↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青薔薇戦記~追放された妾腹王子は、ショタコン女騎士と王位を目指す~  作者: なすび
反撃編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/86

69 お前は一番毒味に向いてないタイプだろ

 通されたのは、寝台《ベッド》が一つだけ据えられた小部屋であった。

 客室というよりも、治療部屋と言った方が、適切な印象を与える部屋である。

 天井付近に窓が切られており、室内は明るく風通しもよく、掃除も行き届いているようで、埃っぽさはない。


 だが――丁寧な清掃を経てもなお、落ちなかったであろう赤錆色の染みが、壁や床にこびりついており、リュカの胸中に不安が走った。

 寝台にアイゼを寝かせると、彼女の教え子が、治療道具と思わしき一式を、桶に入れて入室してきた。


「っ!?」


 リュカは桶から、鋸歯状の刃物――骨鋸《ノコギリ》を発見して慄《おのの》いた。


「フローレンツ殿!? こ、この物騒なものは、何に使うつもりで!?」


「診断した所、彼女の患部は猛毒に侵されておりますれば、もはや根治《こんち》は望めません。一刻も早く患部の切除することが肝要となります」


 フローレンツは、リュカに顔を向けることなく、淡々と準備を進めている。

 意識を失ったアイゼの手足を縛り、口角に噛み布をあて、患部である腕の下に桶を敷く。


 壁や床の赤黒い染みは、リュカの胸騒ぎの通り――血痕であったのだ。

 ここは、荒療治を行うための個室であることを、ようやっと察するのであった。


「それはすなわち……アイゼの腕を切り落とす……ということか!?」


「その通りです」


 外科医術が発展していない現代において、優れた外科医とは――手早く患部を切除する者のことを指す。

 そういった意味では、厚い肩幅と恵体を持つ彼女は名医と言えるであろう。


「それはまかりならん! アイゼは剣士なのだ! 腕を失わせる訳にはいかぬ! 五体満足のまま、アイゼを救う手立てはないものであろうか!?」


「既に毒はかなり進行しております。服薬治療の成功率は低いでしょう。失敗すれば彼女は命を落とし――美しい貌《かお》までが毒腫瘍に侵された状態で、月星国《てんごく》へ昇ることとなりましょう。それは彼女が由とすることでしょうか?」


「…………」


 リュカは歯噛みする。

 確かに、これ以上アイゼを苦しめるのは、リュカとしても本位ではない。


 片腕を失っても、生きてさえいれば指揮は執れる。

 それに、彼女とまた話し合うことが出来る。

 笑い合うことが出来る。

 自分が玉座に着く様を、見届けて貰える。


 だが――腕を失い、剣を失った彼女は果たして、リュカの知るアイゼリーゼ・アイゼンハルトと呼べるのであろうか?


 そのような葛藤が、リュカの胸中を乱す。

 少なくとも、腕を犠牲にすれば、根本治療より生存率は高い――とフローレンツは助言する。


「殿下」


「ジャスパー殿……?」


 背中から声がかかる。

 肩越しに振り返れば、ジャスパーがリュカの肩にそっと手を添えていた。


「殿下の一番の忠臣である彼女を信じなされ。殿下であれば、アイゼ殿が何を由とするかは、自ずと見えることでしょう」


「老師《せんせい》の言う通りです。リュカちゃんの選んだことなら、アイゼさんは絶対に、後悔しないと思うです」


「エフィも……」


 ジャスパーに添えられた肩と反対側の手を、エフィの手が取る。


 二人の家臣。

 もしくは、一人の友と師から背中を押され、リュカは決心した。


「構いません。それで彼女が月神の御腕《みかいな》に抱かれる仕儀《しぎ》となれば、わたしも後を追うのみです。どうか――アイゼの命も腕も、両方を救って頂きたい」


 リュカはフローレンツに深々と頭を下げた。


「…………」


 フローレンツは、リュカとアイゼとの間に育まれた絆など、知る由もない。

 故に、リュカの選択は、彼女の意志を顧みない残酷なものであると見えたとしても、詮無きことであった。


 だが――それでも。

 フローレンツは、うなじを晒したリュカの小さな背中を見やる。

 こんな小さな背中に、自分より頭二つ分も大きいアイゼを背に担ぎ、絹服を膝まで泥で汚し、典雅な美貌を隈《くま》と疲労で翳《かげ》らせ、王族にも関わらず、たかが修道女相手に頭を下げている。


 それだけの様を見せられてしまっては、神の僕《げぼく》たるフローレンツは、その誠意に応える他、選択肢はなかった。


「頭をあげてください殿下」


「では、アイゼを助けてくださるのですか?」


「最善は尽くします」


「っ! ど、どうか、どうかお頼みいたす……!」


 王族相手にこれだけの礼を尽くされては、医者として名が廃るというものである。

 フローレンツは骨鋸《ノコギリ》を放り投げると、教え子を呼びつけ、新たな道具を用立てるよう指示を出すのであった。



***



 数分後。

 彼女の教え子が持参した治療器具の数々を用いて、フローレンツは治療を開始した。


 まず彼女が手に取ったのは、リュカからすれば、用途不明な器具であった。

 フローレンツは、アイゼの毒で侵された患部から、瀉血を兼ねた採血を行うと、黒痰状に変色した血液を、その器具の中に満たした。


「フローレンツ殿……その器具は?」


「錬金術師の内、不死の霊薬(エリクシール)の研究を専攻している一門の発明品でして――中に入れた血液成分のみを分離する道具です。患部の血を抽出することで、毒物のみを取り出すことが可能になるのですよ」


「なるほど……そのようなものが……」


 王子軍にも錬金術師はいるが、彼は生物学に属する人造人間《ホムンクルス》の研究を専門としていることもあり、薬学や毒学には疎かった。

 だが、錬金術とはあらゆる学問の祖である。


 アルフォンタスやその息子ツギオストロ伯とは派閥を異にすれど、錬金術の秘儀がアイゼを救う一助となり得ることに、リュカは感慨深いものを覚えるのであった。


「見たところ毒矢に射られたようですが、彼女を射った矢は手元にありますか」


「こちらに」


「重畳《ちょうじょう》です、神父様」


「はは……」


 ジャスパーは懐から、布に包まれた毒矢を渡しながら、乾いた笑みを浮かべる。

 本物の修道女からの賞賛に、偽僧としてはたじたじにならざるを得なかったのである……。


 その後もフローレンツは、真剣な眼差しで、毒液を何らかの水溶液に垂らして変色の具合を検めたり、修道院で飼育しているラットに毒矢を刺し、反応を観察しながら、毒の種類を特定した。


「驚きました。これは鳥甲《アコナイト》の烏頭《うず》を主剤とし、加えて毒蛇の胆汁、更に毒虫の精髄を配した、王国《スぺサイド》の薬学で最も強力とされるものです――0.01グラムでクジラとかを動けなくする毒ですよ!? 人間なら数秒で死に至ります。未だ生を保っているだけでも奇跡と言えます!」


 フローレンツの顔から、初めて冷静さが剥がれ落ちた。

 これだけ強烈な毒が用いられたにも関わらず、今なお息をしているアイゼの生命力に、驚愕を禁じえなかったのである。


「確かにアイゼは、昔から体だけでなく、臓腑も強かったからな……」


 リュカはかつて王宮で起きた一幕を思い出した。


 アイゼはリュカの傅役《もりやく》として、食事の際の毒味役も担っていたのだが――

 ある日のこと、陰謀でも権謀でもなく、ただの手違いで、料理人も気付かぬまま、痛んだ食材が料理に混入したことがあった。


 アイゼは鋼の肉体を所持していると同時に、鋼の胃袋を持ち得ており、違和に気付かずリュカに膳を勧めた。


 リュカは、


『今宵の食事は、なんだか変な味がするのだが……』


 と、違和を唱えるも、


『偏食なさるのはよくありませぬ。好き嫌いなさらず残さず召しあがりくだされ』


 と、傅役《もりやく》としての職務を全うした結果、案の定リュカは一週間の腹痛と下痢に苦しめられ、同じ食事を三杯おかわりしたアイゼはけろりしていた――というエピソードをフローレンツに聞かせるのであった。


「いや、これはそういうレベルの強さじゃないですよ!?」


 ちなみに以後、アイゼは毒味役から外され、彼女が口をつけた食事を、リュカに食べて貰うという間接キスの役得を失い、三日三晩枕を濡らしたというエピソードも加えておく……。


 とにもかくにも――釈然としない仕儀となったものの、毒の種類は判明した。

 そしてここは、医学薬学に精通した修道院である。

 必要な原料の在庫も確認され、フローレンツは解毒薬の調合に取り掛かるのであった。


ハンターハンター連載再開おめでとう……!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。