07 殿下のお背中を流すのも騎士の務めです※下心アリ
――数十分後。
リュカとアイゼは湯殿に通された。
室内は湿気に包まれており、中央に設置された浴槽には清潔な湯が張られ、白い湯気がもうもうと立っていた。
スぺサイド王国において上下水道が完備されるのは数百年後のことであり、この時代の入浴は、大鍋で沸かした湯を桶に移し、一杯ずつ浴槽に移し替え、最後に冷水で適温に調整する手間のかかる代物だった。
それ故、ごく一部の貴人にしか許されない贅沢であった。
「はあ……いい湯だ……冷えた手足が熱を取り戻し、まるで生き返ったかのような心地だ……」
リュカは典雅な美顔を蕩けさせながら、夢心地になって湯船の中で手足を伸ばした。
「それはようございました。熱湯と冷水の張った桶も用意して頂いております。温度の調整が必要であれば、なんなりと」
浴槽の縁では、湯殿の中にも関わらず、全身をプレートメイルで纏ったままのアイゼが控えている。
王宮で生活していた時から、湯浴みの奉仕もまたアイゼの仕事だったからだ。
その傍らには愛用の長剣も持ち込んでいる。
「いや。丁度良い湯だ。そうだ、アイゼも共に入って汚れと疲れを落すといい。アイゼがいなければ、今頃わたしはこの世にいなかったであろうから」
「いえ、殿下と同じ浴槽に浴するなど畏れ多いことにございます。ご配慮のみ頂戴させて頂きます」
「だがアイゼも汚れてしまっただろう。わたしにはなんの権力も財力もなく、忠義を尽くしてくれたアイゼに報いてられるものは何もない。だがそれではわたしの気が済まないのだ」
リュカは懇願するように、上目遣いになってアイゼに言う。
その小動物のような愛らしい表情に、アイゼの石の決意も揺らぎ――
「(確かに、従者である私がこのように汚れた格好では、主である殿下の沽券に関わる。ここは殿下の配慮に浴するべきか)」
――などと言い訳をして、混浴を決意したのであった。
それにアイゼも武人であると同時に、妙齢の女性である。
身だしなみが気になってしまうのは、仕方のないことであった。
「さすれば、お目汚し失礼いたす」
カチャリ、カチャリと――鎧の留め具を外していくアイゼ。
スラリとした長い四肢が露わになり、美しくも逞しい筋肉のついた裸体が露わになる。
「っっ!?!?」
そこでようやく、リュカは自分の失言に気付いてしまった。
「(し、しまった……!? いつも当然のようにアイゼに世話をしてもらっている故、忘れていた。アイゼは未婚の若い女性であり、しかも……姉上に伍する美女……そ、そんな女人と混浴など、わたしはなんということを……!?)」
リュカは自分が主君であるにも関わらず、まるでアイゼに場所を譲るかのように、浴槽の端へ避難した。
「んっ……ふぅ……生き返る……」
アイゼは湯船の甘美に浸り、艶めかしい声を漏らす。
その艶声が、またしてもリュカの思春期の情緒を、これでもかと刺激するのであった。
「(アイゼは、寝る時でさえ鎖帷子を脱がないという。こうしてアイゼの裸を見るのは、初めてだが……)」
見た目はどう見ても美少女であるリュカも、悲しいことに年頃の男子である。
見てはいけないと分かっているのに、引力に惹かれるように閉ざしたまぶたが持ち上がる。
リュカの面前に広がるのは、湯殿の出入り口に注意を払っている、アイゼの背中。
男性にも劣らない長身の彼女の背中は広く、白く柔らかい妙齢の肌は、日々の鍛錬によって培った筋肉で盛り上がっており、それがまた、リュカの心を魅了した。
だが――
「(綺麗な体だ……でも、傷が……)」
――アイゼの体の至る所には、古傷で溢れており、中には縫跡もある。
武人として生きるアイゼには、体に残る傷は勲章のようなものであるが、リュカはそれを、痛ましいと思った。
「(アイゼ……すまない、わたしのために……)」
「ひゃっ!?!?」
「わっ!? す、すまないっ!!」
リュカは無意識に手を伸ばし、傷跡をなぞるように、アイゼの背中を撫でていた。
突然のこそばゆさに、アイゼもまた普段の騎士然とした声音ではなく、乙女のような甲高い嬌声を上げてしまう。
アイゼはリュカのその行動の理由を考察し――――結論を出す。
白い面に朱を差しながら、アイゼは豊かに実った乳房を押さえながら、振り返る。
「そ、そうでございました。わたくしめの察しが悪く申し訳ございません。殿下ももう御年13、立派な男児にございます。で、殿下さえよろしければ……伽の相手も仕りますので、遠慮なさらず……しかし、傅役という任を仰せつかっておいてお恥ずかしい限りなのですが、その、閨技の知見は持ち合わせておらず……不調法なものとなってしまう事を、予め謝罪いたします」
「ち、違う! そ、そうじゃない!」
リュカは慌てて否定する。
無論、アイゼに対して性的な感情を抱いてしまったのは事実だが……。
だが決して、媾いを交わしたくて、アイゼに混浴を迫り、肌に触れた訳ではない。
きっかけは本当に、アイゼを労わりたくて誘ったのだった。
しかし、いくら否定しようとも言い訳にしかならないことは、リュカにも分かっており、ただただ、黙ってアイゼに背中を向けることしか出来ないのであった。
「…………っ」
「…………っ」
アイゼもまた、リュカに女の部分を求められることに喜びを感じていたが、リュカがこれ以上近づいてこないにも関わらず、こちらから近づくのも無作法であり、リュカと同様に、未通の乙女のように、頬を染めながら無言を貫くのであった(未通であることは確かであるが)。
リュカはアイゼに背を向け、湯船から上がるタイミングを見計らっていたが――それでも悲しいことに、リュカも男である。
幼少より自分の世話をしてくれて、更に命をかけて自分を守ってくれた若く美しい異性に、恋慕を抱いてしまうのは仕方のないことであり、チラリチラリと、アイゼに気付かぬよう振り向いては、白いうなじなり背中なり――もしくは背中越しでも零れ見えている大きな乳房なり――を盗み見してしまうのであった。
「(なんということだ……国難の有事だというにも関わらず、色情を抱いてしまうとは……確かにアイゼは魅力に溢れた麗人ではあるが……忠臣に対してこのような感情を……っ! うう……お腹の奥が……ジクジクして苦しい……っ)」
例え全裸に剥いたとしても、乙女にしか見えないリュカの唯一男児たりえる器官が、ビクビクと隆起する様を自覚しながらも、生まれてこの方一度も精を吐き出したことのないリュカは、その苦悶を慰める手法をまだ知らない。
幼い王子は、下腹部を中心にジクジクと疼く感覚に懊悩しながら、「どうかアイゼに、下半身に起こった変化を悟られませんように」と、星座として召し上げられた聖人達に祈りを捧げるのであった。




