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青薔薇戦記~追放された妾腹王子は、ショタコン女騎士と王位を目指す~  作者: なすび
反撃編

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59 宮廷錬金術師ツギオストロ

今回は、王宮に逃げ戻ったゴードンと、王弟ヨハンを中心にしたエピソードです。

 勝軍が勝利に余韻を嚙みしめるのが世の常ならば――

 敗軍が敗北の恥辱に食いしばるのもまた、世の常であった――


 そして勝軍の将が最も賞賛と栄誉を賜るように、敗軍の将が最も責任と誹りに苛まれるのである。



***



 月神の振りまく月光を、神々しく照らし返す白亜の居城。

 王都ブルーメンに聳え立つ王宮の一室。


 そこに三人の男がいた。

 内二人は卓についており、卓上には珍味が並んだ皿と葡萄酒《ワイン》が注がれた玉杯――そして合戦を模した盤上遊戯の駒が並んでいる。


 王弟ヨハン大公並びに、その忠臣である宮廷貴族が、夜会の二次会と称して、ヨハンの私室で遊戯に興じている最中である。

 そんな二人の相伴《しょうばん》に水を差したのが、奢侈《しゃし》に彩られ過ぎた結果、逆に下品ささえ覚える部屋にそぐわない恰好の重装騎士――征伐騎士団の団長――ゴードンの参内《さんだい》であった。


 道中の官道において、征伐騎士団の残兵を掻き集め、当初5000いた騎兵を500にまで目減りさせ、倒《こけ》けつ転《まろ》びつながらの帰還である。

 消耗した軍容《ぐんよう》は、どこからどう見ても凱旋《がいせん》の体ではなく、彼らを迎え入れれた宮廷貴族はそれだけで、征伐騎士団の敗北を悟ったのであった。


「つまりこういうことか? 貴殿は5000もの騎兵と、鉄壁のスタンス城塞を持ち得ながら、ほぼ同数の勢力である王子に敗北――城は奪われ、わたしが預けた兵の九割を無駄死にさせ逃げ帰ってきた――そういう訳か!?」


「恥ずかしながら、ヨハン殿下の仰る通りにございまする。ただただ、伏してお詫びいたすことしかできぬ、己の不徳を恥じ入るばかりにござりまする……」


 ゴードンはスタンス城での同士討ちの果て、鎧の至る所が凹み、乾いた血と泥とで自慢の重鎧は見にる絶えない有様と化していた。

 疲労も限界に達しており、このように失態の誹りを攻めたてられることは承知の上で、王子軍の脅威を一刻も早くヨハンの耳に入れるべく、疲れた身体にムチを打ってきたのであった。


「で、ですが、どうか、某《それがし》に今一度、雪辱《せつじょく》を晴らす機をお与えくださりたく存じまする!」


「厚顔にも程があるぞ! 次があると思ったか!?」


 ヨハンは卓上の玉杯を掴むと、跪くゴードンのつむじに中身をぶちまけた。

 滴る赤ワインが、鎧にこびりついた血痕と混ざり、赤々しく鎧の上を滑り落ちていく。

 30代半ばとは思えない、苦労知らずの貴公子然とした美貌が歪み、年相応のシワが面《おもて》に浮かび上がる。


 だがゴードンは、そのような仕打ちを受けてなお、一切の不平を顔に出すことはせず、ただただ平伏を示すばかりだ。

 その従順な態度を見て、多少は鬱憤が晴れたのか、ヨハンはゴードンの脳天に投げつけようとしていた玉杯を、叩きつけるように卓上に戻すのであった。

 その衝撃で、ヨハンが優位に進めていた盤上遊戯の駒が倒れる。


「おのれ……猪口才《ちょこざい》な表六《ひょうろく》王子め……大人しく我が手にかかればよいものの……!」


 ヨハンは苛立っていた。

 彼が大義名分を持って王権をかすめ取るためには、先王の正統な血を引く王女ヒルデガルドとの婚姻は欠かせない。

 だがリュカが存命の限り、ヒルデガルドの心が折れることは決してなく、ヨハンとの婚姻を受け入れることはない。


 それに――万が一リュカに王都を奪還されては、ヨハンは後の歴史書において簒奪者として名を刻まれ、未来永劫笑い者の誹りを免れないであろう。


「王子軍は、それほどまでに剛兵《ごうひょう》であったのか?」


「はっ。王子軍には多くの勇将が揃っており、また奸智に富んだ帷幄《いあく》の臣にも恵まれている様子にござりました」


 ゴードンはヨハンに促され、スタンス城での戦いのあらましを、仔細に説明する。

 とはいえ――自身に男色の気があり、そこを利用されたことだけは、巧妙に濁したのであったが……。


 ヨハンは卓上を人差し指の爪でコツコツ叩き、苛立ちを隠さなかったが、それでもゴードンの報告を、無言で聞き続けた。


 鬼神の如き強さで戦場を駆け巡る女騎士のこと。

 矢頃二つ分の距離を隔てながらも、正確無比な弓撃を繰り出す弓兵のこと。

 単身で川を渡り、城壁を這い登り、城内に火を放った間者のこと。

 それらを操る卑劣な軍師のこと。


 しかし――矢を通さぬ硬い肉体と、櫓《やぐら》の如き長躯を持つ青銅巨人のことを耳にしたとき、ヨハンの眉は訝《いぶか》しげに歪んだ。

 ゴードンが己の敗北を詮無《せんな》きことと思わせるべく、誇張を交えているのではないかと、疑わずにはいられなかったのだ。


「わたしはゴードン卿の浅慮《せんりょ》な所は常々惜しいと思っているが、騎士道に殉じ実直である点は評価しているつもりだった。だが、よもやそのような魔術めいた嘘で、己が不徳を誤魔化そうとするような輩であったとは――甚《はなは》だ失望を覚えずにはいられぬわ」


「と、とんでもないっ! 某《それがし》はこれまで、ヨハン殿下に対して虚偽を述べたことなど一度もござりませぬ! 信じがたい事ではございますが、王子は魔術師の輩まで抱えておるのです!」


「嘘を嘘で重ねて後戻り出来ず自棄になったと見える。新しい氈褥《じゅうたん》を仕入れ直すハメになるが、致し方あるまい。直々に引導を渡してくれる」


 ヨハンは立ち上がると、壁に飾られた観賞用の宝剣を抜き、跪くゴードンの首筋に切っ先を向けた。

 ゴードンの額に脂汗が滲む。



「お待ちくだされ大公殿下」



 だが――意外な場所から助け船が飛んできた。

 それは、これまで沈黙に徹してきた、ヨハンと卓上遊戯の相伴をしていた宮廷貴族であった。


「ゴードン卿、件の青銅巨人――その操り手は、黄金の髪と赤い目を持つ幼子ではなかっただろうか?」


「は、はっ! 某は直接目にしてはござらぬものの、その方な報告はあがっておりまする」


「やはりか……!」


「どうなされたツギオストロ伯爵。敗将の保身に耳を貸す必要はないぞ」


「いえ。ゴードン卿の申されたことは真実にございます。そしてそれは魔術に非《あら》ず、錬金術で相違ないかと」


「なにっ!? だが……宮廷錬金術師であるそなたが申すのであれば……真のことなのであろうな」


 思いもよらぬ助け船から、ゴードンの首は辛うじて繋がった。

 そしてようやっと、顔を上げる許可が降りた。

 ゴードンは己の証言を裏付けてくれた恩人の顔を仰いだ。


 若かりし頃はかなりの美丈夫であることが伺える典雅《てんが》さを残した、老齢の男であった。

 後退して広くなった額の上には、黄金の猫っ毛がなでつけられており、瞳は紅のように赤々としている。


 宮廷錬金術師を務める王宮随一の智者《ちしゃ》――ツギオストロ伯爵でる。


「件の幼子は、我が愛すべき孫娘の肉体を乗っ取りし、ツギオストロ家の汚点――我が父アルフォンタス・ツギオストロで相違ないかと存じまする」


「ま、孫の肉体を乗っ取る?」


 血統に笠に立て放蕩《ほうとう》に耽っているヨハンは、学問に関してはからっきしである。

 仔細を求めるべく、ツギオストロ伯に続きを促した。


「錬金術は本来、三つの大願を叶えるべく築かれた学問。それ即ち――

 石を黄金に変える――〝賢者の石〟。

 不老不死を叶える――〝神の霊薬《エリクシール》〟。

 無から生命を生み出す――〝人造生物《ホムンクルス》〟。

 ――ツギオストロ家は代々、人造人間《ホムンクルス》の研究に傾注《けいちゅう》しておりました」


「人造生物《ホムンクルス》とな……」


 ヨハンとゴードンの好奇を孕んだ視線を受けながら、老齢の錬金術師ツギオストロは続けた。


「その過程において、我が愚父《ぐふ》は意志は持たぬものの、命令に応じて自立する自立人形《ゴーレム》の製造に成功いたした。それがゴードン卿が見た青銅巨人の正体かと」


「なんと……であれば、あれは魔術ではなく、世の理《ことわり》に則った法則で動く、学問の仕儀であると……!?」


「いかさま。加えて我が我が拙父《せっぷ》は、既存の魂を既存の肉体に移し替える術も持ち合わせておりました」


「それもまた……人造生物《ホムンクルス》に至る過程ということか……」


 アルフォンタスの大願は、無から生物を生み出すことにあった。

 意志は持たずとも自立する生物を生み出す。

 無からは叶わなくとも、既存の魂と既存の肉体を掛け合わせる。

 そうやって、段階的な過程を踏み、最終的に「無から生物を生み出す」極地に至ろうとしていたのであった。


「だが父は、己の寿命が近いことを嘆くと、我が一族で最も幼い孫娘に、件の術をかけたのです」


 かくしてアルフォンタスは、枯れ果てた老爺の肉体を捨て、若々しい幼女の肉体を得るに至ったのである。


「無論、わたしは父を糾弾しましたが、我が怒りの刃が届く前に――愚父《ぐふ》は青銅巨人《ゴーレム》を伴って逃げ去り、行方をくらました――そういった次第です」


 荒唐無稽に過ぎ、信じられない話であるが――他でもない宮廷錬金術師が述べると、説得力がある。

 ヨハンはその話を信じ、連鎖的にゴードンの報告もまた真実であると受け入れたのであった。


「ヨハン殿下、愛孫《あいそん》の仇を討ち、ツギオストロ家の汚点を雪《そそ》ぐべく、どうかこのツギオストロに兵と砦をお預け頂き、王子殿下討伐の命をお与えくださるよう、切に願い奉る」


「そ、某《それがし》にも、今一度亡父の仇を討つ機会をお与えくだされ……!」


 ツギオストロとゴードンは、揃ってヨハンにつむじを晒す。

 ヨハンは熟考の末、二人の忠魂《ちゅうこん》を慮《おもんぱか》った。

 それぞれに5000の兵――合計10000の兵を与えた。

 また同時に、王都の手前に聳《そび》える最後の盾――ケーヒニス砦の守護を命じたのであった。


「ゴードンよ! かつての我が腹心にして、貴殿の亡き父君――ゴードン卿の遺徳《いとく》に免じ、今回ばかりは不問と付す! ツギオストロ卿と共にケーヒニス砦に赴き、今度こそあの表六王子の首を持ち帰るのだ!!」


「御意に!!」


 かくして、王子と王弟の果てしなき内訌《ないこう》の――第二幕が始まろうとしていた。



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