06 旅の始まり
【登場人物紹介】
・リュカ
王国の王太子。青目と長い青髪が特徴の、美少女と見紛う美貌を秘めている13歳の少年。
・アイゼリーゼ
通称アイゼ。リュカの護衛。長い金髪をポニーテールに結んだ女騎士。
島国スぺサイド全土を治めている、国王リヒャルトは勇猛無比にして豪放磊落な様から、獅子剣王の異名を得た武人であった。
されども、遠征先である海を超えた大陸にて俘虜の身となり、志半ばに獄死した。
その報をいち早く聞きつけた王弟ヨハンの起こした謀反によって、王太子リュカとその従者アイゼリーゼは、王都を脱して逃避の旅を余儀なくされる。
行く手を阻む王弟ヨハンの腹心、ゴードン卿を討ち取ったアイゼは、そのままエルキ大河沿いに夜通しの南下を続け、既に半日が経過していたのであった。
***
「リュカ殿下、スタンス城が見えて参りましたぞ」
「むにゃ……」
鞍の前輪に座っていたリュカは、馴れない騎乗での長旅に疲弊しきり、疲労と睡魔で蒙昧としていたが――アイゼの呼びかけに反応して、意識を覚醒させた。
ぼやける視界を白魚のような手の甲で擦り、視力を回復させると、川沿いに大きな城が聳え立っているのを認める。
「あれは……?」
「ここの領地を治めるシュタンシュテット伯が住まい、スタンス城にございます。シュタンシュテット伯は親王派で有名な御仁、彼に庇護を求めましょう」
「つまり、休めるのか?」
「左様にございます」
「そ、そうか! それはありがたい!」
いかに王弟ヨハンが、虎視眈々と根回しやら下準備を施し、此度の狼藉を働いたとしても、王都全てを掌握するのにはまだ時間がかかるはずである。
その間にどこかの領主に庇護を求め、城の中にさえ入ってしまえば、向こうもまとまった軍隊を組織しなくては、リュカの首をとる事は叶わないだろう――というのが、アイゼの論であった。
贅沢を言えば、王都のある直轄地と隣接しているシュタンシュテット領ではなく、もっと離れた場所で保護を求めたかったが、これ以上の強行軍はリュカの体力が持たず、やもえず隣領のシュタンシュテット伯に保護を求めようという次第であった。
街道を曲がりスタンス城へと続く間道に入り、城門から30メートル程手前に到達した時――
「止まれ! ここは我が主、シュタンシュテット伯の住まうスタンス城である。放浪の騎士と察するが、いかような用向きで参った!」
――城門の上部に建築された門楼から、誰何がかかる。
見上げれば、門楼の石壁に切られた窓から、門番と思わしき者が顔を出していた。
「(兵卒の門衛にしては、意匠の凝った鎧を着けている。この城を守護する騎士……もしくは従騎士か)」
アイゼは先方が、ある程度の地位を持つ身分であると判断し、馬上で威儀を正すと、胸に手を当てて丁寧に返答する。
「某は偉大なる獅子剣王リヒャルト国王陛下が儲君、リュカ・ローゼンベルク王太子殿下の従者を務める、アイゼリーゼ・アイゼンハルトと申す。信じられぬかもしれぬが、陛下に変わり王都を守護するという大役を仰せつかったはずの王弟ヨハン大公が、謀反を起こした。畏れ多くも大公はリュカ殿下の暗殺を試み、命からがら脱出した次第。それ故に、シュタンシュテット伯に庇護を求めたく存ずる。何卒、伯にお目通しの許可を願いたい」
「なに!? ヨハン大公が謀反を!?」
門衛はその急報を聞いて、驚愕を顔に浮かべた。
次いでアイゼの懐に抱かれている、長い青髪の童子を見やった。
「(この距離でも分かる、見目麗しいご令嬢だ……だが王太子殿下は少年であるはず……いや、仄聞によれば、殿下には女装の癖があるとのこと。しからばあの長い髪にも納得がいく……)」
王都の外にまで広がってしまっているリュカの醜聞と照らし合わせ、事情を把握した門衛は、主人に事の次第を報告すべく、門楼を後にするのであった。
***
「おお! おお! これぞルナルシア神の思し召し! お初にお目にかかりまする。この度は尊くも偉大であらせられる、王太子殿下に拝謁の栄に浴す機会を頂戴したこと、恐悦至極に存じまする」
「う、うむ……」
――十数分後。
リュカ達の面前に聳えていた城門は口を開け、彼らは無事スタンス城に招かれた。
本殿の玄関ホールには、貴族装束に身を包んだ初老の男が、やうやうしくリュカの前に跪いて口上を垂らした。
城主であるシュタンシュテットである。
その隣には騎士身分と思わしき先ほどの門衛も控えており、主人に倣うようにリュカに跪いていた。
王族であれば人に首を垂らされる経験など、数えきれないものだが……。
過去何度か説明したように被征服側のスペイド人の血を引くリュカは忌み子であり、社交の場に顔を出したことは殆どなく、見知らぬ大人が自分にへりくだる様を見て、逆に恐怖の念を覚えてしまい、アイゼのマントの内側に隠れてしまった。
率直に言えば――――人見知りである。
とはいえ、いかにリュカの方が身分が上と言えども――豪族の丁寧な口上に対し、無視を決め込むのも、礼儀に反する。
アイゼは教育不足のリュカの失態を誤魔化すように、シュタンシュテットに声をかけた。
「シュタンシュテット伯、丁寧な歓迎痛み入る限りではあるが、何分昨夜の大雨の中の強行軍だったが故、殿下は酷く疲れておられる。挨拶もそこそこで申し訳ないが、湯殿と着替えを拝借したく存ずるのだが……」
「これはこれは! 大変失礼いたした! すぐに湯浴みの支度をいたします故!」
シュタンシュテットは己の不徳を恥じるように、大仰に自分の禿頭をぺシンと叩く。
すぐさま控えている従者に指示を出すと、湯浴みの支度を始めるのであった。




