73 病院騎士団
【前回のあらすじ】
ゴードン率いる征伐騎士団は、ナハディガル修道院に対してリュカの引き渡しを要求するが、フローレンツ修道院長はそれを拒否。レイピアでもって使者を追い返すのであった。
数分後。
ゴードン親子を支え続けてきた参謀が、ゴードンの元に帰参して、殆ど間を置かずに、ゴードン率いる征伐騎士団の残党は、勢いよくつづら折りを駆け上ってきた。
修道院の門戸は硬く閉ざされていたが、強引にこじ開け、なだれ込む。
「ゴードン様、中はもぬけの殻です!」
「なに!? だが他に出入口はないはずだ! 隅々まで探せ!!」
静謐であるべき僧院が、けたたましい怒声と、金属が擦れ合う騒音で包まれる。
だが――つい先ほどまで門戸に立っていたはずの、フローレンツ修道院長の姿さえ見えない。
あの巨体では、身を隠すのも苦労するだろう。
ゴードンは不穏な空気を察知しながら、やがて一人の部下が駆け込んできた。
「地下室に隠し通路を発見しました!」
「なに!? よし! 奴らはそこから脱出したに違いない! 即座に突入し、王子を捕らえるのだ!」
「御意に!」
部下の報告の通り、倉庫として使われている地下室の奥に、鉄格子の扉が設けられていた。
その先は剥き出しの土に、一定間隔で打ち込まれた木柱のみで構成された隧道が続いている。
王子一行がここから脱出したのは、間違いない。
ゴードンが顔を覗かせれば――松明の光と思わしき光源が、遠くに揺れているではないか!
「あの光は王子一行が掲げる松明の明かりに相違なし! 総員突入!! 行け行け!!」
ゴードンの命に、次々と兵隊が、、暗闇の中へ飛び込んでいくのであった。
***
一個小隊に及ぶゴードン麾下の兵隊は、松明を掲げながら隧道を進む。
やがて正面より、ひらひらと揺れ動く僧服の裾が見えた。
逃げ出した修道女達に追いついたのだ。
その先頭には、リュカがいるに違いない。
先方には手負いのアイゼがいる、その歩みが遅くなるのは仕方のないことで、ゴードン勢からすれば願ってもないことであった。
兵隊達は喊声を上げながら、修道女の背中目指して歩を早める。
ついにその背に追いつく――直前。
「ッ!?」
――突っ!
逃げに徹していた修道女達が、一斉に踵を返した。
僧服の中に隠し持っていた細剣が引き抜かれ、追いすがる征伐騎士団の鎧の隙間を、的確に貫く。
なんとも信じられないことであったが、剣術の心得があったのは、フローレンツだけではなかったのだ。
「うわっ!?」
「ぎゃっ!?」
彼らはまんまと、狭隘な地形に誘いこまれたのである。
兵士達は面を食らいながらも、応戦しようとするが、大人一人分の横幅しかないため、剣が土壁に引っかかって、まともに刃を振るうこと出来ない。
一方の修道女達と言えば。
突きを主とする異国の剣術を駆使し、追いすがる兵士の急所を次々と穿っていく。
目の前の味方が倒れる。
その積み重なった死体を乗り越えた先から、峻烈な突きが飛んでくる。
征伐騎士団は、修道女一人斃すこと叶わず、次々とその数を減らす一方であった。
「くそ! 撤退だ! 一旦引くのだ!」
兵士達は、風を食らって踵を返そうとする。
だが――此度の陥穽を立案した偽僧ジャスパーの策は抜かりなかった。
「大変です! 後ろからも敵が!」
「なにっ!? どのから現れた!?」
背後から、女人達の吶喊が轟いた。
薄闇の中、炯々と榛色に輝く瞳を宿したフローレンツが、その先頭に立っている。
実はこの隠し通路、絶妙な角度で分岐した支路が設けられていた。
修道院から外へ脱出する際には、気付きにくい仰角の枝道に潜んでいた別動隊が、征伐騎士団が通過した後に飛び出し、退路を塞ぎ、挟撃の形を生み出したのである。
「聖職に生きる者として、無益な殺生は好みません。今すぐ投降してください」
前後より、細剣の槍衾を突きつけられ、征伐騎士団の戦意は、完全に潰えた。
しかしなぜ――医術に通暁しているだけの修道女達が、これほどまでの武力を備えているのか?
後にジャスパーはリュカへ、以下の様に語った。
『一見ただの僧院に見えまするが、彼女らはかつて、獅子剣王リヒャルト陛下の海外遠征に随行せし、負傷者の治療を担う直属の衛生兵団でございました――そして最前線で傷兵を回収する役目を請け負うからには、医術のみならぬ武術にも秀でている必要がございます』
その言葉を聞いて、リュカは得心した。
フローレンツがリュカに対し――獅子剣王の面影がある――と述べた言葉の意味を。
『すなわち彼女らは、僧侶にして、医師にして、騎士なのです――その三つの伎倆を兼ね添えた、国王直属の騎士団に対し、リヒャルト王はこう命名しました――病院騎士団、と』
病院騎士団。
鎮撫騎士団や警邏騎士団に続く、国王直属の騎士団であり――
ナハティガル修道院は、平時こそ近隣住民の治療を請け負う修道院であるが、有事には国王のためなら海の向こうだろうと随伴する――病院騎士団の詰所でもあったのだ。
無論――ジャスパーはナハティガル修道院の正体を、端から承知の上で、彼女の元を訪ねていた。
リュカがアイゼに付きっきりで看病に励んでいた際、かの偽僧は真僧と密に連携を取り、このような事態に備えた策を周到に整えていたのである。
そして更に付け加えれば――一見逃げ出したと思われた隠し隧道の一行に、リュカ達の姿は、どこにも見えなかった。
リュカ一行は予め、他の隠し部屋に息を潜めており、征伐騎士団が隠し通路に殺到するその隙に、悠々と正門から脱出する腹積もりであったのだった。
毒こそ完治したと言えど、未だ病み上がりで、一人で歩くのも覚束ないアイゼを抱えたまま、隠し通路から脱出を計るのは、危険と判断したが故である。
無論――ナハティガル修道院ないし、病院騎士団の面々には、彼女らを囮に使うことを承諾された上での作戦である。
「さあ、アイゼ殿。歩けますか?」
「お前に肩を借りて、辛うじてな……」
アイゼに肩を貸しているジャスパーは、エフィとリュカを伴って正門へ脱出を測る。
だが――信じ難い事が起きた。
此度ジャスパーの策は――あろうことか、浅慮と侮っていたゴードンに、見透かされていたのだ。
「やはり、隠し通路は囮であったか」
「これはしたり……どうやら拙僧は、ゴードン卿を甘く見積もり過ぎていたようです」
隠し通路の中にリュカの姿がなかったように――突入した征伐騎士団の中にも、ゴードンの姿はなかったのである。
修道院の門外は、ゴードンを筆頭に、予め分割して、丘の反対側に伏せておいた一個小隊に包囲されていた。




