↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青薔薇戦記~追放された妾腹王子は、ショタコン女騎士と王位を目指す~  作者: なすび
反撃編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/86

61 青銅巨人の弱点

 ――翌日。


 涼やかな夜風を運んでくれる月神が眠りにつき、太陽が沖天《ちゅうてん》に昇る初夏の日差しは、鎧兜を纏った人間には酷なものであった。

 そんな人間が陵丘《りょうきゅう》に集い、陣列を組む様を――天空を飛ぶ一羽のカラスが、黒い羽を羽ばたかせながら睥睨《へいげい》していた。


「あれは敵方《ジャスパー》の子飼いのカラスですな。撃ち落としますか?」


「やめておけ。どうせこの距離では届かぬ上、口を聞けぬカラスが陣容を上から見た所で、どうすることも出来まいて」


 部下の提案に異を唱えたのは、陵丘の上側に陣を敷く――王弟軍の指揮官の一人――ゴードンである。

 バケツをひっくり返したようなヘルムは、蒸し焼きの最中の釜のように熱を籠らせているが、戦場において彼がそれを脱ぐことはなかった。

 ただ黙って――戦端が拓かれるのを待ち続けていた。


「頼みの綱はゴードン卿にあります。期待しておりますよ」


「無論――某は某に出来ることに殉じるまで」


 ゴードンの隣には、ケーヒニス砦を預かる王弟軍――もう一人の指揮官――ツギオストロ伯がいる。

 文官故、鎧を纏うのには慣れておらぬのか、熱さに負けて兜は部下に預け、撫でつけた黄金の猫っ毛を外気に晒している。


 ゴードンは先のスタンス城の戦いで苦杯を喫したことで、己の指揮官の才はないと開き直り、兵権の全てをツギオストロ伯に委ねていた。

 そしてツギオストロ伯の方も、同じ錬金術師が故に――王子軍の切り札である青銅巨人の欠点を知り得ていたが故、策を仕込んでいる。


 対峙せし両軍、その背後に控えし二人の智者。

 智略の限りを尽くして水面下にて角逐する。


 此度の戦い――戦場を制するのは錬金術師の叡智か、もしくは奇策師の奸計か。

 果たして――




***




 早朝から睨み合いを続けていた両軍――その戦端を開くきかっけとなったのは、王子軍の陣中より単騎で近づいてきた美童であった。


 駈足《かけあし》で丘を昇ってくる存在に、思わず王弟《ヨハン》軍が色めき立つ。

 しかし敵が単騎であること、武器を携えてないことから、それが使者であると判断し、部隊長は指揮官の指示を仰いだ。

 その容貌が露わになると、思わずゴードンは声をあげる。


「ノエル!!」


「ゴードン様!」


 ゴードンは逸る気持ちを抑えられず、王子軍の使者――己の寵童の一人であるノエルを迎え入れた。

 ノエルは王子軍の認めた文を持参し、捕虜の身分を解かれたのである。

 ゴードンはツギオストロと共に、件の文を読み上げる。


 内容を要約すれば――

 王弟ヨハンは簒奪者である故、正統な王統に連ねる王子リュカに帰順せよ――という、何の面白味もない降伏勧告状であった。

 答えは出すまでもない。


 ゴードンは愛すべき従者が戻ってきたことで、完全に憂いが絶ち切れた。

 ツギオストロに進軍の提言を出す。


「既に睨み合いが続き数時間。丘上《きゅうじょう》の利点を捨てることになりますが、数は圧倒的にこちらが上です。ツギオストロ伯の策を完遂するためにも、まずは我々から戦端を開くべきかと」


「うむ……先方も攻める気配が見えぬ。よし、進軍の合図を!」


 沖天の暑さに痺れを切らし、ツギオストロは角笛で進軍の合図を出すよう指示を出す。

 甲高い笛の音が響き渡り、王弟軍の第一陣が丘を駆け降りた。


 それを合図に、丘の下からも管楽器《トランペット》の音が響き渡った。


 笛を吹いたのはヘリワードである。

 弘法が筆を選ばぬよう、一流の楽士は弦楽器《リュート》以外の楽器にも通暁《つうぎょう》しており、野暮な戦場には場違いなほどに澄み渡る清色が、王子軍の背中を力強く押し上げた。



「「「「うおおおおおおおお!!!!」」」」



 双方の軍は、矢頃《やごろ》にして一と半分(約300メートル)の距離にて、同時に足を止める。

 そうしてまず最初に飛び交ったのか、長弓《ロングボウ》の応酬である。


 矢叫《やたけ》びと弦鳴りが連なり、無数の矢が群雲《むらくも》の如く青空を覆う。

 それは照りつける日差しに影を作る程であり、ある矢は草原に突き刺さり、ある矢は鎧に弾かれ、ある矢は肉を貫いた。


 初戦において、戦況を有利に運んでいたのは――ツギオストロ並びにゴードンが司令を務める王弟軍であった。

 丘上を陣取る彼らは、位置エネルギーの分だけ遠くまで矢を飛ばすことができる上、坂道は馬脚を鈍らせる。

 古来より高処を押さえた者が戦況を有利に運ぶ不文律は、現代においても当然の理であった。


 だが――王子軍もそれは先刻承知の上であり、次なる手を打ってきた。


「早くも出してきたか! 青銅巨人《ダイダロス》!」


 一旦引いて陣形を整えた王子軍は――虎の子である青銅巨人を先陣に据えた、楔形《くさびがた》陣を組んで再度突撃してきた。

 王弟軍は丘の中腹にて、再び矢の驟雨《しゅうう》をお見舞いするものの――青銅の鎧の前には足止めにならず、弾かれていく。

 そうして敵陣の先端に到達したダイダロスは、丸太のような足や手で、文字通り羽虫を払うように蹂躙を開始する。


「うわあああああ!? バケモノだあああああ!?」


 これまでの戦いの例に漏れず、初めてダイダロスの脅威を目にした兵は、恐怖に慄《おのの》き背を向けて本陣へ逃げ帰っていく。

 調子づいた王子軍は、そのままダイダロスを盾に丘を駆け上っていった。


「どこだ。どこにおる……我が愚父《ぐふ》よ……!」


 指揮官のツギオストロは、中腹で暴れる青銅巨人には目も暮れず、斜め下方にある王子軍の陣容を、細い筒越しに観察した。

 磨いた玻璃《はり》を筒の先端にはめ込み、遥か遠方を見通す器具――後の世に単眼鏡と呼ばれる発明品である。


 しばらくの後、ツギオストロは目的の人物を発見した。


「見つけたぞ! 我が愛孫の肉体を奪ったツギオストロ家の恥さらしめが!」


 王子軍本陣――その一際後方にて。

 戦中に拵《こしら》えたであろう木台が設置され、その上に、大人丈(サイズ)の襤褸《ぼろ》を纏い、頭巾《フード》で顔を隠した児童を発見した。

 ツギオストロは愛孫の仇を見つけ、思わず声を荒げた。


「ゴードン卿。そろそろ出番ですぞ」


「心得た」


 王子軍の快進撃は、丘の頂《いただ》きに達する前に、終わりを告げることになった。



 ――ズッシイイイイイン!!



 王弟軍の兵達を次々と肉泥《にくでい》にしてきた青銅巨人が、文字通り足元を掬われ、地響きを鳴らしひっくり返ったのである。


「よし!」


 仕込んでいた罠が功奏《こうそう》し、ツギオストロとゴードンは、握り拳を作って歓喜する。

 王子軍は地の利も数の利も劣るケーヒニス砦の戦いにおいて、虎の子(ダイダロス)を切らざるを得ないことは分かっていた。


 そこで先んじて陣を敷いたツギオストロ&ゴードン軍は、丘の草原の中に、太い綱《つな》を隠しておいた。

 その上を青銅巨人が通過する直前に、数十人の兵が綱を持ち上げ左右に引っ張る。

 ピンと張られた綱《つな》に足をとられ、青銅巨人は頭部に当たる部分から転倒したという次第であった。


「ゴードン卿! 今です!」


「応!!」


 ゴードンは側に控える、普段は槍持ちを任せている騎士見習い(エスクワイア)から得物を受け取った。

 それは父の形見の両手剣《ツーハンデッドソード》ではなかった。

 先端に無数の鋲《スパイク》を取り付けた鎚矛《メイス》である。


 ゴードンはメイスを振り回し、立ちはだかる敵兵の胸甲《きょうこう》を胸骨ごと粉砕し、兜を頭蓋ごと陥没させながら――横転から立ち直れていない青銅巨人の元に馳せる。

 メイスを柄の部分までもを鮮血に染める頃、ついにゴードンは青銅巨人の元に到着し――お目当ての〝印〟を発見するのだった。


「これかあああああ!!」


 騎乗したゴードンと同じ高さに、青銅巨人の頭部に当たる箇所が横たわっている。

 そして額に当たる部分をよく見れば、石板に記録するかのように、太古の文字が篆刻《てんこく》するように刻まれていた。


 青銅巨人ダイダロスは――アルフォンタスが名付けた固有名詞であるが、青銅巨人そのものを意味する名詞は――ゴーレムと言う。

 ゴーレムの頭部には〝真理〟と書かれており、その頭文字を消すことで、〝死〟という意味に変化することを、ツギオストロ伯は承知していた。


 それがゴーレム――つまりダイダロスの弱点であった。


「ふううううぅぅんっっ!!」


 ゴードンは眉宇《びう》を歪め、肺を膨らませ、歯を食いしばり、口中に溜めた空気で人中とおとがいを膨らませながら、怪気炎《かいきえん》を挙げると、恐るべき剛腕でもって、メイスをダイダロスの額に叩きつけた!


 鎧ごと骨を破砕するゴードンの膂力をもってしても、ダイダロスの頭部を打ち砕くには至らなかった。

 しかし――額に刻まれた文字が、鋲《スパイク》で潰れる。


 するとどうしたことか――不気味に赤く輝いていた、目に当たる部分が光を失うと――バタつかせていた手足が沈黙し、いくら様子を見ても、うんともすんとも言わなくなったではないか。


「青銅巨人、討ち取ったり!!」


 ゴードンの咆哮は、敵味方の喊声《かんせい》入り交じる戦場においても、よく響いた。

 王弟《ヨハン》軍は朗報を耳にして色めき立ち、王子《リュカ》軍は悲報を耳にして浮足立った。


 丘の下から、退却を告げる管楽器《トランペット》が鳴る。

 それは進軍を告げる先の麗音《れいおん》と比べれば、まるで別人が奏でたかのような、マヌケさを覚える音色であった。


 とはいえ――退却は退却である。

 王子軍は馬上にいる者は馬首を返し、馬を失った者は踵を返し、丘の下にある本陣に逃げ帰っていった。


「よしこのまま追撃を――」


「待たれよゴードン卿! ゴーレムを失った王子軍など恐れるに足りず。ここはゴーレムを砦に収容するのが先決です。うまく行けば、逆に我々がゴーレムを武器として操れるやもしれませぬぞ」


「う、うむ……確かに仰る通りか」


 ゴードンはツギオストロの指示に諒解《りょうかい》を返すと、銅の塊と化したダイダロスの手足に縄を結びつけ、百人の兵士で協力して引きずるようにして砦内に収容した。

 かくして王子軍は、たった一体で戦局を左右してしまう程の虎の子――ダイダロスを失ったのであった。



***



 太陽は東の空に傾き、血で染まった草原を茜色で上書きする頃。

 大敗を喫した王子軍の本陣にて。


「……はぁぁぁぁ」


 大きく息を吐いたのは、王子軍の軍師ジャスパーであった。

 彼は両手で顔を覆っている。


「まさかここまで……」


 一見それは――己の不徳を恥じているように見えた。

 だが――その指先がズルズルと彼の鼻筋をなぞっていき、最終的に一本の指が下唇に引っかかり、静止した。


 露わとなったジャスパーのかんばぜには、悲嘆の情は微塵もない。

 そこにあるのは、恍惚さと狡猾さを孕んだ――悪魔めいた嘲笑《ちょうしょう》であった。



「まさかここまで――うまくいくとは思いませんでしたよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。