52 ゴードンと老爺の様子
今回はゴードンとシュタンシュテット方面のエピソードです。
「拝面並びに参着が遅れたること、面目次第もござらぬ次第。シュタンシュテット伯の急使に応じ、ヨハン大公が麾下――征伐騎士団3000、遅参の咎を雪ぐべく、不惜身命の覚悟でもって馳せ参じ候」
「う、うむ……よく来てくれたゴードン卿。恩に着るぞ」
ゴードンは寵童ノエルと引き換えに、王子軍の元から解放されスタンス城に入城を果たした。
現在は大広間にて、城主シュタンシュテット伯との、顔合わせをしている最中である。
高座に座るシュタンシュテットは、面前に跪くゴードンの大きな図体を見て、苦言を呈したくて堪らない心境であった。
征伐騎士団の到着に合わせ、シュタンシュタット伯もまた、堅牢な城塞から打って出た。
にも関わらず――頼みの綱の征伐騎士団は、即座に戦線を離脱。
スタンス城の駐屯兵は、たった1000人で王子軍の本隊と相対するハメとなり、貴重な私兵を500にまで減らしてしまった。
件の援軍が戻ってきたと思ったら、敵方の罠に嵌り潰走し――早くもその数を5000から3000へ減らした挙句、指揮官に至っては虜となった始末である。
しかしシュタンシュテット伯は、喉元まででかかった痛言を、すんでのところで吞み込んだ。
「(口惜しい限りだが……余計なことを言い、王弟殿の顰蹙を買う訳にはいかぬのじゃ……)」
ゴードンの実家は、名を連ねる武官を代々排出している、尚武の家系ではあるものの……。
家そのものは二代前に騎士爵から子爵に冊封されたばかりの、新参の小貴族である。
一方のシュタンシュテット家は、140年の侵略戦争以前より、王家に仕える譜代の家系。
圧倒的にシュタンシュテットの方が格上と言えた。
だが――ゴードンは先代よりヨハン大公の寵臣。
下手に叱責しては、どのような告げ口をされるか堪ったものではない。
故にシュタンシュテットは、お得意の好々爺然とした笑顔を張り付け、表面上はもろ手をあげて、ゴードンを迎え入れたのであった。
「王子軍の虜となった聞いた時は、肝を冷やしましたぞ。しかれど無事、こうして帰参し、この老いぼれにめに助力してくれること、大変嬉しく思う。期待しておりますぞ」
「必ずや、先の汚名を雪ぎ――失った信頼を取り戻して見せまする」
「しかし……どのような沙汰の末、王子の元から解放されたのか、お尋ねしてもよろしいか」
「そ、それは……」
ゴードンはシュタンシュテットの追及を受け、あからさまに目を反らした。
件の出来事は出来れば忘れたい汚辱であり、とうてい他者に聞かせられるような内容ではなかったからだ。
しかし――王子軍よりもたらされた一通の書状によって、ゴードンの望みとは裏腹に、此度の失態は余すことなく、老爺の前に詳らかにされてしまうのであった。
「旦那様! 旦那様! 敵方よりこのようなものが!」
シュタンシュテットとゴードンの拝面の最中、城壁の見張り兵が一人、声に緊張をみなぎらせながら大広間に飛び込んできた。
その手には、羊皮紙が括りつけられた矢――すなわち、矢文が握られていた。
この矢文はついさっき、王子軍一の名射手――ヘリワードの手によってもたらされたものである。
彼は闇夜に紛れて矢頃二つ分(約400メートル)付近まで接近すると、月星に向かって矢を放った。
中天にて勢いを失った矢は、そのまま緩やかな弧を描きながら、見張りの兵の甲冑のてっぺんに的中したのである。
とはいえ――曲射が幸いして発矢の運動エネルギーが一旦ゼロになった事――。
鏃の潰れた、殺傷力のない鏑矢が用いられたことが幸いし――哨兵は負傷することはなかった。
それでも欠伸を噛みしめていた所に中てられ、非常に強い恥辱を覚えたがため、敵方の弓の技量については、隠蔽する次第であった。
「こ、これは……」
禿頭の老爺は、折りたたまれた書状を読み上げ、驚愕を露わにする。
その内容は、以下の通りである。
――急度申し遣わし候。
先刻の戦場に於ける、貴家に与する征伐騎士団との相克にて、ヨハン大公が幕下なる騎士ゴードン卿、我が軍の将アイゼリーゼとの一騎討ちに及びし処、武運拙く当方の凱歌に帰し、同人を召し捕らえし次第。
然れどもその武辺、誠に天晴れなるに感じ入り、此度は寛典と約定を以て一命を助け、貴殿の元へお返し遣わす。
併しながら此、徒に放免仕る儀に非ず。
ゴードン卿が平素より傍らに侍らせ、殊の外寵愛浅からざる美貌の寵童一人、此方にて堅く相預かり、件の約定の証たる人質として当陣営に留め置かせて頂いた旨、ご了承されたし。
抑々、此度の勝敗にて武の天秤がいずれに傾きおるか、最早明白。
無益に抗い、貴公の領地と兵を損なうは、譜代の忠臣たるシュタンシュテット伯にしても、良しとしない仕儀と存ずる。
就ては、時勢を明察し、我が主君の軍門に降り、速やかに帰順の誓いを立てらるるこそ、貴家長久の要諦と存じる次第。
上。趣旨御含み置きの上、熟考の末の返答あるべく申し上げる。
手紙の内容を要約すると、以下の様になる。
前半はゴードンは一騎討ちに敗れて俘虜となったものの、〝件の約定の証〟として寵童を人質にするのと引き換えに、放免された事。
後半はシュタンシュテットに、王子軍への降伏を促す勧告である。
「ゴードン卿、王子軍の言い分に相違はあるか?」
「否…………相違ござらぬ」
老爺から書状を受け取り、一読した重騎士もまた、手紙の内容が真実であることを立証した。
無論、本人からすれば苦々しい記憶であるが故、認めたくない事であったが……。
「(…………ふむ)」
そこでシュタンシュテット伯は、ゴードンに疑心を抱いた。
その際たる点は――手紙に記されていた〝件の約定〟という部分である。
書状を何度精読しても、〝件の約定〟が何を示しているのかを、察することは叶わなかった。
ということは――手紙に書かれていない密約が、王子とゴードンとの間に交わされたという可能性である。
付け加えて怪しいのは――寵童を一人、人質にするという旨。
「(もしゴードン卿に男色の気があるとすれば……王子へ鞍替えするのも、あり得ぬ話ではない)」
挙句にゴードンの背後を見れば、彼の騎士見習いと思われる、二人の美童が跪いているのが見える。
「ゴードン卿、背後にいる一際若い衆は、貴顕の騎士見習いか?」
「は、はい。盾持ちと槍持ちににて」
「では、書状に記されていた寵童というのは?」
「そちらは馬丁の任を与えておりました」
「(騎士見習いを三人……しかもその全てが眉目整いし少年ときたか……)」
シュタンシュテットの脳裏に蘇るのは、数ヶ月前に拝顔した、王太子の尊顔である。
老爺は数十年もの間、貴族社会を生き抜くため、様々な処世術を身に着けてきた。
リュカを招いた際も、口からは淀みなく、王子の美貌を褒めそやしたものだが――その実態は、おべっかではなく、本心であると認めざるを得なかったのは、記憶に新しい。
男色家ではないシュタンシュテットでさえ、思わず見とれた程である。
色欲こそ抱かなかったものの、鑑賞に堪えうる芸術品としての美を、リュカから見出したのである。
美童を三人を侍らせて戦場に赴くゴードンであれば、それだけで勝勢ある主君を切り捨て、劣勢の王子へ鞍替えするだけの理由に成り得るのではないか……?
老爺は脳内でそのような猜疑を膨らませずにはいられなかった。
「卿は先刻――王子殿下と拝謁に至ったか?」
「は、はい。確かに……一度お会いし、き、帰順を促されたものの、某は、しかと、跳ねのけました……」
そういうゴードンだが、その歯切れは悪く、明らかに目が泳いでいる。
それはゴードンが裏切っている訳ではなく、指先に未だ残る、王子の柔い手のぬくもりを思い出したが故であったが――シュタンシュテットからすれば、その態度は疑惑を高める一助にしかならなかった。
「(よもや――敵方と誼を通じておるのではあるまいな……!?)」
「(よもや――〝敵方と誼を通じておる〟と、思われているのではあるまいな……!?)」
老爺が猜疑心を覚えるのと同時に、全く同じことをゴードンも抱く。
しかし――双方はその暗合を照らし合わせることができなかった。
シュタンシュテット老は可能であれば、疑惑が完全に晴れるまで、『返り忠の嫌疑あり』と――ゴードンを牢獄に縛り付けておきたかった。
だが――シュタンシュテット勢からすれば、征伐騎士団の勢力は王子軍の攻囲を脱するのに必要不可欠。
それに先も記した通り、ヨハン大公の寵臣に無礼を働くのは、今後の立身に影響を及ぼしかねない。
故に――お互いに猜疑心を抱きながらも、老爺は深く追求すること叶わず、重騎士も弁明すること叶わない、沈痛な空気のまま、此度の拝面はお開きとなったのであった……。
***
――数刻後。
シュタンシュテットとゴードン会合も散開し、ゴードンは明日から再開するであろう激闘に備えて、賓客用の寝所へ入った。
だが――そこで立てられているのは、安らかな寝息ではなく、激しい嬌声と、肉と肉が弾かれる淫靡な音色だった。
「くそっ! あのハゲ爺めっ! ヨハン大公一の忠臣たる某に、猜疑の目を向けよってからにっ! 覚えておれ王子! 次に会う時、床を舐めるのは貴様の方だ……!」
「あっ……ぐっ……ゴードン様っ……はっ、激しっ……」
ゴードンは脳裏に王子の顔を思い浮かべながら、寝台の上で四つん這いになる騎士見習いの上に覆いかぶさり、その菊門を深く穿った。
ゴードンはかなりの絶倫家であり、例え戦場であっても、精を吐き出さずにはいられない程の精豪である。
その性欲の強さはアイゼリーゼにも匹敵する。
建前上は騎士見習いということになっている、三人の寵童が、総出で菊門を開き、ようやっと鎮められる程の、豪の者であった。
それが今宵は、最も若く最もお気に入りの者が不在ときている。
残り二人にかかる負担が大きくなるのは当然であり――寝台の上で呻き声を漏らしながら、主の槍を受け止めざるを得なかった。
しかし――ノエルがそうであったように、寵童三人はその全員が、ゴードンの強さと騎士道精神に陶酔し、強い忠誠を誓っている。
ゴードンが最も寵愛するノエルが不在とくれば、日頃ノエルに妬心を抱いている二人の寵童は、ここぞとばかりに寵愛に預かろうと、懸命にゴードンに奉仕した。
だが――少年らの甲斐甲斐しい忠節とは裏腹に、ゴードンの脳裏に浮かぶのは、少年たちの顔ではなかった。
「(王子っ! 貴様の騎士の馘を刎ね、父上の仇を討った後は、その華奢な首に鉄輪をかけ、その尊厳を徹底的に壊してくれよう……!)」
口中で漏らす恨み節とは裏腹に、ゴードンの脳裏に浮かんでいるのは、怯えた子犬のような瞳でゴードンに跪く、芳紀13歳の美しい少年の裸体であった。
かくして夜は深けていく。
されど――彼らの与り知らぬ箇所で、王子軍の軍師ジャスパーの描く図は、着々と完成へと近づいていくのであった。
スタンス城陥落まで――あと7時間。




