに応えた。
「決闘の約定に従い、征伐騎士団は身を引くことを宣言する! その上でリュカ・ローゼンベルク王太子殿下に上奏願いたい儀がございまする!」
「よかろう。申してみてよゴードン卿」
「我ら征伐騎士団5000――変節者の誹りを受けるのを覚悟で、殿下の軍門に加えて頂きとう存ずる! もはや王弟大公に義も徳もあらずや、殿下こそ満天下にその仁徳を布くに相応しき御仁と判断致した! 伏して願い奉る!」
「無論だ。貴殿の武辺と高潔なる騎士道精神は、常々感服していた次第である。此度の継承戦を終えた後に、貴殿を重用するつもりであったが――それがいくばくか早まるだけのこと。どうか我らに力を貸して欲しい」
リュカは青薔薇の宝珠を通じ、ゴードンの帰順を全軍に通達した。
先の決闘で、アイゼとゴードンのみならず、両軍の兵士までもが意を一つにしたことが幸いしたのであろう。
反意を示す者はおらず、征伐騎士団は王子軍に編入された。
かくして王子軍は累計15000の軍勢に膨れ上がる。
一方――城門前に布陣する王弟軍は10000。
兵の損耗はなく、士気も高い。
誰も彼もが、ゴードンと角逐を演じたアイゼの主君こそが、真の主君であると認めている。
「もはや策を弄するより、この漲った士気を解き放つが最善に存じます殿下!」
「うむ――全軍突撃! 城門前を制圧せよ!」
「「「「「うおおおおおおお!」」」」
ジャスパーの進言を受け、リュカの下令を下す。
王子軍15000は、城門目掛けて雪崩のように疾駆する。
橋上での一抹を知り得ない王弟軍は、征伐騎士団の寝返りに驚きを隠せず、浮足立ったまま数の不利に呑み込まれ蹂躙されていく。
かくして――エルキ大河の戦い二日目。
王子軍は王城前の平野を制圧し、王都の門前に、その足をかけるのであった。
***
圧倒的快進撃を続ける王子軍に対し、王弟軍の敗北はもはや時間の問題かと思われていた。
だが――王弟ヨハンにはまだ一つ、王子リュカの勢いを削ぐとっておきの手札が残されていた。
人質。
リュカの実姉――ヒルデガルド・ローゼンベルグの身柄である。
当初のプロットでは、突撃命令を出す老参謀を、ヘリワードが狙撃して黙らせるシナリオだったのですが、この参謀にも愛着がわいてしまい生かしました(笑)




