64 君と臣と
【登場人物紹介】
リュカ……王子軍総大将。青髪の美少年。ショタ。
アイゼ……金髪ポニーテールの女騎士。ショタコン。
アルフォンタス……錬金術師。青銅巨人を操る。ロリ。
ゴードン……王弟軍指揮官の一人。父親の仇であるアイゼの命を執拗に狙っている。ショタコン。
ノエル……ゴードンの寵童。一時王子軍の捕虜となっていたが、解放されゴードンの元に帰還した。ショタ。
ツギオストロ家は代々、錬金術師の三大祈願が一つである――人造人間の研究に傾注していた。
当時ツギオストロ家の当主を務めていたアルフォンタスが狂気に飲まれたのは、最愛の妻を亡くしてからである。
それからアルフォンタスは、人と親しくするのを辞めた。
愛する者を失うことは、共に笑いあったこれまでの喜びを凌駕するほどの悲しみを招くからだ。
そしてアルフォンタスは――人類がそのような苦痛に苛まれることのないよう、人造人間の研究に倒錯した。
死者の魂が月星に抱かれる前に、入れ物の肉体に移し替えることが出来れば、疑似的に蘇らせることが出来るからと思い至ったからである。
その後アルフォンタスは、とある事件をきっかけに、まだ研究段階である、肉体から魂を抽出して譲渡する技術を用い、曾孫と肉体を入れ替えた。
それが起因で――息子である現ツギオストロ当主に仇討ちされそうになり、ダイダロスと共に命からがら逃げ出し流浪の身となり――今に至るという経歴を持っている。
だが――リュカを始めとする、王子の元に集う者と時を同じくするのは、あまりにも心地良すぎた。
どれだけ心を閉ざそうとも、王子に擦り寄られると、否が応でも胸襟を放ってしまう魔性の魅力を、リュカは持ち得ていたのである。
そうして青銅の如く硬い心の壁は、少しずつ取り払われ、気付けば強い情が芽生えてしまった。
特に――文句を垂らしながらも、甲斐甲斐しく自身の世話を焼いてくれる吟遊詩人に対しては――より顕著に。
「アルフォンタス殿! ご無事か!? なっ、顔から血が出ているぞ!?」
「これはワシの血ではない、ヘリワードの血じゃ! 早くこいつの治療をせい!」
ヘリワードが敵兵に撃たれた数分後――ついに丘を登頂した王子軍の本隊が到着した。
今回の功労者であるアルフォンタスの元に真っ先に馳せ参じたのは、自ら陣頭に立って騎兵を率いたアイゼリーゼである。
その後ろに続く騎兵達は、アイゼを追い越して砦の強襲を開始した。
既に城壁にも王子軍が群がり、ヘリワードの肩を貫いた歩哨兵は討ち取られている。
アルフォンタスは、自分の代わりにヘリワードを衛生兵に預けると、義憤に駆られるようにダイダロスを暴れさせた。
物見櫓を引き倒し、詰所を天井を崩落させ、邪魔をする兵士には容赦なく踏みつぶして地面の染みにした。
「いつもに増して激しい動きだ……」
アイゼに続いて入城を果たしたリュカが、破壊の限りを尽くすダイダロスと、それを操るアルフォンタスに驚愕を示す程であった。
城門前の前広場を、新たな本陣と定め、王子軍4000騎強は、ケーヒニス砦の蹂躙を開始した。
***
王弟軍の総数は10000人弱に及ぶとはいえ、夜襲によって準備が伴っておらず、城門が破られたことで有利性も失っている。
利は完全に王子軍にあった。
浮足立つ王弟軍の兵士は、ロクな陣形を組むことも叶わず、詰所から外に飛び出したそばから、隊列を組んだ王子軍に討ち取られていく始末である。
「ええいクソ! またしても夜襲か! 陋劣極まりない連中共め!」
苦々しく喚いたのは、おっとり刀で中広場に駆けつけた、王弟軍の指揮官の片割れ――重装騎士ゴードンである。
「ゴードン様、砦の反対側の城門はまだ、王子軍の手が回っておりません。そちらより撤退指示が出ております」
「なにぃ!? そのような命令は出しておらぬぞ!? ツギオストロ伯の指示か!?」
部下からの注進に対し、憤るゴードン。
事実――ゴードンもツギオストロ伯も、撤退指示は出していなかった。
王子軍の工作兵エフィがもたらした流言を、混乱する兵士が鵜呑みにして伝播した仕儀である。
一網打尽に出来たにも関わらず、あえて撤退指示の飛語を流したのには理由がある。
ジャスパー曰く――〝利なれば而ち之れを誘い〟。
いくらジャスパーの策が功奏したと言えど、敵との兵数には二倍の差がある。
万が一、王弟軍が死を覚悟して活路を見だそうとする死兵と化した場合、王子軍の損耗は免れない。
故に――あえて逃げ道を用意した次第であった。
士気が落ち、逃げに徹した部下を再びまとめ上げるのは至難の業である。
既に兵士の半数が逃げ出した現状において、ゴードンの人望で部下を引き留めるのは不可能であることを、ゴードン自身が一番よく分かっていた。
「されど――もはや某に後はない!」
ジャスパーは敵が死兵とならぬよう、あえて逃げ道を用意したものの――スタンス城での失態により、王弟ヨハンからの信を失いつつあるゴードンにとって、王都への逃げ道は活路になりえない。
今度こそ恩顧を尽かされ、父の仇を取ることも叶わずに処される結末になることは目に見えている。
「ぬっ!? あれはっ!?」
王子軍はケーヒニス砦の掌握を着実に進め、王子がいる本陣をジリジリと前進させていた。
そしてゴードンは、満月の月光の下に照らされた、青髪の美少年を発見する。
「ええい! 弓をよこせ!」
ゴードンは部下が携えていた弓を奪うように手に取ると――王弟より授けされた特注の矢を、王子目掛けて番えた。
飛び道具で直接敵の大将首を狙うのは、騎士道精神に満ちたゴードンからすれば、陋劣極まりない事であり、平常の彼であれば忌み嫌う行為であるが――精神的に追い詰められていたゴードンは、騎士道よりも王弟ヨハンへの信頼を選んだ。
選んでしまった。
「首を落さば蛇は死ぬ!」
ゴードンは、満月を描く程に力強く矢を引き絞った。
弓勢のみで言えば、ヘリワードさえも置き去りにする膂力に、ギシギシと弓と弦が悲鳴をあげる。
並みの騎士の剣術を凌駕する武辺を誇るゴードンであるが、弓術に対しては並みの騎士に劣ると言わざる得ない腕前であり――飛距離は優れていても、精度に関してはからっきしであった。
だが――ゴードンの矜持と引き換えに放たれた流星に対し――今宵ルナルシア月神はゴードンに微笑んだ。
弓が軋み声を挙げる程の弓勢で放射された矢は、王子軍の間隙を縫って飛来した。
王子の麗しい容色を、ズタズタに引き裂かんと、かんばぜ目掛けて吸い込まれていく。
「殿下あああああっっ!!」
だが――月神の加護は、敬虔な信徒に対しては、残酷なまでに平等である。
飛箭をいち早く察知したアイゼが、愛馬の腹を蹴って間に割り込み、自らを盾にして矢を受け止めたのである。
「がはっ!?」
「アイゼっ!?」
長弓にも関わらず、強弓に引けをとらない威力を帯びた一矢は――アイゼの肩当てを貫き、反対側から鏃を飛び出させる程であった。
しかし――身代わりとなったアイゼを貫いた箇所は急所にあらず。
加えて、本命であるリュカは無傷である。
「我が宿敵ながら素晴らしい忠義だ! だが次はどうか!?」
ゴードンは臍を噛んで、二の矢を番えたものの――ボキン。
彼の膂力に耐えきれず、長弓は半ばからささくれ立ちながら折れてしまった。
他の兵隊から新たな弓を調達しようとしたその時――ビュン。
因果応報とも呼ぶべきか――王子軍より放たれた流れ矢が、ゴードンの顔面部目掛けて飛来する。
しかもゴードンは、慣れぬ弓撃を補うために、視界の狭い甲冑の面頬を跳ね上げており、本来であれば鉄壁であるはずの顔面部が、剥きだしになっていた。
挙句ゴードンは、重装鎧の防御力にかまけて、戦地で飛矢を察知する勘が鍛えられていなかった。
「ぬっ!?」
流れ矢がゴードンの眼球目掛けて接近する。
気付いた時には既に、避けられる距離ではなかった。
ゴードンは反射的に目を瞑った。
「きゃっ!?」
しかし。
放たれた悲鳴は――響くような重低音ではなく、鈴を転がすような清声。
「なっ!? ノエル!?」
「ゴードン様……う、馬を、お持ちしました……お逃げくださ、い……」
リュカが従者の忠義によって身を助けたように、ゴードンもまた、愛情を注いだ従者の忠魂によって、その命を拾った。
ゴードンの身代わりとなったのは、半日前に王子軍から解放された寵童――ノエルであった。
少年は騎乗しており、王子軍の放った流れ矢を背中で受け止めると、己の主人への忠義を果たしたのである。
ノエルは力尽き、柳のように華奢な体が、折れたかのように傾げて落馬した。
その軽い体を、ゴードンは咄嗟に受け止める。
「ノエル! 無事か!? 返事をせんか!!」
「くぉ…………どん…………さまぁ…………」
呼吸は弱いが、まだ息がある。
今から安全な場所で処置を施せば、助かる見込みがあると判断した。
このまま何の成果も持ち帰れなければ、ゴードンは愛想を尽かした君主に処刑されてしまうだろう。
それなら捨て身で特攻し、肩を負傷したアイゼに決闘を挑み、亡父の仇討ちを果たしてから、逆上した王子軍の兵に袋叩きにされて殉職する方が、よっぽど騎士らしい最後を迎えられるはずだ。
しかし。
だとしても。
彼は愛すべき騎士見習いを守ることを優先した。
「退却! 退却だ! 王子軍の手の及んでおらぬ東門より、総員撤退せよ! 王子は棄甲曳兵へ追撃はいたさぬ! 武器を収めて王都まで落ち延びるのだ!」
めくるめく狂乱と叫喚の最中においても、ゴードンの野太い号令は、聞き分けられる程によく響いた。
そしてゴードンもまた、ノエルが連れてきた馬に飛び乗り、鞍の前輪にノエルを乗せ、発熱を帯びた背中を抱きかかえながら退却した。
かくして、ケーヒニス砦での戦いは幕を閉じた。
王子軍は500の騎兵を失い、アイゼリーゼとヘリワードが矢傷の憂き目に遭い、切り札である青銅巨人の貴重な燃料の半分と引き換えに――たった一昼夜でケーヒニス砦を占拠することに成功したのである。
しかし――王子軍の総代リュカ・ローゼンベルクの心情を慮れば、股肱の臣である二名の負傷は、戦果に対してあまりにも手痛い仕儀であることは、明記するまでもないだろう……。




